臨床研究の本質を知るのはけっこう楽しい(植田真一郎,新谷歩,香坂俊)
対談・座談会
2018.07.02
【座談会】臨床研究の本質を知るのはけっこう楽しい |
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植田 真一郎氏(琉球大学大学院医学研究科臨床薬理学講座教授)
新谷 歩氏(大阪市立大学大学院医学研究科医療統計学教室教授) 香坂 俊氏(慶應義塾大学医学部循環器内科専任講師)=司会 |
最初のランダム化比較試験(RCT)が報告されて今年で70年。質の高いエビデンスの創出に今や欠かせないRCTだが,その結果を適切に解釈し診療に活かすのは容易ではない。完璧なRCTを行うことは難しく,研究デザインや結果の解釈に問題のある論文も多いからだ。
エビデンスを適切に使い,新たに生み出すためにはどんな心掛けが必要か。臨床研究のエキスパートである植田氏,新谷氏,香坂氏の3氏が,その本質を探った。
大切なのは現場目線のクエスチョン
香坂 臨床研究の考え方がわかると,エビデンスを多面的,能動的にとらえられるようになります。私はこのことを米国での現場研修で実感しました。
米国の標準治療を学びたいと思って留学したので,もともとは研究より診療に興味がありました。しかし,米国の臨床現場では「なぜこの治療をするのか」「本当に正しいのか」という議論が要求され,エビデンスを受け身で使うという姿勢は通用しません。これに刺激を受けて臨床研究を前向きに学び始めると,日々の診療と臨床研究が有機的につながるようになりました。
新谷 エビデンスをクリティカルに見て,自分でもつくっていこうとする姿勢に変わったのですね。私は米国で10年以上,臨床医に医療統計を教えてきて,香坂先生と同じような経験をする若い医師を数多く見てきました。もともと素晴らしい熱意を持って日々患者さんに向き合ってきた若者が,医療統計や臨床研究を学んで,さらに前のめりになっていく。そして,翼が生えたようにのびのびと臨床研究をし,頼もしい科学者となって巣立っていく。そうした姿に,私も大きな喜びを感じました。
植田 日本の若い先生たちには,現場目線のクエスチョンを大切にした研究に取り組んでほしいです。近年は新薬開発のための企業主導の臨床試験が盛んに行われ,さすがに豊富な資金で十分に整備された研究基盤があるので,患者の追跡も十分に行え,エラーや明らかなバイアスの少ない結果が得られやすいと思います。その反面,臨床研究が現場の目線とは少し離れてきているのではないかと懸念しています。
私たち医師が研究を行う上で研究デザインやデータ管理,解析はもちろん重要ですが,それ以上に,臨床にはどんな課題があり,その課題に対して「私たちは何ができるのか」を考え,それを研究で解決しようとする姿勢が大切だと思うのです。
新谷 最近はクエスチョンではなくデータありきで,重回帰分析に手当たり次第因子を放り込んで出た有意差をもとに,「この疾患にはこういうリスク因子があるとわかった」と報告する研究をよく目にします。臨床医の先生にはこのような後付けの研究でなく,ベッドサイドを熟知しているからこそできる,こういう治療法が良いのではないかという現場ならではの「隠しレシピ」をクエスチョンにし,エビデンスにつなげてほしいです。
香坂 米国研修先では「お前は何をしたい?」「お前はどう考える?」といつも意見を強く毎回求められる環境だったので,研究でクエスチョンを出すことのハードルは高くありませんでした。一方,日本では与えられた材料をうまく使う方法を学ぶことを目的とした教育が多く,クエスチョンを出すのに慣れていないように思います。
植田 臨床研究のトレーニングとは,単に研究デザインや解析手法を学ぶことではありません。現場目線のクエスチョンを出し,いかに研究の形に落とし込むかというプロセスを身につけることなのです。教育する上ではそういった意識が必要だと思います。
バントでつないで1点を取るような研究者人生を
香坂 植田先生は著書『論文を正しく読むのはけっこう難しい――診療に活かせる解釈のキホンとピットフォール』1)の中で,RCTを頂点とする「エビデンスのピラミッド」について批判的に書かれていますね。
植田 はい。症例対照研究やコホート研究といった観察研究よりもRCTのほうが信頼できるエビデンスだというのはよく聞く話です。しかし,RCTと観察研究にはそれぞれの役割があり,研究デザイン自体に優劣があるわけではありません。
例えば図1は新薬が治療として患者に届くまでの過程で行われるさまざまな臨床研究の意義を示したものです。治験として行われるRCTは新薬の効能(Efficacy)を安全かつ厳密に評価するための方法です。注意すべきは,選択基準や除外基準をクリアした患者だけが試験の対象になっているということです。安全に投与できそうな人だけを選んだ実験的なものであるため,結果を一般化することはできません。そこで必要とされるのが,“緩い”条件で効果(Effectiveness)を検証する,より現実的なRCTや,承認後に広い範囲の患者を対象にして行われる観察研究なのです。
図1 それぞれの研究の役割(文献1) |
効能を評価する治験などのRCTの後,より現実的なRCTや観察研究が新しい治療を患者に届けるためには必要である。 |
香坂 観察研究では比較群の背景を無作為化によりそろえられないので,それによって起こる交絡に注意する必要はありますが,恣意性のない集団を対象にするという利点が確かにありますよね。各デザインの利点,欠点を理解し,研究の目的や実現可能性に応じた落としどころを見つけることは,どんな研究をやるにしても重要なことかと思います。
新谷 確かにRCT偏重の傾向は感じます。さらに私が問題だと思うのは「介入研究だったら良い」みたいな考えがあるところです。米国に比べ日本では比較群のない単群の介入試験が非常に多いのです。何と比較するのかというと,ヒストリカルコントロールと呼ばれる過去の研究で得られた単なる数字との比較であったり。私たち統計家から見ると,同一研究内できちんと得られたコントロール群なしの研究は疫学研究とは呼ばず,意味のある結果を出せることはほとんどないと思うのですが……。
米国では議論の俎上(そじょう)に載ることすらない,この手の研究がなぜ行われるのか。理由は,症例数計算上は単群介入試験が一番少ない症例数で済むからです。なぜかというと,単群で得られた割合を既知の値と比較する例数設計では既知の値の誤差が考慮されておらず,その結果,症例数が誤って小さく見積もられてしまいます。誤差がないということは,ヒストリカルコントロールとして使われる数字は無限大の症例数から計算されていなければ正しいとは言えません。
香坂 「とにかくRCT,介入研究を」という風潮で,臨床研究の本質が見失われている気がしますね。少ない症例数の場合,新谷先生ならどういう研究を組みますか。
新谷 統計的有意差をめざさずにフィージビリティ(実現可能性)を見るためのRCTを組みます。すぐには明確な結果が出なくても,とりあえず単施設で行ったとしても,無作為化されたコントロールのデータがあるので,次の研究を計画するのに役立つからです。何とか統計的有意差を出すために科学性のないデザインを考えるのではなく,統計的有意差まではめざせなくともその研究を今後どう発展させたいのかという出口戦略を立てることが重要です。
植田 非常に大事な視点だと思います。まずはきちんとした観察研究で「こういう介入のしどころがあるな」と考える。次に小規模なRCTでフィージビリティを見ていけば研究費も探せるかもしれない。少しずつ積み重ねていく考え方が大切です。
香坂 米国の研修の場では積み重ねるという研究態度が身につきます。私が研修を受けた環境も,まずは小さな研究でいいから「来月からやってみよう」とする土壌がありました。その上で段階を踏んで,その都度軌道修正をしながら何年もかけてエビデンスを積み重ねていくのです。医師としては目先の研究成果にとらわれるより,「人生をかけて何ができるか」を考えて地道に取り組むことが重要ではないでしょうか。
新谷 論文指導の際に私がよく言うのは,「ホームラン狙いで大振りするより,まずはバントでランナーを進めましょう」ということです。いきなりRCTを組んで失敗するより,地味な手法でもいいから研究を前進させたほうがいい。ランナー2塁の場面からバントと犠牲フライで1点取れれば,犠打2本(論文2本)が記録されるわけです。
サブグループ解析の目的は一貫性の証明
香坂 ここからは,臨床研究をする上で注意すべきピットフォールを3つ,具体的に見ていきたいと思います。まずは「サブグループ解析」です。「患者集団全体ではなく,年齢や性別などある特定の患者の結果を抽出して解析する」ことです。全体の解析でもサブグループ解析でも同じ結果が得られた場合は良いのですが,問題は結果が異なる場合の解釈ですよね。
新谷 注意すべきは,サブグループ解析では解析対象の症例数が少なくなるため,十分な検出力を得られない場合があるということです。したがって,本来は効果があるにもかかわらず,統計的には有意差なしとの結果が出ることがあります(偽陰性)。これとは逆に,全体の解析では効果がなくても,さまざまなサブグループ解析を繰り返せば,偶然「効果あり...
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