造血幹細胞移植と感染症⑦ Allo後の呼吸器ウイルス感染症(森信好)
連載
2018.12.24
目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症
がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。
[第31回 最終回]造血幹細胞移植と感染症⑦ Allo後の呼吸器ウイルス感染症
森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科医長)
(前回からつづく)
前回は同種造血幹細胞移植(allogeneic HSCT;Allo)の生着後早期の感染症について紹介しました。今回は主にAllo後に多く見られる呼吸器ウイルス感染症(respiratory viral infections;RVIs)について説明しましょう。
症例
65歳男性。急性骨髄性白血病(AML)に対して64歳の時にHLA一致の非血縁者からのAllo(matched unrelated donor HSCT;MUD)を施行。
・前処置:TBI,シクロホスファミド
・GVHD予防:タクロリムス,ミコフェノール酸
・サイトメガロウイルス:レシピエント(R)陰性,ドナー(D)陰性
・予防投与:ST合剤,ボリコナゾール,バラシクロビル
20日目で生着し,その後特に合併症なく経過し60日目に退院。120日目に皮膚および腸管の慢性GVHDを発症しプレドニゾロン1 mg/kg/日が開始され徐々に減量中。その後130日目(冬季)から微熱に加えて咳嗽,喀痰,鼻汁,咽頭痛などの上気道症状が出現し,改善しないため受診。Review of System(ROS)では頭痛,羞明,呼吸困難,嘔気・嘔吐,腹痛,下痢,尿路症状,肛門痛,関節痛・筋肉痛なし。全身状態は比較的良好,意識清明,血圧130/75 mmHg,脈拍数70/分,呼吸数18/分,体温37.2℃,SpO2 99%。胸部聴診上異常なし。皮膚に紅斑様皮疹を認めるが増悪なし。その他,頭頸部,腹部,背部,四肢に明らかな異常なし。好中球数6300/μL,リンパ球数120/μL,肝機能障害,腎機能障害なし。鼻腔ぬぐい液RSウイルス陽性。
呼吸器ウイルス感染症に注意
生着後順調に経過すれば退院し,これまでの防護環境から一転,市中の感染症にさらされることになります。特に冬季にはインフルエンザをはじめさまざまなRVIsがリスクとなります(表1)。免疫正常者でインフルエンザ陰性であれば「単なる感冒」と片付けることが多いのではないでしょうか。でもAllo後は「単なる感冒」では済まされません。下気道感染症(lower respiratory tract infections;LRTIs)を起こし致死的になる1)からです。ではどのようなRVIsが問題となるのでしょうか。
表1 Allo後に注意すべきRVIs(文献1~3より作成) |
◆RSウイルス(RSV)
RSVは小児で有名ですが,Allo後で特に注意を払うべきRVIsの一つです。というのも,感染初期には微熱,鼻汁,咽頭痛などの上気道感染症(upper respiratory tract infections;URTIs)ですが,急速にLRTIsになり高い死亡率につながるからです。報告により異なりますが,17~84%がLRTIsに進展し,死亡率は7~83%とされています2)。では,Allo後どのような患者がLRTIsになるのでしょうか。MDアンダーソンがんセンター(MDACC)から興味深いスコアリングシステム(immunodeficiency scoring index for RSV;ISI-RSV)が報告されていますので紹介します(表2)。
表2 RSVのスコアリングシステム4) |
237人のRSVを分析したところ高リスク群では48%がLRTIsに進展し,死亡率は29%に上ります(表3)。そこで高リスク群に対してURTIsのうちに抗ウイルス薬を投与し,LRTIsへの進展を予防して予後を改善させる取り組みがあります。高リスク群では抗ウイルス薬を投与しなければLRTIsへの進展率と死亡率はそれぞれ100%と63%ですが,投与した場合15%と8%に改善します(表4)。米国で抗ウイルス薬としてリバビリンの吸入が主流となっていますが,日本で使用できる施設は少ないようです。
表3 リスクごとのLRTIs進展率と死亡率4) |
表4 抗ウイルス薬の有効性(文献4より改変)(クリックで拡大) |
本症例はAllo後のRSVによるURTIsであり,ISI-RSVが8点で高リスク群に当たります。入院後リバビリン吸入が開始されLRTIsに進展することなく治癒しました。
ちなみに,Allo後のRSVは一旦症状が改善してもその後もウイルスを排出し続ける(viral shedding)ことが知られています。Viral sheddingの期間の中央値は報告によって異なりますが,中央値80日間(35~334日間)5)にもわたることもあります。したがって,市中感染のみならず院内感染をも引き起こすことは想像に難くないでしょう。実際に病院でのアウトブレイクの報告6, 7)がありますので感染対策に注意が必要です。
◆インフルエンザウイルス(Flu)
そもそもがん患者のFluはLRTIsに進展しやすく死亡率も高いことが知られています。203人の固形腫瘍および血液腫瘍患者のFluを検証した研究8)では33%がLRTIsになり,死亡率は9%にも上りました。HSCT後のFluについてはMDACCからの報告9)を紹介します。146人のHSCT患者〔Alloが64%,自家移植(Auto)が36%〕のFluのうち23%の患者がLRTIsに進展し死亡率は5%というものです。全患者のうち83%が抗インフルエンザ薬を処方されていましたが,発症後48時間以内に投与されたのはわずか18%であったことから,早期診断,早期治療の重要性が示されています。
◆パラインフルエンザウイルス(PIV)
PIVには1型から4型まであり,1,2型は市中感染症,3型はしばしば院内感染症も引き起こします。RSV同様にAllo後に重要なRVIsの一つであり,URTIsからLRTIsに進展すると死亡率は17%に上ります1)。LRTIsへ進展するリスク因子として,好中球減少,APACHE IIスコア高値(15点以上),他の肺炎の併発が,また死亡のリスク因子としては原病の再発,APACHE IIスコア高値,高用量ステロイド投与(プレドニゾロン換算で600 mg/日)とされています。RSVと異なり有効な治療法はありません。一方でRSV同様にviral sheddingの期間が79日までと長く,院内でのアウトブレイクが報告10)されていますので感染対策が重要です。
◆ヒトメタニューモウイルス(hMPV)
2001年に発見されたRVIsであり,小児では気管支炎の原因ウイルスとして有名です。RSV,PIV同様にURTIsからLRTIsに進展すると予後不良(死亡率10~40%)です。LRTIsへ進展するリスク因子としてステロイド使用(プレドニゾロン換算で1 mg/kg/日以上),リンパ球数減少(300/μL以下),Allo後30日以内のhMPV感染が知られています11)。有効な治療法やワクチンはありませんのでやはり感染対策が重要です3)。
*
2年半,計31回にわたる本連載も最終回を迎えました。強調したのは「4つのカテゴリーで考える免疫不全」です。「なんかややこしい」と漠然と苦手意識を持っていた方も「バリアの破綻」「好中球減少」「液性免疫低下」「細胞性免疫低下」の4つに切り分けることでクリアになったと思います。特に造血幹細胞移植後の感染症はその最たるものです。生着前は「バリアの破綻」や「好中球減少」がメイン,生着後早期には「細胞性免疫低下」がメイン,生着後後期には「液性免疫低下」がメイン,GVHDを起こせば「細胞性免疫低下」が顕著になると考えればスムーズに鑑別が挙がるでしょう。連載を通じ,血液内科や腫瘍内科の先生方から個人的にフィードバックを受けてネットワークが広がりました。「がんの感染症」ではチーム医療が重要です。主治医である血液内科や腫瘍内科の医師とより良いコミュニケーションを取ることが患者のケア向上に不可欠になります。
また,さまざまな感染症のカンファレンスでは,医学生や研修医の方が鑑別を挙げる際に,「4つのカテゴリー」を引用したコメントが増えました。少しでもお役に立てたならこれ以上の喜びはありません。皆さんとはまたどこかでお目にかかれることを楽しみにしています。
(了)
[参考文献]
1)Int J Infect Dis. 2017[PMID:28739424]
2)Blood. 2011[PMID:21139081]
3)Cancer Lett. 2016[PMID:27260872]
4)Blood. 2014[PMID:24700783]
5)PLoS One. 2016[PMID:26866481]
6)Bone Marrow Transplant. 2013[PMID:23811816]
7)Biol Blood Marrow Transplant. 2014[PMID:24607551]
8)Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2017[PMID:27838792]
9)Biol Blood Marrow Transplant. 2016[PMID:26638804]
10)Lehners N, et al. Blood. 2016;128(22):3401.
11)Clin Infect Dis. 2016[PMID:27143659]
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