医学界新聞

2018.12.17



Medical Library 書評・新刊案内


《シリーズ ケアをひらく》
異なり記念日

齋藤 陽道 著

《評者》澁谷 智子(成蹊大文学部准教授・現代社会学/『コーダの世界』著者)

違いを受け入れて家族するということ

 この本の著者は,耳の聞こえない写真家であり,幼い子のパパである。著者は書いている。

 《「聞こえないことは不幸ではない」。それは,本当にそうだと思う。だけどそのあとに「でも,ちょっと寂しいね。ちょっと不便だね」が続いてしまうことも否めない。》

 結婚し,子どもが生まれ,いとおしい存在を守りたい,子どもといろいろなことを共有したいという思いが強くなったとき,著者は「音がわからない」というもどかしさを痛切に感じるようになった。

 夫婦で自転車に乗っていたとき,後ろを走っていた妻が転倒して意識を失ったことに気づかず先に行ってしまった。旅行先の宿で1歳11か月の息子がベッドから落ちて激しく泣いていたとき,妻も自分も気づかずに寝ていた。

 どちらの場合もしばらくして気づき,大事に至る前に対応できたのだが,著者は「すぐそばで起きている,いとおしい存在の危機に気づけない」ことを噛み締める。その衝撃。落ち込み。でも,著者はそれで終わらない。自分にはできないことがあるという自覚をもって,謙虚に寄り添う。意識して寄り添う。

 中でも,本のタイトルにもなった「異なり記念日」のエピソードは,圧巻である。ドラッグストアのBGMに喜んで「音楽,あったー,ね!」と言ってくる息子に,自分は音楽がわからないと伝えると,上機嫌だった息子はうなだれてしまう。著者は息子を抱っこして伝える。

 お父さんもお母さんも音楽は聞こえないけれど,音楽を聞いて楽しそうに笑っている樹(いつき)さんを見るのが好きなこと。樹さんとお父さんとお母さんはそれぞれに違っていること。それは残念だけれども,大丈夫だということ。違いには,うれしいことも楽しいこともあるということ――。

 異なることの痛み,共有できない切なさをこれまでにも感じてきたろう者であるからこそ,それを今度は「聞こえる子」という立場で経験するであろう息子に対して,しっかりと伝えようとする。息子が経験していく“親との違い”,“聞こえる親をもつ聞こえる子”との違い。幼い息子を「樹さん」とさん付けで呼び,限りない愛情と優しさをもって「違っているのは残念だけれども大丈夫」と伝える言葉には,胸に迫るものがある。しなやかで強い。

 意識して伝える言葉のみずみずしさも,この本の魅力だろう。著者が漫画を見て覚えた表現や手話表現の日本語表記,視覚的に用いる文字列などは,あぁ,なるほど……と思わせる。

 内容的にも表現の面でも,多くの人をハッとさせる何かを秘めた本である。

A5・頁240 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03629-0


患者と家族にもっと届く緩和ケア
ひととおりのことをやっても苦痛が緩和しない時に開く本

森田 達也 著

《評者》吉田 みつ子(日本赤十字看護大・基礎看護学・がん看護学)

患者の言葉,姿勢,変化から,真摯にケアを考える

 「ちょびちょび」「モゾモゾ」「ぼや~っと」「“パンパンッ”に」など,本書はオノマトペにあふれている。オノマトペとは物事の様相,情景,人の動作や感情などを表現するときに用いられる擬態語,擬声語のことである。医療現場においても,微妙な感覚,場の臨場感などを他者に伝えるには欠かすことができない。本書は,どのページをめくっても,まるですぐ隣に大先輩がいて,「そこは,こうするといいよ」と助言を受けているような感覚になるのは,オノマトペのせいなのだと気づいた。その大先輩は緩和医療のエキスパートであり,研究者でもある。本書には,著者が長年蓄積してきた緩和ケアのサイエンスとアートがぎゅっと詰まっている。

 その豊富な実践知の源は,著者がこれまで接してきた患者一人ひとりとの対話にある。例えば,「第1章 痛みが取りきれない時」,薬剤を使い尽くしても緩和されない痛みの原因は,「マットが硬い」「がんで痛いんじゃなくて筋肉の虚血」「もともと(がんと関係ない首・肩・腰が)痛い」こともある。著者は目の前の患者から発せられる言葉や姿勢,患者の24時間の生活行動に現れる変化に真摯に目を向け,「患者は診断を語っている(本書p.43)」と,先入見をカッコに入れて,現象そのものを徹底的に観察する。「麻薬だけで鎮痛しようとしないこと」が大事だという。

 本書はいかに「ひととおりのこと」を超えた“一工夫”が見過ごされているか,「ひととおりのこと」だけで全てをやっているつもりになっているかを教えてくれる。「がんだから」で終わらせずに苦痛の原因をちゃんと知ること,そして苦痛が緩和されることが目的なのではなく,その先に患者と家族がどのように過ごすことを願っているのかが重要であること,それが「患者と家族にもっと届く緩和ケア」の王道なのだと教えてくれる。

A5・頁272 定価:本体2,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03615-3


サルコペニアを防ぐ!
看護師によるリハビリテーション栄養

若林 秀隆,荒木 暁子,森 みさ子 編

《評者》藤島 一郎(浜松市リハビリテーション病院長)

リハと栄養管理を関連付けることの大切さを説いた一冊

 本書は,看護が栄養についてもっと責任を持つべきだという主張に貫かれている。読みやすく,サルコペニアと栄養管理を学ぶためには,看護師ばかりでなく,医師,歯科医師,リハビリテーション関連職種を含めた多職種にとっても極めて役立ち,優れた内容となっている。題はリハビリテーション栄養となっているが,一般栄養管理としてのポイントを学ぶこともできる。疾患ごとの実例も多数取り上げられていて,臨場感があるし,コラムもおもしろい。

 実際の臨床現場では,経験の浅い研修医や,栄養に関心の薄い医師が出す指示に栄養管理上の問題があるケースは相当数存在する。NSTの活躍している病院においてさえ例外ではない。これに対して看護が積極的に関与して,チームで医療を展開すべきであるという考えには心から賛同する。さらに踏み込んで,編者の一人である森みさ子さんが「サルコペニアという概念が広まり一般市民にも周知されるようになれば,医原性サルコペニアをつくった看護師が過失を問われる時代がくるであろう」(p.114)とまで述べている箇所には驚いた。看護師が果たす役割は,それほど大きいのである。

 近年,「リハビリテーション栄養」が注目を浴びている。評者は10年ほど前に「栄養を与えないでリハビリテーション訓練が行われている弊害」について日本リハビリテーション医学会の専門医会で若林秀隆先生の講演を聞いて感銘を受けた。それまでも栄養に関しては関心があり,大変重要であると認識してはいたが,日本の医療現場の実情は異なっている。実際,1日1000 kcalにも満たないエネルギー量で「るいそう」が進んだ状態で入院してくるリハビリ患者は当院でも少なくないし,油断するとそのまま低栄養が継続されてしまうケースさえある。栄養管理がなされない状態でのリハビリテーションは有害無益であり,罪悪でさえあると考えられる。栄養管理の必要性はいくら強調してもしすぎるということはない。

 栄養は人が生きていくために不可欠の要素であり,医学が進歩する前は,「口から食べられなくなる=栄養摂取ができなくなる」ことは死を意味していた。人類の素晴らしい英知の結集として医学が発達し,点滴や経管栄養という優れた技術が命を救うようになった。しかし,皮肉なことに最先端の技術に頼るあまり,栄養管理が疎かになってしまった。それに対してNSTの機能と活躍が不可欠とされ,診療報酬もついて栄養管理は病院の大切な役割とされ発展してきている。

 サルコペニア(sarcopenia)は1989年にIrwin Rosenbergによって提案された概念で,加齢(老化)により骨格筋量の低下に伴う筋力低下と身体機能低下を来す極めて臨床的な概念である。身体機能障害,QOL低下,死のリスクなどにつながるものとされ,注目を浴びた。本邦では2017年に日本サルコペニア・フレイル学会と国立長寿医療研究センターから『サルコペニア診療ガイドライン2017年版』が出版された。

 サルコペニアは栄養と運動に関係している。本書はリハビリテーションにおけるその大切さについて正面から切り込んでおり,多くの読者に読んでいただき,手元に置いていただきたい書である。

A5・頁244 定価:本体2,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03225-4


手順が見える! 次の動きがわかる!
消化器外科の手術看護

大野 義一朗 著

《評者》跡見 裕(杏林大名誉学長)

読者の「知りたい!」に応える,著者の熱意による手術書

 看護師を対象とした手術書は数多くあるが,その中でもこれは極めて興味深い本である。ただの手術書ではない。共に手術に立ち向かう手術場の看護師の方々に,手術に当たり必要な知識,心構え,手術の流れなどを実践に即し述べたいという,著者の熱意による本である。今までの手術書はあれもこれもと網羅的な内容であり,そつなく一般的な記述に終わっているのが少なくなかった。それでは読者が知りたいと思う一歩手前が書かれているにすぎず,物足りない感じは拭われなかった。

 大野義一朗先生によるこの手術書は,消化器・一般外科で経験する代表的な10の手術に絞り,そのポイントを手術の流れとともにわかりやすい言葉で詳細に述べている。例えば腹腔鏡下胆囊摘出術では,胆囊の役割,摘出術の3つの要点,3つの注意点が最初に示され,次いで手技の基本が述べられている。患者さんの体位,使用する器具が図解されているのは,本書の特徴であるわかりやすさを表している。最も重要な手術の手順は,皮膚切開から始まり,胆囊管の剝離,胆囊管と胆囊動脈の切断,胆囊の摘出,手術部位の洗浄,ドレーンの挿入,閉創について必要なこと,重要なことを漏らさず述べている。加えて,随所に読者が知りたいことをQ&Aの形式で解説しているが,この心遣いはうれしくなる。

 著者も述べているように,開腹する手術と腹腔鏡での手術は視野が異なり,器具も大きく異なることから器械出しの看護師も戸惑うことが少なくないと思われる。本書はそれらを考慮しているのも大きな特徴であり,腹腔鏡下手術で看護師が次の一手を読んで器械を準備することができるようになるだろう。本書に取り上げられた10の術式は外科手術の代表的なものであり,ほとんどの手術手技はこれらの取り上げられたものの中に含まれている。この本をいつも手元に置いて実際の手術を考えると,格段に手術への理解が高まると思われる。

 評者は以前,手術部長をしていたことがある。緊急手術が多く,看護師不足で師長が「器械出しは出せないから,医師だけで手術をするならどうぞ」と言ったことがあった。確かに人手不足で人的には無理なことはわかったが,器械出しの看護師がいてこそ,手術の客観性,透明性が保たれるのではないかと反論したことがある。患者さんの命に直結する手術とはそれだけ重いものであり,手術に関与する看護師の方々にもぜひ手術をするチームの一員としての自覚を持って活躍していただきたい。そのためにも本書が活用されることを願っている。

B5・頁128 定価:本体2,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02200-2

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