日本での周麻酔期看護師養成に向けて(赤瀬智子,他谷真遵,大山亜希子)
寄稿
2018.08.27
【寄稿】
日本での周麻酔期看護師養成に向けて
赤瀬 智子(横浜市立大学大学院医学研究科周麻酔期看護学分野教授)
他谷 真遵(横浜市立大学大学院博士課程)
大山 亜希子(横浜市立大学附属病院周麻酔期看護師)
近年,患者の高齢化や病態の複雑化により手術件数が増加している。手術以外にも術前の説明,検査や処置の鎮痛鎮静管理等の広範囲(周麻酔期)で患者さんへの手術や麻酔管理における安全と充実が求められている。そこで日本では,2010年に聖路加国際大学が大学院修士課程として周麻酔期看護師養成講座を開設し,続いて2016年4月,本学大学院にも開講した。現在,5大学の大学院が周麻酔期看護師教育課程を持ち,2018年7月までに17人が修了している。
周麻酔期の患者管理にて,CareとCureを統合する
周麻酔期看護師とは,周麻酔期におけるCareとCureを統合した看護実践,教育,相談,調整,研究,倫理に関する看護実践能力を持つ者であり,周麻酔期の包括的な患者管理の充実および患者のQOL向上のために,麻酔管理を安全に実践できる看護師である1)。
米国では,麻酔看護師(Certified Registered Nurse Anesthetist;CRNA)が,1860年代から麻酔管理を行ってきた長い歴史があり,その教育,役割は標準化されている2)。しかし,日本には周麻酔期看護師に関する制度はない。社会的な必要性に応じて,日本の専門看護師(Certified Nurse Specialist;CNS)の教育課程を基準に,専門性獲得のために麻酔の知識・技術に特化した講義・演習・実習プログラムを各大学院が独自に実施し,各病院内認定でその職能を果たしている。
到達目標はCNS教育と麻酔科後期研修3か月修了程度
本学大学院では,医学系研究科看護学専攻,病院麻酔科,病院看護部,手術室が連携し,科学的かつ実践的なアプローチにより根拠と実践を結び付ける,CareとCureを融合した新しい周麻酔期看護教育プログラムを実施している。麻酔による全身の生体反応へ迅速に対応できるよう,科学的および包括的に麻酔管理を実施できるアドバンストな周麻酔期看護師の育成をめざしている。
周麻酔期看護学分野修了時の到達目標は,「Care」としてはCNSの教育課程の単位を修得,修士号の学位を取得し,実践,教育,相談,調整,研究,倫理に関する実践能力と周麻酔期の包括的な管理が理解できることとした。「Cure」としての麻酔管理の知識・技術(医学の講義・実習)の到達目標は,麻酔科医教育ガイドライン3)に基づき,麻酔科後期研修医1年目の3か月修了程度に設定した。具体的には,①ASA-PS(米国麻酔科学会の全身状態分類)1~2の手術麻酔管理が麻酔科医の指示下でできる,②ASA-PS 3以上の場合は麻酔科医の補助ができる,③麻酔科外来にて術前予診ができる,④術後の疼痛コントロールができるの4つである。麻酔管理技術の到達目標については表の通りである。
表 麻酔管理技術の到達目標 |
麻酔管理の知識・技術の講義は看護学専攻教員と医師が,研究は看護学専攻教員が担当する。実習は周麻酔期看護師と麻酔科医で担当し,症例検討は看護学専攻教員と周麻酔期看護師の体制で実施している。CareとCureを融合するために,看護師の視点で包括的に麻酔管理をとらえ,麻酔看護を構築することを重視している。
日本の周麻酔期看護師と米国CRNAの共通点と相違点
日本の周麻酔期看護学はまだ創成期にある。そのような中,2018年3月13~16日,米国カリフォルニア州Samuel Merritt大准教授でCRNAのJoseph Janakes氏と,大学院生のEmily Francke氏が来日し,本学大学院医学研究科看護学専攻の教員および大学院生,附属病院の周麻酔期看護師による交流会を実施した。周麻酔期看護師の教育や病院における麻酔看護実践・周麻酔期看護師の役割等について両大学間でレクチャーし合いながら意見交換を行った。日米の共通点・相違点とともに,意見交換の内容を紹介する。
◆麻酔管理における看護師の役割
医師の役割は病気の診断,治療であり,看護師の役割は患者の置かれた状況を正確に判断し,患者の恒常性を維持することである。例えば,周麻酔期看護師は高血圧の治療は行わないが,手術中の血圧上昇症状に対しては医師の指示の下,適切な血圧に維持する。また,術後の強い疼痛や嘔気による苦痛を患者が示した場合には,患者の状態が正常ではないと判断し,症状に対応した与薬や処置などのケアを行う。事前に取り決められた範囲から症状が逸脱した場合は医師が治療を行う。
このように患者の状況を正確に理解し,身体の恒常性維持に対するケアを行っていくためには,解剖学,生理学,薬理学など,基礎医学の科目の理解が必須である。日米で医療制度は違うが,米国のCRNAにも日本の周麻酔期看護師にも同様の役割がある。つまり,医師の視点で患者を診て,医学を施すのではなく,看護師として,恒常性の維持の観点から患者を看るのである。
◆周麻酔期看護師の教育
米国のCRNA教育は,麻酔看護師教育プログラム認定審議会により標準化され,各州で共通に実施されている。CRNAは高度実践看護師として中核的な3つの共通科目(フィジカルアセスメント,病態生理学,臨床薬理学)を履修し,社会におけるニーズを知りアドバンストに活動していくために看護理論,医療政策,看護研究を学習し,専門科目として麻酔科学を深めている。
シミュレーション教育では,麻酔関連のシナリオの他,小児や心疾患などの緊急的,特殊な症例に対応する100程度のシナリオを含めてシミュレーションを実施し,現場で問題点を解決できる思考を教育している。このトレーニングにより,臨地実習前に自信をつけているという。米国の臨地実習では,例えばカリフォルニア州のCRNAの活動は,過疎地から大都市まで,小児から超高齢者までの麻酔を対象としている。そのため,大学院での臨地実習はそれらを含む700~1000症例を実施する。経験症例数がCRNAの能力と考えられているため,州内の複数の病院を回って知識と技術を鍛えている。
一方,日本は表に示した麻酔管理の技術を事前にシミュレーション教育で確認後,臨地実習にて麻酔科医と周麻酔期看護師の直接的指導の下,評価と共に教育を実施する。つまり,on the jobにおける教育の割合が大きい。現在,本学では,2年間で2単位60時間での基本的なシミュレーション教育と16単位720時間の実習で約150件の症例検討を実施している。シミュレーション教育のシナリオは年齢別および,高血圧や動脈硬化等の基礎疾患を持つ場合,高度肥満の場合等に限られているため,今後は気管支喘息や腎障害,糖尿病等の頻繁に遭遇する疾患を増やす必要がある。また,緊急対応が必要な場合を想定するという改善も必要である。例えば,換気や挿管困難,術中の大出血,アナフィラキシーショック等の危機的状況からの回復に関するシミュレーション教育である。
◆周麻酔期看護師の独自性
日本では手術件数の増加や,地域によっては麻酔科医が少ない状況で麻酔管理が実施されている現状から,麻酔管理をトレーニングした周麻酔期看護師が麻酔科医と協働する必要性が出てきている。日本でも,麻酔科医と協働し,安全な麻酔を提供することは周麻酔期看護師の独自性である。社会のニーズ,患者のニーズに応えることが看護の視点であり,手術を受ける患者にとって安全な麻酔,安全な手術を提供することこそが,患者のニーズである点は日米で同じである。
周麻酔期看護師の今後の発展に向けて
日本での周麻酔期看護師の育成,活動は始まったばかりである。今後は,養成組織や役割の確立,教育の基準化と標準化が必要である。日本の医療は多職種連携が円滑に行われ,チームワークが良いことが強みであり,時に専門職が分立しがちな米国より充実している面もあるだろう。
周麻酔期は,麻酔科医と周麻酔期看護師との協力関係が重要で,強い信頼関係のもと,患者の安全性,麻酔の効率性,そして患者の満足度を得ていくべきである。教育においても,医師と看護師の協力体制のもと,十分な教育を得られる環境を整備し,CareとCureを融合した包括的な麻酔看護の教育を構築していく必要がある。
参考文献
1)赤瀬智子,他.大学院における周麻酔期看護師育成のための教育課程の教育内容および設立経緯の報告.横浜看護学雑誌.2018;11(1):36-41.
2)Ann B. Hamric, et al. Advanced Practice Nursing:An Integrative Approach. 4th ed. Saunders;2008.
3)日本麻酔科学会.教育ガイドライン改訂第3版.2015.
あかせ・ともこ氏
薬剤師免許・看護師免許を取得後,病院勤務と複数の大学・大学院を経て,2012年より現職。看護分野で薬理学教育・研究に従事。16年に横市大大学院に周麻酔期看護学分野を設立した。薬学博士。
たや・まさゆき氏
横市大市民総合医療センターICU,HCU,呼吸器内科/外科病棟で9年間看護師として勤務。現在,同大大学院周麻酔期看護学分野博士前期課程2年生。周麻酔期看護学教育の研究に従事。
おおやま・あきこ氏
横市大看護学科卒業後,同大病院にて5年間手術室看護師として勤務。同大大学院周麻酔期看護学分野を修了し,同大病院にて周麻酔期看護師として活躍。
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