ラーニングピラミッドの誤謬(土屋耕治)
寄稿
2018.07.09
【視点】
ラーニングピラミッドの誤謬
土屋 耕治(南山大学人文学部心理人間学科 講師)
本稿では,ラーニングピラミッドと呼ばれるモデルの誤りを指摘したいと思います。ラーニングピラミッドとは,講義を聞いたり文献を読んだりする学習方略は定着率が低い一方,他者に教えるという方略は定着率が高いという調査結果を示した図ですが,出自を調べると全くのデタラメであることがわかります。
ラーニングピラミッドは,「National Training Laboratoriesというアメリカの機関が調査し,明らかになった学習定着率に関するモデルである」と紹介されたり,場合によっては,Edgar Daleという研究者が著作の中で提示したモデルである,と紹介されたりすることがあります。
ピラミッド状のモデルの上から,方略と「平均学習定着率」が,講義:5%,読書:10%,視聴覚:20%,デモンストレーション:30%,グループ討論:50%,自ら体験する:75%,人に教える:90%と紹介されています。
しかし,「このモデルはなんか怪しい」という声はかねてあり,私もその出自を調べ直したところ,このモデルの数値も階層の順序も,何か実証的根拠のあるものではないことがわかりました。近年欧米でも,このモデルは「崩壊した三角錐(“Corrupted Cone”)」と呼ばれ,学術雑誌で特集号が組まれた上,激しく糾弾されています。詳しくは,「ラーニングピラミッドの誤謬――モデルの変遷と“神話”の終焉へ向けて」という論文に書きましたのでご覧ください1)。
簡単に説明すると,別々の文脈で用いられていた図や数値がどこかで組み合わされ,階層の内容も順序も変化し,それがあたかも何かの調査に基づくかのように用いられていった,というのがラーニングピラミッドの真相のようです。
具体的には,①学習方略に関していくつかの枠組みに分けられるDaleによる分類〔言語的象徴,視覚的象徴,ラジオ・録音盤・写真等,映画,展示,実地見学,演示(デモンストレーション),演劇的参加,ヒナガタ経験,直接的・目的的経験〕と,②モンテッソーリ法と言われる,感覚刺激や自主性を重んじる初等教育を紹介する文脈で用いられた箴言のようなものの2つがどこかで組み合わされて,数値付きのラーニングピラミッドの原型が出来上がったと考えられます。なお,その箴言とは,1913年の記事にあった「私たちは10聞いたうち2しか覚えない。私たちは10見たうち5を覚え,10触ったうち7を覚え,10行なったうち9を覚える」という言葉を指します。
このモデルには,使用に伴う悪影響も考えられます。文脈や内容に関する情報がないことから,「教える」という方略が使用者の都合のよいように解釈されて用いられ,「教えることがよい」ということが過度に強調されているため(全く根拠がないのですが),不当に講義の時間が減らされる,あるいは学生がこのモデルを信じてしまうと講義や読書を通して学ぶモチベーションが減る(効果がないだろうと考えてしまう)などの影響です。
教育や学習という営みは,さまざまな要因が絡み合って成立していくものであり,その過程の改善には地道な工夫と取り組みが必要です。一見妥当に見えるラーニングピラミッドの使用は,そうした地道な工夫と取り組みを損ずる危険があるということからも,使用は控えたほうがよいと言えるでしょう。
◆参考文献・URL
1)土屋耕治.ラーニングピラミッドの誤謬――モデルの変遷と“神話”の終焉へ向けて.人間関係研究.2018;17:55-74.
つちや・こうじ氏
2006年名大教育学部卒,11年3月同大大学院教育発達科学研究科博士後期課程単位取得退学。同年4月より現職。専門は社会心理学,体験学習,組織開発。
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