医学界新聞

2018.10.08



Medical Library 書評・新刊案内


大人の発達障害ってそういうことだったのか その後

宮岡 等,内山 登紀夫 著

《評者》松本 俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長)

「精神医学の十字軍」の書

 まずは謝罪しなければならない。当初,好評だった前著に味をしめ,「さてはお手軽に柳の下のドジョウを狙ったな」などと勘ぐってしまったからだ。

 しかし読了した今,その考えを全面撤回し,非礼をわびたいと思う。評者は,大人の発達障害に関してこれほど実践的な本は読んだことがない。読みやすいにもかかわらず,多くの発見がある。何よりも,同じ主題の本でよく経験させられる,読後の心理的残尿感(「お考えはわかったが,ではどうすればいいのだ?」という感覚)がない。

 対談なればこその成果だ。一人の著者による書き下ろしであれば,明快さや整合性を優先し,強引な単純化や枝葉の切り捨ては避け難く,それが例の残尿感を引き起こす。ところが,対談はそうはいかない。語りは聞き手によって遮られ,反証をぶつけられ,きれいごとや一般論で終わらせてもらえない。案外,そのほうが,読む者にとって臨床にすぐに役立つヒントが多い気がする。

 加えて,本書は聞き手と語り手の組み合わせが絶妙だ。聞き手としての宮岡等は,発想の原点が常に精神科診察室にあるがゆえに,臨床医が「本当に知りたい」と思う情報を引き出す力に長け,「3分間で聞ける生活史聴取法を教えてほしい」といった,回答者泣かせの質問をためらわない。一方の内山登紀夫には,そうした問い掛けを真正面から受け止める誠実さと,豊富な経験に裏打ちされたワザやコツを惜しまずに開陳する気前の良さがある。もちろん,それは同じ対談形式の前著にも当てはまるが,最近数年間における臨床経験の蓄積がある分,情報の量と深さにおいて前著を凌駕している。

 個人的にイチオシなのは診断をめぐる対話だ。宮岡が,ろくに発達歴も聴取しないまま横断的な行動特性やWAISの下位尺度のバラツキだけを根拠になされる,安易な「大人の発達障害」診断を憂慮してみせると,内山は,宮岡に同意しつつ,それでもなお「発達障害は積極的に診断すべき」と主張する。決して安易なアトモキセチンの処方を正当化しているのではない。どの患者に対しても生活史と発達歴を聴取し,どんな要因がどれくらい絡み合っているのかを考えよ,さらには,発達障害は,「0/1」診断できない,正常と連続した状態であり,うつ病の症状を修飾し,適応障害やPTSD,依存症などへの罹患脆弱性を準備する要因であることを忘れるな,という意味なのだ。

 ここにおいて内山と宮岡の見解は止揚される。発達障害を評価する作業とは,かつて精神医学的診断において重視されてきた「病前性格」の評価に代わるものなのだ。そして,とどめに宮岡はこう断言する。「大人の精神科医にとって発達障害はマストだ」と。この言葉に,評者は思わず居住まいを正さずにはいられなかった。

 ここまで言えばもうおわかりだろう。本書は発達障害に限定した本ではない。操作的診断に毒された精神医学を蘇生させる,「精神医学の十字軍」の書なのだ。

A5・頁330 定価:本体3,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03616-0


タラスコン救急ポケットブック

Richard J. Hamilton 原著
舩越 拓,本間 洋輔,関 藍 監訳

《評者》林 寛之(福井大病院教授/救急科総合診療部長)

救急を専門としない医師や当直で四苦八苦する研修医の「心の友」

 タラスコンといえば南仏プロヴァンスの町。紀元前に退治されたという怪物タラスクに思いを馳せる盛大なお祭りが,落ち着いた街中で盛大に行われるという。でも救急の世界ではタラスコンは怪物にも似たものすごい膨大な情報を詰め込んだ『タラスコン救急ポケットブック』を意味する。コンピューターや電子書籍が発達した昨今,膨大な量の情報を持ち歩けるようになったとは言うものの,検索の素早さ,目の通しやすさにおいては,やはり目の前にある書籍に勝るものはない。

 救急の良書は最近たくさん世に出ている。診断学を鍛える本は多いものの,診断が付いた後の治療まで手を伸ばすのはなかなか難しい。そんな膨大な情報を包括できる本など持ち歩けるはずもない。ところが,パッパラパッパパァ~ララ~(ドラえもんのひみつ道具を出すときのジングルで)! このタラスコンはまさしく知識の宝庫,実臨床で使う情報が細かく書いてある。

 実際の臨床では「あの診断基準ってなんだっけ?」「吐血のBlatchford scoreってなんだっけ」などの状況下では記憶の助けになる。めまいも,Epley法のみならずHINTS examにも言及してあり,情報が新しく日本語訳も読みやすい。敗血症においてはSepsis-3にも対応し,情報は原本よりもしっかりアップデートされているので,この日本語版はとってもお得。

 鑑別診断もただ羅列するのではなく,頻度も記載してあるのはうれしい。内科のみならず外科系,産婦人科なども広くカバーされ,救急を専門としない医師や当直で四苦八苦する研修医たちの「心の友よぉ~(ジャイアン風に読んでください)」になれる一冊。

 タラスコンでは感染症に対しては実に多くのページを割いている。ハリソンだって感染症の項目は最も多いもんね。中毒なんて普通の当直医が知るはずもなく,本書は実にコンパクトにうまくまとまっているので,どこに何が書いてあるかを知っておくだけで夜の強い味方になる。生物・化学・放射線曝露に関しては,救急のプロでさえ覚えていないことが多く,ホントに役立つ。

 非常にコンパクトでただ普通のポケットに入るだけでなく,胸ポケットに入っちゃうのが実にすごい。胸ポケットから緑色の本書が見え隠れするのは何となく格好いいぞ!

 ただ,これだけの膨大な内容を細かく記載するとなると,文字も細かく,びっしり埋まっていてどうにもこうにも老眼が進んだ医師には実に読みづらい……。でもこれだけ現場で使える情報を詰め込んだとなれば,きっといざとなったときにあなたを助けてくれる。まぁ,読み物というより,しっかりした辞書みたいな完成度だからね。そこは実用性をてんびんにかけて大いに活用しようではないか。

A6変型・頁308 定価:本体2,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03547-7


脳と頭蓋底の血管系アトラス
臨床解剖のバリエーション

寳金 清博 監訳
中山 若樹 訳者代表

《評者》田中 美千裕(亀田総合病院脳神経外科部長)

“記述的描写と外科医の目線”を具現化した実践的アトラス

 “Anatomy, Descriptive and Surgical(解剖学,記述的描写と外科医の目線)”――これは19世紀に活躍した英国の解剖学者であり外科医でもあったヘンリー・グレイ(Henry Gray,1827~61年)による解剖書『グレイ解剖学』(1858年初版)の背表紙に記されている言葉で,解剖学には記述的描写と外科医の目線が必要であることを強調している。

 この“Descriptive and Surgical”という表現がまさにぴったりなアトラスが,このたび医学書院より刊行された。Walter Grandらによる『Vasculature of the Brain and Cranial Base――Variation in Clinical Anatomy(2nd Edition)』(Thieme,2015年)の日本語訳版である。

 手触りの良い紙から作られた本書を開くと,ウィリス動脈輪近傍の動脈解剖の詳細とそのバリエーション,そして穿通枝の分枝様式が丁寧なイラストにより鮮やかに記述されている。各章では基本的解剖図譜に加えて高解像度のcadaver dissectionの写真とMRIや脳血管撮影の画像が添えられていて,微小解剖と神経放射線学とのリンクがたやすい。

 エキスパートにとってもその微小解剖の理解が難しいとされる頚動脈眼動脈三角部(carotid-ophthalmic triangle)の章ではparaclinoid周囲の組織や位置関係が美しい図譜とともに見事に記述されていて,バリエーションの記載も脳血管内治療医にも有益な情報がコンパクトにまとめられている。椎骨脳底動脈分岐部の穿通枝についても詳細な観察所見がシンプルなモノクロの図譜で示されていて,同部の解離性脳動脈瘤に対する治療戦略の指針となる。

 欲を言えば各章で関連文献のreferenceがあればさらに充実した臨床解剖書となったであろう。第10章の静脈系の解剖については神経内視鏡医にとっては必要にして十分な内容であるものの,硬膜動静脈瘻などを扱う脳血管内治療医には多少物足りないと感じるかもしれない。この点については詳細版の登場に期待したい。

 しかし“Anatomy, Descriptive and Surgical”を具現化したとも言える本書は,開頭手術,カテーテル治療,神経内視鏡,神経放射線...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook