医学界新聞

対談・座談会

2018.09.17



【対談】

心不全緩和ケア実現に向けて越えるべき壁は?

水野 篤氏(聖路加国際病院循環器内科)
柏木 秀行氏(飯塚病院緩和ケア科部長)


 緩和ケアの対象はがん患者に限定されるものではない。日本では2017年に改訂された急性・慢性心不全診療ガイドライン1)に心不全患者への緩和ケアの必要性が明記され,2018年度診療報酬改定では末期心不全患者が緩和ケア診療加算の対象に追加された。心不全診療を行う循環器内科医と,緩和ケアの専門家である緩和ケア医はどのように協働すべきか。

 本紙では,循環器内科医・緩和ケア医を対象に教育の場を提供し,心不全緩和ケアを啓発する緩和ケア医の柏木氏,循環器内科医の水野氏の対談を企画。領域を超えた協働に向け,循環器内科・緩和ケア科における認識共有の重要性と方策が語られた。


柏木 「がんだけでなく,非がん疾患にも緩和ケアを」と言われて久しく,命にかかわる全疾患に緩和ケアを提供するとの理念は一定の理解を得てきました。ガイドラインや診療報酬では心不全緩和ケアの重要性が示されています。水野先生は循環器疾患への緩和ケアを推進すべく,循環器疾患患者に対する終末期緩和ケアの質評価と教育プログラムの構築に関するAMED研究に取り組んでいますね。

水野 いかにして人生を終えるかへの社会的関心の高まり,高齢化による心不全患者の増加,診療報酬の設定と,循環器診療を取り巻く環境は変化の真っただ中です。研究と並行して循環器内科医としてどう緩和ケアを提供すべきか勉強しています。

 循環器内科医への啓発に課題を感じていたところ,緩和ケア医の柏木先生も非がん疾患の緩和ケア,特に心不全緩和ケアの普及に問題意識を持っていると知りました。循環器内科医が緩和ケアの基本を学べる場を九州で提供する柏木先生たちに刺激を受け,関東でも多くの仲間と共に勉強する機会を設けるよう努力しています。

柏木 当院緩和ケア科は,「病気になっても過ごしたい場所で過ごせる地域作り」をミッションに活動してきました。がん緩和ケアの仕組み作りを進めながらも,いずれは非がん疾患にも十分な緩和ケアを提供したいとの思いがありました。診療報酬が算定できるようになった今こそ,循環器内科医との協働を深めたいと考えています。

「緩和ケア」の意味するところは?

柏木 しかし,全医療者による基本的緩和ケアの提供という建前と実態には隔たりを感じます。臨床現場では循環器内科医から,「緩和ケアは専門外だからわからない」,「緩和ケアを学ぶ前に自身の専門領域に注力すべき」との声もあるのが現状です。「循環器領域に緩和ケアは求められていないのでは?」と思うことさえありました。

水野 確かに,緩和ケア医からはそう見えるかもしれません。

 多くの循環器内科医にとって,緩和ケアは身近ではありませんでした。がんの診療機会の少ない循環器内科医には,実際に診療として行っていたとしても,緩和ケアは言葉としてやや距離を感じる用語でもあります。何をどう診療に取り入れればよいか,具体的行為に落とし込むのは難しいです。イメージできないために緩和ケアに壁を感じる先生もいると思います。

柏木 そうですね。呼吸困難感等の緩和を目的とする対症療法も緩和ケアの一つですが,主治医は緩和ケアと認識していない場合が多いです。

 緩和ケアは身体的,精神的苦痛や社会生活の不安を緩和し,QOL向上につながる治療全般を指します。緩和ケア医が行うべき専門的な介入もありますが,医師全員が実践すべきものまで幅広く緩和ケアと考えるべきでしょう。

水野 そうなると,緩和ケアと医療そのものの区別がつかなくなるので,本当に難しいですね。逆に,「緩和ケアを提供できている」と思っていても,緩和ケアの専門家から見たらできていない事例もありますか?

柏木 「看取るのが緩和ケア」と考えて不十分な実践になっている事例もありますね。患者の話を親身に聞き,看取ることはできても,自宅で過ごしたいといった療養の場に関する支援が不足していた症例もありました。

水野 やはり,認識にぶれがある原因には,緩和ケア科とその他の診療科で「緩和ケア」という言葉の解釈に違いがあるからと再認識します。

 心不全緩和ケアの浸透には用語の整理,つまり,循環器内科医と緩和ケア医が提供すべき緩和ケアの内容を理解する必要がありそうですね。領域を越えた協働に当たって,「緩和ケア」という言葉を共通言語にするところがスタートと考えます。

基本的緩和ケアと専門的緩和ケアの役割分担

水野 こうした背景のもと,具体的に「どう緩和ケアを実践するか」を考えさせてください。循環器内科だけで心不全患者全員の緩和ケアを実践,完結するのは難しいとはいえ,全患者を緩和ケア科に紹介するのも非現実的ですよね。循環器内科医と緩和ケア医で役割分担せざるを得ないと考えています。

柏木 緩和ケアは全医療者が提供すべき「基本的緩和ケア」,緩和ケア医のような一定以上の経験を有する緩和ケア提供者が行う「専門的緩和ケア」に分類されます。心不全緩和ケアでは,全ての患者への基本的緩和ケアを循環器内科医が,対処が難しい症例への専門的緩和ケアを緩和ケアチームが担う体制構築が必要です()。

 心不全における基本的緩和ケアと専門的緩和ケア

水野 数が多い心不全患者全員に基本的緩和ケアを提供するには,多くの循環器内科医が緩和ケアに前向きに取り組まなければなりません。全ての心不全患者のうち,循環器内科医が担う割合はどれくらいと分析していますか。

柏木 90%は循環器内科医が提供する基本的緩和ケアでカバーできると考えています。調査によりますが,緩和ケアチームの介入を要する人は全患者の10%程度とのデータもありますので。

水野 ほとんどの症例は循環器内科医による基本的緩和ケアで対処し,難しい10%は緩和ケア医に紹介するということですね。

柏木 そうです。専門的緩和ケアでは,慣れたスタッフを要する治療やスピリチュアル・ペインの強い患者への対応が主です。他には複雑性が高い事例ですね。医学的な困難さだけでなく,家族関係や社会的要素が状況を複雑にしている場合も,無理せず緩和ケア医に紹介してください。

水野 いいですね。まとまってきました。では,循環器内科医が担う基本的緩和ケアはどんな内容でしょう。

柏木 スキルとして必要なのは,①ガイドラインなどに沿う基本的な身体的苦痛症状の緩和,②支持的なコミュニケーションによるメンタルケア,③Advance Care Planning(ACP),①~③にかかわる④意思決定支援の4つだと思います。また,緩和ケアニーズに気付き,適切に緩和ケア専門家にコンサルトする役割があります。

 病期によって重点的に提供すべき内容が変遷するのが難しいところです。③ACPの例では,罹患前とほぼ同じ生活が送れる心不全初期は,患者・家族とも療養の場を意識することはなく,医療者による支援も遅れがちです。進行して自宅療養の可否が現実問題となって初めて話し合う光景をよく目にします。話し合いのタイミングはそれぞれですが,潜在的に支援を必要としているのに,医療者側のスキル不足で気付かれない状況は避けたいものです。

水野 ①~④の理解に加えて,タイミングという軸も重要なのですね。

 ②の支持的コミュニケーションにつながると思いますが,基本的緩和ケアの提供で,医学的根拠と患者さんの意向が異なる場合にどう判断すべきでしょうか。例えば一時期話題になったのは,終末期患者に院内での喫煙を認めるかどうか。いち循環器内科医としては認め難いものもあります。しかし,緩和ケア領域では患者の意向を重視するとの話がありましたよね。

柏木 悩ましい問題です。当院は禁煙ですが,患者の意向は緩和ケアを提供する上で欠かせないものです。

水野 「患者の意向=患者に何でも好きにさせる」という考えは緩和ケアではないと思うのですが,そこで,基本的緩和ケアにおいて何をもって達成と考えるのか,目安はありますか。

柏木 私見ですが,「患者・家族・医療者の全員が,極端な不満は抱いていない状態」を最低水準と考えています。基本的緩和ケアの多くは,関係者間における納得感の構築プロセスですから。

 「どうしたらよいかわからない」というモヤモヤ感を基準に情報収集を進めるのがお勧めの方法です。私なりの工夫は,臨床倫理4分割法(医学的適応,患者の意向,QOL,周囲の状況)の各領域を,把握・対処できている程度により,0~100点で定量化すること。経験の浅い学習者を指導する機会が多かったので,複雑な状況をシンプルに,定量的にとらえる方法を試しています。

 大事なのは限られた領域で100点を取ることよりも,0点の領域を残さないことです。医師は医学的適応を中心に考えがちですが,1か所で100点をめざすのではなく,合計点を高める支援を心掛けてもらいたいです。

水野 臨床倫理4分割法の点数が低そうなところを探せば,基本的緩和ケアの底上げになりそうですね。緩和ケア提供時だけでなく,診療全体で心掛けることで循環器診療そのものの納得感,ひいては医療の質向上につながるように感じます。

心不全だからこその難しさとは

水野 診療報酬が改定されてから,循環器診療は変わりつつあります。当院では循環器内科医と緩和ケア医が話す機会が増え,意思決定支援に看護師が介入するようになりました。

 しかし,本気でやればやるほど,特に意思決定支援は負担が大きいのが実感です。多職種が介入することでかえって意思決定が難しくなる事例もあって悩んでいます。

柏木 多職種で情報を集めることに意味がありそうですが,どのような問題があるのですか。

水野 確かに情報収集は役立ちます。しかし,循環器疾患は治療経過に不確実性が大きいため,診療は医師が方向性を示し,患者の了解を得ながら進むことが多いです。そこに関係者が増えると,「Aも大事,Bも大事……」と議論が拡散しがちになります。循環器診療は意思決定と治療方針決定の重なりが大きいためか,多職種が介入しても,結局は医師が最終決定を下すような構図になってしまっています。

柏木 情報収集だけでなく,意思決定の過程も他職種と責任を分け合えたほうがよいですね。意思決定には医療者間での決定と,患者さんとのshared decision makingの2段階があります。その中での役割分担の議論が必要でしょう。緩和ケア領域では,情報の伝達と感情への配慮に看護師と連携しながら取り組んでいます。

 残された時間が短い患者に対して緩和ケア医が活用するコミュニケーションスキル「共感的パターナリズム」も応用できるかもしれません。疾患の情報とともに,医師がプロフェッショナルとして最もお薦めの選択肢を提示する手法で,医師自身も選択に悩む感情を開示すると効果的です。このようなコミュニケーションスキルを理解し,活用することで,患者・家族だけでなく,医師の心的負担軽減にもつながります。

水野 行動経済学のリバタリアン・パターナリズムと似た視点のような気がします。ところで,緩和ケア医にとっても心不全緩和ケアは難しいと言われますよね。

柏木 亡くなるまでの経過がわかりやすいがんと違って,心不全は増悪と寛解を繰り返し,予後予測が難しいためです。これまで緩和ケアを支えてきた人材は,経過に波がある非がん疾患への介入方法に戸惑います。

水野 心不全の疾患経過は高齢者診療の典型です。また,不確実な予後を患者・家族が理解できるかというと個人的には不安がありますね。

柏木 さらに,非がん疾患の緩和ケアは,提供体制の構築が急務です。人数不足が最大の問題で,全国に緩和ケア専門医は200人,認定医は300人程度です。大部分は数百のがん診療連携拠点病院に分散し,1~2人で緩和ケア科を担っている状況で,心不全緩和ケアに割ける人的資源が不足しています。

 化学療法などを行っていない終末期のがん緩和ケアと違って,心不全は治療そのものが症状緩和の要素を持つため,緩和ケア医に循環器診療の知識が少ない点も課題です。専門性の高い診療を緩和ケア医がどれほど理解できるか,心不全緩和ケアの提供に向け,緩和ケア医にも努力が求められるでしょう。

循環器内科医と緩和ケア医が話す場を作る

水野 これまでの話をまとめると,心不全緩和ケアの推進には,循環器内科医と緩和ケア医が互いに現状・課題を共有しなくてはなりません。その上で,心不全患者全員に十分な緩和ケアを提供するという理想に向かって学び,役割を果たす必要があります。

柏木 学習方略をどう考えますか。

水野 単純ながら重要だと思うのは,「同じ場で一緒に話すこと」です。心不全緩和ケアを進めるには,緩和ケアという言葉を共通言語,領域を越えた「暗黙知」にしなくてはなりません。

 最近,SNSを始めて気付いたのは,他人の投稿を見ていると,面白さが暗黙知としてわかってくるんですよ。だんだん立ち回りがわかるようになる。

 同様に,循環器内科医と緩和ケア医が暗黙知を共有するには,同じ場で話し合うプロセスが欠かせないと思います。柏木先生は「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」を提供していますし,現在進行中の,心不全に特化した基本的緩和ケアトレーニングコースHEPTのプログラムも暗黙知の共有の土台を作るのに非常に役立つと考えます。

柏木 深論プロジェクトは,がんをほとんど診ない循環器内科医と緩和ケア医の橋渡しになりたいと2016年に開始しました。飯塚病院緩和ケア科と,久留米大の柴田龍宏先生,九大の岸拓弥先生といった循環器診療医をコアメンバーとした症例検討会です。現在までに4回行い,循環器内科医と緩和ケア医を中心に500人を超える参加者を集めています。

水野 HEPTは緩和ケア教育プログラムPEACEプロジェクトを修了した循環器内科医が対象の実践的な研修ですよね。新しい教育プログラムを通じて,新しい文化ができていくと感じます。

柏木 循環器内科医向けのプログラムの他,緩和ケア医はSHAREというコミュニケーションスキルをワークショップで学びます。SHAREはがん診療を行う医師が受講対象ですが,心不全に応用できる要素もあるでしょう。参考書なども活用してもらいたいですね。

水野 循環器内科医が基本的緩和ケアを提供し,専門的緩和ケアを提供する緩和ケア医と協働すべき時代はすでに来ています。その土台は基本的緩和ケアの正しい理解と,緩和ケア医との話し合いです。緩和ケア医の一言一句を理解し,自身の診療に反映させる気概でいこうと再認識しました。

柏木 基本的緩和ケアを学ぶ場の提供が重要課題です。他科の医師との交流をきっかけに,「緩和ケア」を他科との共通言語にしていく。緩和ケア医には,一人の医師として緩和ケアを提供するだけでなく,さらなる成果を出すために,他科の医師へ緩和ケアのすそ野を広げる努力が求められます。

(了)

参考文献
1)日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン.急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版).2018.


みずの・あつし氏
2005年京大医学部卒。同年より,神戸市立中央市民病院(現・神戸市立医療センター中央市民病院)にて初期研修。07年聖路加国際病院内科専門研修内科チーフレジデント,09年同院循環器内科,15年より同院QIセンター・循環器内科/聖路加国際大看護学部急性期看護学臨床准教授。

かしわぎ・ひでゆき氏
2007年筑波大医学専門学群卒。飯塚病院にて初期研修。同院総合診療科を経て,同院の緩和ケア科立ち上げにかかわる。16年より現職。研修医教育,診療,部門の運営に携わる。17年,日本緩和医療学会理事に就任。九州を活動拠点に心不全緩和ケアを啓発中。

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