医学界新聞

インタビュー

2018.06.11



【interview】

臨床研修の到達目標・評価はどう変わるのか
福井 次矢氏(聖路加国際病院院長/聖路加国際大学学長)に聞く


 厚労省の医道審議会医師分科会医師臨床研修部会(部会長=東大名誉教授・桐野髙明氏)より,医師臨床研修制度の見直しに関する報告書が公表された1,2)。医学教育モデル・コア・カリキュラムとの整合的な到達目標・方略・評価が作成されたほか,外科・小児科・産婦人科・精神科が必修科目となるなど従来と比べ大幅な変更を伴う提言となっている。同報告書の提言は2020年度研修より適用される予定だ。「医師臨床研修制度の到達目標・評価の在り方に関するワーキンググループ」(以下,WG)の座長を務めた福井次矢氏に,見直しの背景やポイントを聞いた。


――2004年度に必修化された臨床研修制度は10年度と15年度に見直しが実施されています。ただ到達目標に関してはこれまで基本的に変更がありませんでした(表1)。今回なぜ見直すことになったのでしょうか。

表1 臨床研修制度の歩みと主な変更点(図表はいずれも文献1,2を元に作成)(クリックで拡大)

福井 到達目標とその評価について実は前回の報告書(2013年12月19日)において課題と見直しの方向性が示され,臨床研修部会の下に検討の場を設けることが明記されています。実際にその翌年(2014年)にはWGが立ち上がっていますから,議論をかなり積み重ねた結果,今回の見直しに至ったという経緯があります。

 見直しに至る理由としては,2004年の必修化以降の人口動態や疾病構造の変化はもちろん,医療提供体制自体も入院から外来へと変化していることなどが挙げられます。それらに加えて,国際的な医学教育の潮流として学習成果基盤型教育(outcome-based education;OBE)の考えが主流となってきたことも大きな要因です。現在の到達目標には「経験すべき症状・病態・疾患」などで当該項目を“経験する”ことが組み込まれていて,項目も細分化されています。今後はそうではなく,2年間の臨床研修を経たアウトカムとしての診療能力を評価し,項目もできるだけ簡素化するという方針としました。作成に当たり米国のACGME(卒後医学教育認可評議会)など海外の研修制度もかなり参考にしています。

――到達目標に並び,方略と評価という大項目が設定されるのも変更点です。

福井 現行の到達目標はその内容について,必ずしも目標・方略・評価に分けられていません。到達目標は行動目標と経験目標で構成され,経験目標の中には確かに経験すべき手技や疾患が挙げられてはいます。しかし,経験とはあくまでも目標を達成するための方略ですから,「経験目標」はおかしな用語なのです。

 評価についても現行の制度では症例レポートの提出等は定められていますが,具体的な評価方法は明確ではありません。結果的に各研修病院で行われている評価手続きや内容が異なるため,標準化を図る必要性がありました。

到達目標でプロフェッショナリズムを定義

――それでは到達目標・方略・評価について順に伺っていきます。まず,到達目標の見直しのポイントからお願いします。

福井 目標は「A.医師としての基本的な価値観(プロフェッショナリズム)」「B.資質・能力」「C.基本的診療業務」の3つに整理しました(表2)。特に「A.医師としての基本的な価値観(プロフェッショナリズム)」に関してはかなり時間をかけて議論しました。医学教育においてプロフェッショナリズム教育が重視されるようになってきましたが,学術的に唯一の明確な定義があるわけではありません。さまざまな文献に当たりWG内での議論を繰り返した結果,最終的にはプロフェッショナリズムを「医師としての基本的価値観」と定義した上で,「社会的使命と公衆衛生への寄与」「利他的な態度」「人間性の尊重」「自らを高める姿勢」という4項目に定めました。私自身,指導医として研修医教育に携わるなかでプロフェッショナリズムの重要性をますます認識するようになりましたので,個人的にも思い入れが強い4項目です。

表2 臨床研修の到達目標(抜粋,2020年度研修より適用予定)(クリックで拡大)

 医師としての行動規範に当たるAに始まり,「B.資質・能力」そして実践に至る「C.基本的診療業務」へとより具体的になっていくイメージです。Cは世界医学教育連盟(WFME)などで用いられるEPA(entrustable professional activity)の概念も取り入れつつ,病棟や初期救急など具体的な場面で仕事を任せられる(=entrustable)項目を書き出しています。

――今回の見直しは卒前・卒後の一貫した医師養成も課題のひとつでした。

福井 臨床研修の到達目標・評価の見直しに際して卒前教育との整合性を図りたいとの思いは,WG設置当時からありました。私は2017年3月公表の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」(以下,コアカリ)の作成にも携わりましたから,両委員会による合同会議を開催するなど連携を深めていきました。日本医学教育学会を中心に設置された「教育の一貫性委員会」(委員長=東医歯大・田中雄二郎氏)の協力も得ながら,関係者間でよい議論ができたと思います。最終的に「A.医師としての基本的価値観(プロフェッショナリズム)」の4項目,「B.資質・能力」の9項目はコアカリとの連続性が考慮され,できる限り統一を図りました。医師養成の一貫性を完全なものにするためには,日本医師会の生涯教育カリキュラムの改訂時に卒前・卒後教育の目標との整合性が図られることを期待しています。

なぜ再び7科目必修なのか

――次に「方略」です。内科・救急・地域医療に加え外科・小児科・産婦人科・精神科を必修化し,さらに一般外来の研修を含むことになりました。研修プログラムの弾力化によっていったん外れた4科目(外科・小児科・産婦人科・精神科)が,なぜまた復活することになったのでしょう。

福井 臨床研修制度の開始当初は7科目必修だったのが,「専門医等の多様なキャリアパスへの円滑な接続の妨げとなる」などの理由から,2010年度以降は「3科目必修+2科目選択必修」となりました(図1)。この間,厚労省から臨床研修修了者に対するアンケートを毎年取っているのですが,研修プログラムの弾力化以降は必修から外れた領域に関連する項目の習得度は明らかに下がっています。果たしてそれでよいのだろうか。初期の2年間は幅広く研修することが,全国の医師の臨床能力の底上げにつながるのではないか。こういった問題提起を踏まえての,今回の見直しです。

図1 必修診療科見直しの変遷(イメージ)(クリックで拡大)

――弾力化が決定された当時,福井先生としてはどのような思いだったのでしょう。

福井 当時は制度見直しに関する委員の1人として議論に加わっていましたが,私は最後まで見直しに反対しました。この問題は確かに難しくて,科学的な根拠は示しにくい。それでも臨床医および指導者としての長年の経験から,強い信念を持っています。

 弾力化後も約3分の1の臨床研修病院は,当初の必修ローテーション科および選択必修科の全てを必須とする方針を継続してきました。その多くは臨床研修で実績のある市中病院です。

――研修医は皆,病院の方針に賛成なのでしょうか。

福井 やはり中には,最初から専門分野を極めたいという研修医もいます。専門医志向の強い大学医学部で6年間を過ごすと,そういう価値観に染まるのも仕方ありません。

 しかし医師としてのキャリアを考えれば,紹介患者を中心に自分の得意分野の診療のみを続けることができる医師はごくわずかです。わが国の医療制度下ではたとえ臓器別専門医であっても,自分の専門分野以外の疾患・症候に対応せざるを得ませんし,いざというときは緊急の処置ができないといけません。そういった医療現場の実態を踏まえれば,幅広い研修が必要なのは至極当然と思います。

評価は多職種でより頻繁に実施

福井 評価については冒頭でお話ししたとおり,現在は当該項目を「経験する」ことが基本となっていますが,診療能力の評価をさらに重視します。そして評価票および評価方法を提示し,評価の標準化を図ります。具体的には臨床研修の到達目標ごとに研修医に求められる習得の程度を提示します(図2)。これに関してはACGMEが提示したマイルストーンを参考にしました。

図2 評価票の一例(2020年度研修より適用予定)(クリックで拡大)

 各分野・診療科のローテーション終了時に,医師だけでなく多職種で評価することも重要な点です。そして少なくとも年に2回は,プログラム責任者・研修管理委員会委員が研修医に対して形成的評価(フィードバック)を行う。これら一連の評価をぜひ行ってほしいということです。

――現状よりも高い頻度で,より多くの人が研修医評価にかかわることになりそうですね。改めて評価の重要性についての考えをお聞かせください。

福井 臨床研修制度の開始当初は評価の標準化にまでは手が回りませんでした。しかし,到達目標を定める以上はその進捗状況をこまめに確認することが大切です。今回かなりの時間をかけてさまざまな議論を重ねるなか,およそ妥当な評価手法を提示できたと思います。

 これから先が実は重要で,今回の制度見直しを実のあるものにしなければなりません。今後は新たな研究班を立ち上げ,到達目標・方略の趣旨や評価における具体的な観察ポイントを示したガイダンスを作成する予定です。各研修病院の研修管理委員会や指導医講習会などで,確認・意思統一をしていただければありがたいです。

――最後に,指導医・研修医に向けたメッセージをお願いします。

福井 到達目標・方略・評価の部分を一度じっくりと目を通してください。今回の見直しでは「経験すべき症候」と「経験すべき疾病・病態」を簡素化しました。「経験すべき症候」は52項目から29項目に,「経験すべき疾病・病態」は88項目から26項目に絞り込み,その代わりに全ての項目を経験することを求めています。評価に関しても大きなくくりとなっていて,手技や症例数を細かくチェックするような形にはなっていません。

 2年間で得た知識や能力はすぐに役立たなくなるし,医師はどのみち一生涯勉強を続ける必要があります。そういう意味では,到達目標に挙げられた「自らを高める姿勢」や「生涯にわたって共に学ぶ姿勢」を育み評価することが,最も重要なことだと思っています。

(了)

参考文献・URL
1)厚労省.医道審議会医師分科会医師臨床研修部会報告書――医師臨床研修制度の見直しについて(平成30年3月30日).2018.
2)同報告書参考資料


ふくい・つぐや氏
1976年京大医学部卒。聖路加国際病院内科研修医,米コロンビア大St. Luke’s Roosevelt Hospital Center,米ハーバード大Cambridge Hospitalを経て,84年ハーバード大公衆衛生大学院修了。国立病院医療センター,佐賀医大教授,京大教授を経て2005年より聖路加国際病院長。16年より聖路加国際大学長を兼任。京大名誉教授。