必修復活と今後の小児科・産婦人科研修に求められるもの(鈴木康之,藤井知行)
寄稿
2018.06.11
【寄稿】
Perspective
必修復活と今後の小児科・産婦人科研修に求められるもの
2010年度の研修プログラム弾力化以降は選択必修となっていた外科・小児科・産婦人科・精神科研修が,2020年度臨床研修から再び必修化される。10年ぶりの研修再開となるプログラムもある中で,施設・指導医側はどのような準備が必要か。また研修医としてはどのような心構えで研修に臨めばよいのか。本紙では,小児科および産婦人科の立場からご寄稿いただいた。
子どもの特性と医療を理解する研修を
鈴木 康之(岐阜大学医学教育開発研究センター教授/日本小児科学会代議員)
2020年度の臨床研修から小児科が必修として復活する見通しとなった。臨床研修の基本理念(医師法第十六条の二第一項に規定する臨床研修に関する省令)は「一般的な診療において頻繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できるよう,基本的な診療能力を身に付ける」とうたわれており,小児科研修の必修復活は大いに歓迎すべきことである。
では小児科で学ぶべき基本的な診療能力とは何だろう? 子どもに高頻度にみられる急性疾患を診療できることは重要であるが,近年,小児科領域でも生活習慣病・心身症・虐待・障がい児医療などの慢性的・心理社会的問題の比重が高まっており,これらを経験し感性を磨くことが,臨床研修の基本理念である「将来専門とする分野にかかわらず,医学及び医療の果たすべき社会的役割」を担うことにつながると考えられる。
小児科研修の方略に関しては「新生児期から思春期までの各発達段階に応じた総合的な診療を行うために,幅広い小児科疾患に対する診療を行う病棟研修を含むこと」1)とされる。これは膨大な内容を含んでいるようにみえるが,大切なことは,毎日しっかりと子どもに接して,状態の変化や子どもの考えを読み取る力を身に付け,子ども・家族との信頼関係を作り,大人のミニチュアではない“子どもの特性”を学ぶことである。さまざまな年齢の子どもの成長・発達・コミュニケーションの特徴を理解し,家族関係・生活背景など心理社会的問題に配慮する習慣を身に付けてほしい。そして小児科の指導医がどのような考え方・姿勢で診療に当たっているかを観察したり質問したりして学び取ってほしい。
小児科は外科・産婦人科・精神科・地域医療と並び4週以上(8週以上の研修を行うことが望ましい)1)となる予定であるが,小児科特有のローカルルールに慣れるには時間が必要であり,4週間ではかなり的を絞った研修にならざるを得ない。日本小児科学会が実施したアンケートでは,「小児科の一員として有意義な研修を行うためには,少なくとも8週が望ましい」と多くの小児科指導責任医が考えている。疾患の季節性もあるので4週×2回のローテーションも効果的であろう。
専門研修への接続については,「小児科専門医・総合診療専門医をめざす研修医は少なくとも2~3か月の小児科研修を行うことが望ましい」との回答が多数を占めた。小児科学会では「初期臨床研修における小児科研修の目標――3か月を基本として」2)を2010年に策定して,子どもの特性,小児診療の特性,小児疾患の特性の3方面から具体的な目標を設定している。今後,2020年に向けて改訂は必要であろうが,臨床研修に臨む上で参考にしていただきたい。また小児科学会が定めた小児科医の役割(子どもの総合診療医,育児・健康支援者,子どもの代弁者,学識・研究者,コーディネーター)は小児科医に限らず医師共通の役割としても重要であり,臨床研修でぜひ意識してほしい。
一方,小児科が再必修化されることにより,負担増の不安を感じている指導医や,必修化を好まない研修医もいるだろう。指導医にとっては,研修医が小児科配属後速やかに医療チームに参加できるような準備教育,すなわち卒前での基本的診療技能の確実な教育,特に医療面接・身体診察・臨床推論・診療プラン策定・診療録記載などが大切である。また明確な役割と責任を研修医に与え,医療チームの一員として遇することも重要だろう。一方,さまざまなニーズを持つ研修医にとっては,全員一律の研修ではなく,本人の希望や将来の進路を踏まえて,重点的に取り組む研修内容を指導医と共にプランニングすることが大切であろう。
来る2020年度の臨床研修制度見直しによって,わが国の医師がより幅広い見識と能力を備えた医師として育ち,これからの医療・福祉を支えていくことを期待して稿を終えたい。
参考文献・URL
1)厚労省.医道審議会医師分科会医師臨床研修部会報告書――医師臨床研修制度の見直しについて(平成30年3月30日).2018.
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10803000-Iseikyoku-Ijika/0000200863.pdf
2)日本小児科学会.初期臨床研修における小児科研修の目標――3か月を基本として.日本小児科学会雑誌.2010;114(8):1298-1305.
全ての医師に必要な産婦人科研修を
藤井 知行(東京大学医学部産科婦人科学教室主任教授/日本産科婦人科学会理事長)
産婦人科学は,女性の生殖現象にかかわる臓器と機能の生理と病理を明らかにし,臨床への還元を志向する学問として,産科学として周産期医学を,婦人科学として生殖内分泌学・婦人科腫瘍学を扱ってきた。しかし,産婦人科学はその後大きく変貌を遂げ,現在は,前述の各領域を機軸としつつも,女性医学として,女性特有の生理・病理の基本的理解のもと,思春期から老年期までの女性の健康維持・増進,疾病の予防・治療などの諸問題を統合的・全人的に把握し,臨床への還元を志向する学問になっている。
わが国において,1990年代以降,世界経済のグローバリゼーションの中で,女性の社会進出とキャリア形成志向が顕著となり,それと並行して,女性の晩婚化,晩産化,少子化が進行した。また,女性の感じる社会的ストレスも増大し,相まって女性の健康,特に若い世代の健康が障害される結果となっている。晩婚・晩産化に伴って,子宮内膜症や子宮筋腫が増加し,月経困難症,性交痛,過多月経,貧血によりQOLの低下や妊孕能の低下がこうした世代でもたらされ,卵巣がんも増加している。また,初交年齢の若年化や喫煙女性の増加は子宮頸がん・前がん病変の増加,若年化につながり,子宮頸部円錐切除,子宮摘出術の増加から早産リスクの増大,妊孕能の喪失が招かれている。過剰なストレスやダイエットは月経不順や無月経の要因となり,妊孕能が低下し,子宮内膜増殖症や子宮体がんの増加という悪循環に陥っており,若い世代の女性のヘルスケアは喫緊の課題である。女性のほとんどが月経やホルモン状態に起因する諸症状に悩まされており,特に就労女性への影響は大きいのに,社会の理解は不十分と言わざるを得ない。また,女性の心血管,脳血管イベント,骨粗しょう症などの重大疾患は閉経や妊娠合併症に関連するものが多く,疾患の発症リスクを理解することで,早めの介入が可能になる。
このように,女性の場合には生活習慣病と考えられる疾患にも,産婦人科領域の理解が不可欠である。医師が専門分野にかかわらず「一般的な診療において頻繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できる」という観点から,研修医が臨床研修で,女性固有の生理的,肉体的,精神的変化を理解し,一定の診療能力を身に付けることは極めて重要であるとされ,2020年度から産婦人科が臨床研修の必修科目として復活することとなった。
したがって,研修施設・指導医は,「全ての医師にとって必要な産婦人科研修」をさせなければならない。それには冒頭で述べた通り,現在の産婦人科学の本質を理解し,産婦人科が単に女性の生殖臓器・生殖機能を扱うだけの診療科でなく,女性を総合的・全人的に診療する科であるという視点からの指導が必要である。生殖,周産期,腫瘍といった3つの主要領域ごとに区切られた指導でなく,それぞれの専門家を組み入れたチームとして,研修医に女性を総合的に診る姿勢を体得させる必要がある。また,産婦人科以外を志望する研修医を指導することこそ大切で,女性の疾患の背景には,女性ホルモンが常に存在していることを忘れない診療姿勢を身に付けさせることが必要である。
研修医は,必修科目になったので仕方なく研修をするというのでなく,女性の健康の本質には産婦人科の知識が必須であることを理解し,男性と同じ診療では女性の健康を維持することが不可能であることを学ばなければならない。産婦人科研修中に,単にお産と不妊と婦人科がんを学ぶという姿勢は誤りであると考えるべきである。また,産婦人科を希望する研修医は,一見,他科の疾患のようにみえても,女性診療科としての産婦人科の患者ではないかと一度立ち止まって考える姿勢を身に付ける必要がある。
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