医学界新聞

寄稿

2018.11.26



【投稿】

仏クレス・レオネッティ法にみる終末期医療の動向
国立緩和ケア・終末期研究所を視察して

山崎 摩耶(前・旭川大学保健福祉学部看護学科特任教授/元・衆議院議員)


 わが国は超高齢社会の到来とともに多死時代に入り,終末期医療とケアは医療・看護・介護界の大きなテーマとなっている。終末期医療に関して海外の動向はどうか。筆者は2018年8月,フランス・パリにて国立緩和ケア・終末期研究所や,在宅患者が入院と同様の医療を受けられる「在宅入院制度(HAD;在宅高度医療訪問看護)」の現場を訪問し,同国の法整備の状況と,終末期医療,緩和ケアの取り組みを調査する機会を得たのでここに報告する。

 フランスは,1999年に「緩和ケア権利法」が成立して以降,緩和ケアと終末期医療の現場の実情に合わせ,法改正を重ねてきた。直近の改正である2016年の「患者及び終末期にある者のための新しい権利を創設する法律(2016年法/クレス・レオネッティ法)」成立を受け,同年4月にフランス国立緩和ケア・終末期研究所が新設され,国民には終末期医療を受ける権利と自己決定権があることや,「事前指示書(directives anticipées)」「信任者(personne de confiance)」の普及,医療現場での終末期医療の支援,国内外のデータ収集などの取り組みが始まっている。

緩和ケア普及に向けた3つのミッションとは

 研究所を訪れた8月31日,所長のベロニク・フォーニエ氏が私を迎えてくれた。彼女は循環器専門医であり,公衆衛生学や政治学にも精通する医師だ。フランスの臨床倫理研究センターで医療倫理や意思決定,終末期における医師・患者・家族関係などを長年研究していた氏は,2016年4月に同研究所の所長として招聘された。

 「研究所の役割は『2016年法』の理念の普及とフォローアップのための調査研究にあり,政府は大きな予算を投入している」と氏は説明を始めた。「大きなミッションは3点ある。そのうち最大のミッションは,国民にはターミナルケアを受ける権利があると啓発すること。そこで,国民向けのさまざまなキャンペーンを開始している」と語り,こう続けた。「『2016年法』の理念を広めるために,国民にはまず自分の人生をどう終えたいかを考えてもらい,『事前指示書』の存在や『信任者』などの仕組みがあることを知ってほしい。そして誰もが緩和ケアを受けられる権利があると,テレビ,新聞,ウェブサイトやSNSなどを活用して周知し,イベントも開催して国民とコミュニケーションを図っている」と話した。さらに,医師や看護師など専門職の質向上とその支援のために,オンラインコースを開設したりムックを発行したりし,ワークショップなども開催している。

 第2のミッションは,終末期医療についての国内外のデータ収集と情報公開だ。EU諸国をはじめ,カナダや南米などからも情報を集め,データ不足の改善を図っている。3万もの論文が収載されたウェブデータベースを更新し,ニュースレターを毎月発行,2018年1月には初の報告書を2冊刊行したという。

 そのうちの1冊は,「事前指示書――そのポイントは何か?」とした事前指示書の普及版で,2000人の国民調査から見えてきた人々の意向(事前指示書には何を書きたいか,何を書きたくないのか,医療者に対しては患者とこの問題をどのように話すべきかなど)が盛り込まれた。

 第3のミッションは,次の法改正にもつながる重要なアクションである法と制度のフォローアップで,「法施行後の現場の変化を政府に報告することが求められている」とフォーニエ氏は強調する。彼女自身,国の法制度審議にかかわるポジションにあるためだ。新法施行後,今現場では何が起きているのか。特に「緩和的鎮静(ターミナルセデーション)」の課題が多く,国民が果たして何を望んでいるかを調査している。フォーニエ氏の話を聞き,緩和ケア・終末期医療の国立研究機関を有するフランスがうらやましく感じられた。

時代に即し改正重ねる,終末期医療に関する法律

 ここで,フランスにおける終末期医療の法制化の変遷を振り返りたい。

 1999年6月「緩和ケア権利法」が終末期医療に関する最初の法律として成立し,緩和ケアへの...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook