医学界新聞

対談・座談会

2019.01.07



【座談会】

異分野融合の先に広がる
がんDDS研究の展望

松村 保広氏(国立がん研究センター先端医療開発センター新薬開発分野分野長)=司会
西川 元也氏(東京理科大学薬学部生物薬剤学研究室教授)
西山 伸宏氏(東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所教授)
我妻 利紀氏(第一三共株式会社研究開発本部バイオ・癌免疫ラボラトリー長)


 異分野連携を重視する考えは,今や学術界では常識となっている。DDS研究はその常識に先駆け,1980年代から,広範な学問領域にわたり分野の壁を取り払った議論を続けてきた。学際的な知見をもとにしたがんDDS治療薬開発に向け,各分野の研究者はどのような将来を見据えているのか。医学,薬学,工学,企業の研究者の4氏による座談会では,分野の枠組みを超えた「擦り合わせ」が生み出す新たな治療薬開発の展望が語られた。


松村 がん薬物療法は着実に進歩を続けています。その進歩は,がんの病態の解明と新規薬物の発見だけでなく,疾患部位だけに薬物を送達するDDS研究の発展に支えられてきました。がん組織にIgGが集積しやすいとの病態生理学的特徴をEPR(Enhanced Permeability and Retention)効果1)として私が報告したのは1986年のことです。以来,DDS研究はEPR効果を理論的支柱に,多分野の研究者を巻き込みながら急激な発展を遂げています。

「疾患部位に薬を届ける」を共通の目標に

松村 議論に先立ち,DDS研究を始めたきっかけと現在の専門をご紹介いただきます。私は熊本大医学部を卒業後,後に世界初の高分子抗がん薬となるスマンクス/リピオドール動注療法の研究が縁で,前田浩先生(当時・熊本大大学院)に師事しました。おかげでEPR効果発見の論文を世に出すことができました。現在まで高分子を用いたがんDDS研究を続けています。

西川 私のDDSとの出会いは薬学生時代でした。日本DDS学会初代理事長の故・瀨﨑仁先生(当時・京大)の研究室に所属したのがきっかけです。これまで一貫して,生物薬剤学,薬物動態学に立脚した疾患治療システム開発に取り組んでいます。生理活性タンパク質や抗原ペプチド,核酸などの高分子の体内動態をいかに制御するかを考えてきました。

 現在の研究テーマは核酸のデリバリーです。DNAナノテクノロジー(図1)と,細胞が産生する小胞であるエクソソームを用いたDDSを探究しています。生体とマテリアルの特徴を踏まえた体内動態制御をめざしています。

図1 DNAナノ構造体の研究(クリックで拡大)
核酸医薬が効果を発揮するには細胞内に取り込まれる必要がある。核酸は相補的な配列の工夫によって天然には存在しない分岐型構造を取ることもできる2)。分岐型構造の核酸は免疫細胞に取り込まれやすい特徴を持ち,メチル化されていないシトシンとグアニンが連結した配列(CpGモチーフ)を含む場合には免疫応答を亢進する。

西山 工学系出身である私も恩師の指導を受けて今があります。大学院ではナノキャリア研究の第一人者である,片岡一則先生(川崎市産学振興財団ナノ医療イノベーションセンター)の研究室に入りました。その後,ポリマー薬剤研究のパイオニア,Jindřich Henry Kopecček先生(米ユタ大)にも教えを受けています。これまで高分子ミセルを中心に,抗がん薬,核酸医薬,タンパク質等のデリバリーを研究してきました。

 2013年に東工大に移ってからは,既存の素材を使うだけでなく,新材料の創出にも力を入れています。がん治療薬に加えて,診断薬も研究対象です。

我妻 私は薬学生時代に,故・橋本嘉幸先生(当時・東北大)の研究室で,がん治療,特にがん免疫療法に関連した研究に携わりました。1991年に製薬企業に入社後,抗HIV薬や抗がん薬,ゲノム創薬の研究などに従事しました。2000年頃からは抗体医薬の研究基盤作りと開発パイプライン拡充を進めています。

 最近は次世代抗体医薬,特にADC(Antibody-Drug Conjugate;抗体薬物複合体)の自社技術開発に力を入れてきました。ADCは抗体医薬の発展系であるとともに,抗体を使って抗がん薬を標的がん細胞に選択的に送り込むDDSの一つです。

松村 それぞれバックグラウンドは異なるものの,疾患部位にだけ薬物を届けるシステム作りをめざしている点は共通ですね。

 分野を超えて同じ志を持つ者が連携し,新しい技術を生み出してきたのはDDS研究の特徴です。かつて,片岡先生と医学・工学の共同研究を始めたときのことをよく覚えています。きっかけは,とある工学系研究会で,片岡先生がEPR効果に言及したのを私がたまたま聴講したことでした。DDS研究の異分野連携・異分野融合は政策によるトップダウン型ではなく,一人ひとりの研究者が築いてきたボトムアップ型の文化なのです。

 がん治療薬開発に,DDS研究が欠かせない時代を迎えています。がん薬物療法の大きな流れとともに振り返ってみましょう。

体内動態を精密に制御できる基盤技術として注目されるDDS

松村 がん薬物療法が始まって以来開発されてきた低分子の化学療法薬は,治療域が狭く,骨髄抑制など生命にかかわる副作用が出やすい欠点が治療上の制約になっています。がん細胞だけでなく正常細胞も攻撃してしまうからです。

 その後,がん細胞のみを攻撃する発想から分子標的薬や抗体医薬が登場しました。中でも抗体医薬の開発が進み,国内外で製品別売上高の上位を占めるようになっています。抗体医薬の隆盛を,企業の立場からどう見ますか。

我妻 効果・副作用の両面で優れていることが普及の理由でしょう。正常細胞では発現せず,がん細胞だけで活発に働く分子機構の制御を狙った薬です。適切な患者さんに投与すれば,効き目は非常に良く,副作用は従来の薬よりも少ないです。

 製薬企業の視点からは,分子群の枠組みに縛られない新たな創薬アプローチでもありました。従来は低分子医薬品が創薬の中心で,標的にできる分子群は受容体や酵素などに限られていました。複数の企業が同じ分子群を標的に薬を開発して競合することも多く,独自性の高い医薬品創出という観点から抗体医薬が注目されたのでしょう。

松村 高い標的選択性を持つ高分子として,抗体の有用性は以前から認識されていたとも思います。製薬企業にとっては,抗体を作る抗体工学領域の進歩も大きかったのではありませんか。

我妻 その通りです。ヒト体内での免疫原性によって排除されてしまう問題や,均質な工業製品として製造する難しさがあり,医薬品としての開発は長らく停滞していました。1990年代の抗体工学の技術革新により,免疫原性の低い抗体を精密に設計し,均質に大量生産できるようになりました。この革新により,抗体医薬が続々と上市される時代が来たと考えています。

松村 こういった背景で広まってきた画期的な抗体医薬も,がん治療の分野ではいくつかの限界が明らかになってきました。

我妻 がんは遺伝子変異を繰り返しながら増殖し,性質の異なる細胞が集まっていると考えられています。そのため,特定の標的分子の識別に頼る戦略では,その標的分子が変異したがん細胞は攻撃から逃れて生き残ります。結果として薬に耐性を持つがんとなって再発してしまうのです。がん細胞に対抗するには,「heterogeneity(不均質)の壁」があるのです。

西山 非常に大きな課題です。一時は劇的に効いても,再発により数か月しか延命できないことも多く,がんの根本治療には至りません。

西川 そこで,新たなアプローチで体内動態を制御するDDSが注目されてきたのでしょうね。

我妻 実臨床でDDSの有用性を裏付ける報告も出てきて,DDS製剤への見方は以前にも増して前向きになってきたのではないでしょうか。例えば,当社が開発中のADCは,日米の規制当局から優先的な審査を受けています。

松村 いうなれば,DDS研究がもたらす,がん治療の革新へ期待が高まってきたということです。西川先生,新領域と見込まれる核酸医薬では,DDSはどのような位置付けですか。

西川 核酸医薬開発でもDDSの注目度はかなり高いです。2018年8月に,米FDAと欧州EMAは,hATTRアミロイドーシスの治療薬patisiran(Alnylam Pharmaceuticals社)を承認しました。世界で初めてRNA干渉(RNAi)を利用した本剤は,脂質ナノ粒子が核酸を内包する構造です。核酸医薬で初のDDS製剤という点も特筆に値します。

松村 Patisiranは遺伝子疾患への核酸医薬で,日本でも近く承認されそうです。

西山 核酸医薬は夢のある分野と私も感じています。標的細胞の中まで届ける技術の開発が鍵なので,DDSが特に重要と分析しています。

西川 全く同感です。従来,開発の壁といえば,核酸医薬の生体内安定性の確保でした。近年,核酸修飾技術の進展で解決に向かい,脊髄性筋萎縮症に使われる髄腔内注射薬ヌシネルセンなど,少数ながら臨床応用されています。

 負電荷の高分子である核酸は元来,生体膜をほとんど透過しません。標的細胞の中まで核酸医薬を運ぶDDSこそ,現在の最大の課題です。2018年10月時点で,がんに適応を持つ核酸医薬はありません。しかし海外

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