医学界新聞

対談・座談会

2018.11.05



【座談会】

新たな健康観「未病」と医療
人生100年時代に期待される医師の生活処方箋

黒岩 祐治氏(神奈川県知事)
大谷 泰夫氏(神奈川県立保健福祉大学理事長)=司会
浦島 充佳氏(東京慈恵会医科大学分子疫学研究部教授)


 長寿化が進み健康意識が高まる中,市民が医療に求める価値は変化している。生活習慣改善が健康のカギとなることを支持する医学研究が有名誌に報告され始めた(Lancet.2017[PMID:28864332]など)。新たな潮流の中で市民の健康を守るために,医師には何が求められるだろうか。

 本紙では,人生100年時代のカギとなる新たな健康観「未病」の提唱を始めた神奈川県知事の黒岩氏,厚労省で長く医療行政に携わった大谷氏,近著『外来でよく診る 病気スレスレな症例への生活処方箋』(医学書院)で「生活処方箋」の意義と有効性を訴える臨床医の浦島氏による座談会を企画。注目が高まる未病のコンセプトと,医師が果たす役割を議論した。


大谷 今や,「人生100年時代」です。2000年代に生まれた子どもの半数以上が将来100歳以上まで,現在の中高年齢者も多くが90歳以上まで生きるとされます。それに応じて,医療の在り方や人々の健康観にも変化が生まれてきました。

黒岩 健康観の変化は神奈川県も重視しています。超高齢社会における新たな医療・介護の仕組みづくりは,正面から取り組まねばならない重要課題です。

浦島 医療現場から見ても,薬物療法や手術に依存する従来の医療システムだけで新時代を乗り越えるのは難しいと実感しています。治療だけでなく,患者さん自らが健康を作れるように「メンター」としての役割が医師に求められる時代が来ているのではないでしょうか。

大谷 そこで注目され始めた新たな概念が「未病」です。今日は,この新しい健康観がもたらす未来について話し合いたいと思います。

健康と病気は連続的に変化する

大谷 新たな健康観である「未病」を政策として初めて取り入れたのが黒岩知事です。神奈川県知事就任後,2013年から県を挙げて未病改善に取り組み,周知を図っています。

黒岩 未病コンセプトは,健康寿命延伸の切り札です。元は中医学の「病気を発症する前から治す」という意味の言葉を,現代の状況に合わせ「健康と病気の間の連続的な変化」ととらえ直しました()。従来の医療は健康と病気を二分論でとらえるモデルだったと思います。それとは異なる「グラデーションモデル」の中に未病を位置付けました。

 未病の考え方1)
「未病」とは,健康と病気を2つに明確に分ける概念(上)としてとらえるのではなく,心身の状態は健康と病気の間を連続的に変化するものととらえ,この全ての変化の過程を表す概念(下)。

浦島 多くの疾患は,ある日突然発症するものではなく,長い間の生活習慣の蓄積により引き起こされます。また一度がんのような大病を患っても,再び元の生活に戻れる場合も多いです。私自身,病気と健康の間を行き来する患者を多数診てきました。従来の二分論で健康や病気をとらえることは,全ての患者に対して適切だったとは必ずしも言えないでしょう。

大谷 健康と病気の間には可逆的な状態があります。健康と病気を連続したものとして取り扱う対策の必要性を私も長年感じていました。

黒岩 未病対策の重要性は徐々に浸透しています。日本医師会会長の横倉義武先生の賛意もあり,2017年には政府の健康・医療戦略に位置付けられました2)

浦島 世界に目を向ければ,米ハーバード大では生活習慣の改善が与える健康効果について発信しようとの動きが出ています。同大で開催された「未来の医療」というクラスで,「診察室で座して患者を診るだけでは駄目だ。患者の家に行き,生活の現場を見てじっくりと話を聞けば,最も上流にある原因がわかる。この原因に介入できれば自然と行動変容が起こり,病気は改善する」との教えを受けました。

 西洋医学でも,未病の段階で人を診て,重大な病に至らぬよう予防する医療が見直されつつあると感じています。

医師と市民が共同して健康をつくる時代へ

大谷 これまで,日本の健康・医療政策は国民皆保険制度を軸に成り立ってきました。この成果は世界有数の長寿国として現れています。一方で,生活者の目線からは行政,財政,そして医療者に依存する健康観だったことは否めません。

黒岩 考え方の転換を促すのも,未病コンセプトの重要な一面です。依存型から,一人ひとりが自らの意思で健康維持に取り組む自立型への価値転換が必要です。背景には超高齢社会での医療の持続性確保という行政的観点と,健康寿命延伸による人々のQOL向上の観点があります。100歳まで生きるのが当たり前の社会では,定年後に40年近くある“第二の人生”をより豊かにするために,健康を主体的に守らなければなりません。

大谷 同感です。未病対策は医療費抑制のためと解釈されがちですが,そうではないと強調したいですね。

黒岩 皆が健康で,高齢になっても笑って生き生きといのちを輝かせることが最大の目標です。

大谷 一方で,生活習慣の改善で克服できる疾患に対しても,一人ひとりが自己判断のみで取り組むには限界があります。症状の内容や程度に応じて,医師と一緒に健康を作っていくことが求められているのです。

浦島 生活者と医師の両者に考え方の転換が求められているのですね。

食・運動・社会参加が未病改善のカギを握る

大谷 では,実際に未病状態の人を健康へ近づけるカギは何でしょうか。

黒岩 食・運動・社会参加です。神奈川県では,日頃の生活習慣として県民が無理なく取り組めるこの3つを,重要なカギとして浸透させたいと考えています。

大谷 食と運動はイメージしやすいですが,社会参加は具体的にどのようなものですか。

黒岩 近年,社会とのつながりの充実が,健康に好影響を及ぼすことが注目されています。例えば横浜市にある若葉台団地では,要介護認定を受けた高齢者は約12%で,全国平均の18%を下回っています3)。この団地ではサークル活動や季節のイベントの開催など,多世代が交流する仕掛けを自治会が積極的に作っています。コミュニティの充実が,結果的に要介護者を少なくする好例です。

浦島 医学的にも,食・運動・社会参加の効果が有名誌に続々と報告されています。例えば食について,地中海食に関する報告4)では,心血管疾患高リスクの健常者7000人超を地中海食群とコントロール群にランダムに振り分けて約5年間追跡しました。その結果,地中海食群では心筋梗塞や脳卒中の発生率が大幅に減...

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