鍛えよ,「知の体力」を(永田和宏,椛島健治)
対談・座談会
2018.11.12
【対談】
鍛えよ,「知の体力」を
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「大学においては『学問』をすることが主であり,高校までの『学習』とはおのずから異なる」(永田和宏著『知の体力』,新潮社より)。答えは必ずあるものと知らず知らずのうちに教えられてきた高校までの教育から一転,「学問」をするための大学や大学院に進んだ学生は,自ら学ぶことや研究の深化にどう向き合えば良いのだろうか。
「わからない時間を待つことに臆病になるな」「研究は安全を選ぶか面白さを取るか」「没頭することで得られるものとは」――。細胞生物学者で日本を代表する歌人でもある永田和宏氏と,臨床と研究に取り組む皮膚科医の椛島健治氏の2人が,これから学びを深めたい人,あるいは将来に不安や焦りを感じる若者たちへ,愛情に満ちたエールを送る。
椛島 永田先生の著書『知の体力』は,若者への愛情を感じながら読みました。先生は何を伝えたいと思い本書を執筆されたのでしょう。
永田 社会に起こる問題を自ら見つけて考える姿勢が若い人になければ,いったい誰がこの国の未来を考え,動かしていくのか。こうした思いがあります。そしてそれ以上に,自信が持てずに自分を小さく規定する学生が,見ていて歯がゆいんです。その歯がゆさが,書かせたのかもしれません。
椛島 私が京大の学生だった1990年代前半は,講義に出ず部活をしたり遊んだりしても放任された時代でした。一方で,講義に出る人は皆熱心で,質問も盛んに出て活気がありましたね。今は出欠を取るようになって出席率は高いけれど,寝ている人が多く,真面目にノートを取っていても質問はあまり出ません。どこか受動的なのです。
永田 「教えてもらう」ことに何の疑いも持たない,学生の気質の変化が気になります。おとなしい“いい子”が増えました。
椛島 情報があふれる社会で育った学生には,いかに効率よく教わるかが“勉強”のポイントとなり,自分で考えて学問を楽しむ余裕が感じられません。
永田 何となく流れに身を委ねているようで,自分の人生の可能性を大学時代に何とか見つけようとか,自分たちがこの社会の将来を切り開くのだといった意識が希薄な気がします。
椛島 臨床研究の論文数減少に見られるように,日本のサイエンスは国際的な順位が明らかに低下しています。ノーベル賞を受賞された京大の本庶佑先生も,10年,20年先,先細りする日本の研究への危機感を訴えたように,問題意識を持って発言しているのは私よりも上の世代の方たちであり,若者に危機感はあまり感じられません。
永田 私は学生時代,退官直前の湯川秀樹先生の講義を受けることができました。「今役に立つと言われるものは,30年先には役に立たなくなる」と当時から指摘されていました。ノーベル賞の受賞が毎年のように話題になっていても,今役に立つ研究への目配りばかりが続いていくようでは,大きなブレークスルーが日本から生まれる機会はこの先失われていくでしょう。
わからない時間を待つことに臆病になるな
永田 私が京大に入学したとき,当時総長の奥田東先生は入学式の祝辞で,「京都大学は諸君に何も教えません!」と述べました。せっかく入ったのに,入学式ですよ(笑)。高校と大学のギャップを埋める高大連携が今言われますが,手取り足取り教えられた高校までと,自ら問いを発するための学問をする大学は明確に切り離すべきです。大学とは極論すれば,わかっていることを教えるより,まだわからないことに気付かせる場ではないでしょうか。
椛島 医学の世界も患者さんの疑問に一問一答では答えられない,わからないことばかりです。個々の患者さんにベストな治療を考えるにはどうするか,医師は人間としての総合力が試されます。そこで私は,わからないことへのアプローチに研究が重要であり,たとえ将来的に研究者をめざさなくとも研究の道を経験する意義は大いにあると考えています。
永田 ある一定期間サイエンスに没頭するのは大事なことです。わからないことを自分の中でどれだけ長い時間抱えていられるか,それが研究者の大きな推進力になっていますね。わからないからこそ没頭できる。
椛島 まさに「知の体力」です。
永田 ところが今,多くの若者は「わからない時間」を待つことに臆病になっている気がしてなりません。「答えは一つ,必ず正解がある」と教えられてきた学生は,わからないことを抱えた時間が不安で耐えられない。問題には必ず答えがある前提で,正解への近道を得る教育を初等中等教育から受けてきたため仕方ない面もあるでしょう。しかし,大学に入りそれが学問と思われては困るとの意識が私の中にあります。学んで修める「学習」と,学んで問い直す「学問」はそもそも違うのだと。
椛島 答えを得るまでの時間が社会全体でどんどん短くなっていますね。スマホでさっと答えが得られなければ疑問はお蔵入りしてしまうのだと思います。私がわからない時間を待つ経験をしたのは高校生のとき,通信教育「Z会」の勉強でした。答案を送り添削が返るまでの1か月間,ワクワクしましたね。
永田 かつて文献は,船便で来ていた時代がありました。ご存じないでしょう? 毎週送られてくる,全ての雑誌の目次だけを収めた冊子「Current Contents」に目を通し,読みたい論文があれば別刷り請求を出す。すると2か月ほどして著者から直接送られてきます。届いた頃には,読む意欲がなくなっていることが多かった(笑)。
でも,こうした待つ時間は研究にも大切だと思うのです。ブラブラする間に自分の興味が動き,自分の関心以外の何かにフッと巡り合い,それが研究に生きることがあるからです。
椛島 私は自分の専門とあまり関係のない学会,例えば分子生物学会に行き,特に目的もなくポスター掲示の会場を歩くことがあります。すると,「もしかすると,皮膚科に応用できるのでは」とヒントを得ることがあるんです。
永田 私たちの研究は必ずしも明確な目的から入るばかりではありません。
椛島 「面白そう」と,興味から始まることが多いです。
永田 「路上観察学会」という不思議な会がかつてありました。何の目的もなく街中をブラブラ歩き,本来の役目を終えた単なるモノや使途不明のもの,ただのマンホールなどを面白がるユニークな集団です。この「面白がる」視点は私たちの研究にも重要で,“遊び”がある人には普段目に入らないものが見えてくる。
ところが今日,日本のサイエンスの大部分が,研究が何にどう役立つかで評価されてしまっています。科研費の助成は目的指向型のすぐに役立つ研究に偏り,研究成果が出るまでに時間のかかる基礎分野への支援が徐々に削られてきている。科研費の申請書には社会への波及効果を書く欄があり,何に役立つかプレスリリースまでします。研究の世界も成果が熟するのを「待つ」ことができなくなっている。その結果,研究者自身が自分の研究目的やモチベーションを「すぐに役に立つこと」へと無意識のうちにシフトさせてしまっているのではないでしょうか。
椛島 現在どのように役に立つのかわからない研究も価値があり,科学のイノベーションは全く予想外のところから生まれるのが常であることを忘れてはなりません。若い方には,「面白そう」という自分の好奇心や疑問を大切にし,わからないことを保持し...
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