医学界新聞

寄稿

2018.05.14



【視点】

心臓外科医海外流出

福原 進一(米ミシガン大学心臓外科アシスタントプロフェッサー)


 米国で活躍するある日本人外科医より興味深いリストを見せてもらった。現在米国で臨床に従事する日本人心臓外科医のリストだ。2017年時点で74人である。そのほとんどが成人心臓外科を専門とする,卒後8~20年ほどの医師だ。さらに,カナダやヨーロッパでも多くの日本人心臓外科医が臨床に従事している。約1500人の専門医を有する規模の診療科()でこれほどの数が海外にいるのは,正常ではない。単純計算でも約5%の実働部隊が海外に出ているのだ。医師不足が叫ばれる昨今,この数字はどう映るだろうか?

大きく変貌する臨床留学の意義

 「医師免許がなくてもできる仕事はいたしません」――人気テレビドラマ「Doctor-X」の主人公,大門未知子の決めぜりふだ。私自身,日本での研修中に無数のいわゆる雑用をこなしたが,それらが完全な悪とは思わない。むしろそうしたことに耐え忍ぶ期間は社会人として重要と考えている。この考えは米国で専門医,指導医の立場になった今も不変だ。大門未知子が全否定するこの経験で培った根性は財産であり,米国での熾烈(しれつ)な競争の中で,その効果を遺憾なく発揮した。

 その一方,日本での研修中は心臓手術を一例も執刀していないどころか,第一助手の経験も皆無だった。心臓外科医数に対し手術数が限られる国内の現状では,命に直結する心臓手術を若手に執刀させるのは確かに難しい。しかし,指導する側にその現状を打開しようという努力も残念ながらあまりみられない。

 たった十数年前までは,海外臨床経験を持つ者は希少だった。国内診療は海外帰りの外科医頼みの側面が強く,しばしばパイオニアと呼ばれ,その影響力は絶大だった。今日の日本の心臓外科診療は彼らがけん引していると言っても過言ではない。一方現在では臨床留学自体がもはや特別ではない。留学目的もかつての“研修,武者修行”というあくまでTraineeのニュアンスから,指導医になり,場合によっては名だたる施設のトップに登り詰める例まであり,多様性に富むようになった。つまり,心臓外科臨床留学は帰国を前提としないものに変貌しつつあるのだ。しかし,ほとんどの心臓外科関係者がこの事実に気付いていない。

 海外の生の情報が容易に手に入る現在,海外での臨床研修はますます身近になった。国内の厳しい研修事情と,大きく開かれた米国研修の門戸は,紛れもなく心臓外科医海外流出を加速させる大きな一因となっている。事実,アドバイスを求め筆者にコンタクトを取ってくる医学生,若手医師は後を絶たない。

 国内の第一線で活躍している心臓外科医が引退する将来,国内診療はどうなってしまうのであろうか? 引退した医師の下に新たなポジションが生まれることで,海外組が帰国するはずとの楽観論がある一方,すでに多くの若手心臓外科医が海外で活躍の場を得ている。診療や研究のサポート体制は海外が圧倒的に恵まれている。指導医として診療を確立し滞在が長期になれば,家族や子どもの生活も現地に根付いており,帰国は大変難しい。

 若手の海外流出は確実に加速化の一途をたどっている。個人的な印象ではあるが,優秀な人材に限ってその傾向は特に顕著である。水面下でよどみなく進むこの現象が顕在化する頃には,ひょっとすると手遅れなのかもしれない。近い将来の日本国内では,心臓外科診療の空洞化が大変危ぶまれる。

:心臓血管外科専門医数から,血管外科と小児心臓外科に従事している者を除いた概算


ふくはら・しんいち氏
2006年慶大医学部卒。同大病院心臓血管外科などで研修後,10年に渡米。米コロンビア大メディカルセンター胸部心臓外科レジデンシー,米ペンシルバニア大大動脈外科フェローシップなどを経て,18年より現職。米国外科・胸部心臓外科専門医。

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