世界のがん生存率から日本の現状を読み解く(松田智大)
寄稿
2018.04.16
【寄稿】
世界のがん生存率から日本の現状を読み解く
松田 智大(国立がん研究センターがん対策情報センター がん登録センター全国がん登録室長)
2018年3月17日付の『Lancet』誌にCONCORD-3の結果が掲載された1)。CONCORDは,各国のがん生存率を算出し比較した大規模国際共同研究である。2008年の第1回,2014年の第2回に続き,第3回目となる今回は,2000~14年に診断された約3750万症例を対象とした。これには,世界人口の67%に相当する71の国と地域,322のがん登録から提供された個別データを用いた。対象はがんの18局在または局在群,すなわち,成人の食道,胃,結腸,直腸,肝,膵,肺,女性乳房,子宮頸部,卵巣,前立腺,皮膚の黒色腫,成人および小児それぞれの脳腫瘍,白血病とリンパ腫である。
世界のがん生存率研究の歴史,CONCORD研究に至るまで
1950年代からノルウェーがん登録等の生存率データはあったが,大規模な人口ベースのがん患者データ登録は1970年代に開始された米国のSEERプログラムしか存在しなかった。生存率は地域による格差が大きいと想定されたことから,効果的ながん対策立案には,米国データの流用ではなく,各国でのデータ収集が必要とされていた。イタリアでは1980年代初頭にヴァレーゼがん登録を中心とした国内比較研究(ITACARE)が実施され,この経験をベースに,欧州全体の人口ベースでのがん生存率比較研究EUROCAREが1989年にイタリア主導で立ち上げられた。この結果,英国のがん生存率が他国に比して極めて低いことが判明し,首相在任時のトニー・ブレア氏ががん対策を最優先課題としていたことは有名な逸話である。
EUROCAREはCONCORDとして舞台を世界に移し,欧州,米国,日本を含む31か国,101のがん登録からの1990~94年のデータ190万症例を分析した結果を2008年に発表した2)。これにより初めて,生存率の大きな国際的差異,人種間格差が確認された。続くCONCORD-2では2500万例以上10部位のがんでの生存率を,追跡期間15年間(1995~2009年)と長期にわたって分析することに成功した3)。
CONCORD-3の注目すべき点
■がん生存率は世界的に上昇傾向
CONCORD-3の結果を概説する。がん生存率が高い地域は,従来同様,米国,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド,デンマーク,フィンランド,アイスランド,ノルウェーとスウェーデンであった。生存率は,予後不良の部位においても世界的に上昇傾向にあり,いくつかの国では,肝がん,膵がん,肺がんでも,最大5%の向上がみられた。日本は全体として良い成績であったが論文中で名前を挙げられなかった。いくつかの部位では予後が悪かったことに加え,肝がんなどのいくつかの部位ではデータの精度が低く参考値扱いとなったことが理由である。日本の人口ベースがん登録のデータ精度は,2010年頃から劇的に改善しているため,次回の集計では他の先進国と肩を並べる精度のデータを提供できると予想される。
■日本は消化器系がんで好成績,早期発見と症例の集約が効果
日本をはじめとする東アジア諸国はCONCORD-2に引き続き,消化器系のがんでは非常に良い成績を示している(図)。日本と韓国でともに症例の集積性が高い特徴がある食道がんは,日本と韓国で5年生存率が高く,両国とも30%以上であった。他国の多くは10~30%程度である。さらに日本では観察期間中に6~10%の向上が見られた。胃がんも他国は20~40%程度だが日本と韓国で生存率が高く,韓国は日本の60.3%を上回り70%弱となっている。また,食道がん同様の経時的向上も観察されている。この背景には,早期発見や集約的診断,内視鏡下手術の優れた技術があると考えられている。
図 2010~14年のがん5年純生存率(部位別主要国別,文献1より一部改変)(クリックで拡大) |
日本でその他の特徴的な部位が,肝がんである。多くの国で5~30%,20%を超えたのは韓国,シンガポール,台湾など5か国のみであり,日本はさらに高い30.1%であった。こうした難治性がんでも日本は経時的に5~10%向上が見られる。自主的な検診の呼び掛けによる肝炎ウイルスキャリアの積極的な発見と,経過観察ではなく積極的治療への転換が功を奏していると考えられる。世界的には生存率が依然低い肺がんも,欧州では20%程度だが,日本は30%と2位に位置付けられた。
■皮膚悪性黒色腫や血液がんは低成績,がん種の特徴やデータの偏りも影響か
その反面,皮膚悪性黒色腫は世界全体では60~90%の範囲で分布していたが,アジアでは非常に予後が悪い。アジアでは皮膚がんの症例数が少ないため発見が遅れがちであること,皮膚悪性黒色腫の中でも予後不良な傾向がある末端黒子型黒色腫の割合が欧米と比べて高いことも原因と想定される。
成人骨髄性疾患の生存率は世界全体では30~50%の範囲で分布していたがアジアでは極めて低く,日本でも33.3%であった。成人リンパ性疾患も同様に,観察期間中の向上はみられたものの,世界の40~70%に対し日本は57.3%であった。このような地域間での差は,医療の質だけではなく,がん種などの差とも考えられる。また,日本のデータが,予後不良の血液がんが多い地域のがん登録データに偏っていることも原因の一つではなかろうか。
小児急性リンパ性白血病(ALL)はいくつかの国では90%を超え,日本では87.6%であった。小児リンパ腫も29か国で少なくとも90%の生存率で,日本では89.6%と他国に引けを取らない成績であった。
生存率の国際比較がなぜ必要か
がん患者をケアする保健医療システムが有効に機能しているかの評価には,がん患者生存率の算出が適切である。患者の死亡リスクの増加には,社会経済的,心理的要因も含めてさまざまな負の要因がある。そのため,がん死亡率のみをエンドポイントとするのではなく,人口ベースの生存率を地域の一般人口の生存率で除した「相対生存率」で算出する。近年,がん死と非がん死の非独立性による過大評価(非がん死リスクが高い患者は同程度がん死リスクも高く,早々にがん死亡で生存率算出対象より除外されてしまうバイアス)を修正する方法が考案され,「純生存率(net survival,がんを唯一の死因とする偏らない値)」が推計されるようになった。CONCORD-3では,前回に引き続き5年純生存率を推定し,推定値は国際がん生存率加重で年齢調整した。解析は標準化された品質管理手順に従って進められ,エラーは各がん登録によって修正された。なお,病院・研究ベースの生存率は人口集団の定義がなく,部位別,ステージ別等で対象を限定して施設間や治療間の実績を比較するもので,実測生存率に意味があり,その目的を異にする。
診断技術の進歩やがん検診の実施,医療へのアクセス,医療の質・種類,患者の医療へのコンプライアンス,治療後のケア,QOLの維持などは,生存率に影響を与える項目であり,生存率の国内外の比較は,国内および国際的ながん対策の効果と医療システムの有効性の評価および施策推進の根拠となる。経済協力開発機構(OECD)は,2017年にCONCORD-3の結果を公式ベンチマークに採用した。CONCORDで算出された人口ベースの生存率を,一定の人口集団におけるがん罹患の負担を測定しがん対策に活用できる医療情報として,現状最も信頼性の高いものと位置付けたのである。日本でもCONCORDの結果をがん対策に積極的に生かすべきと考える。
また,CONCORDは研究結果を示すだけでなく,雇用の創出と人材育成のモデルも示している。研究グループは欧州内外から若手研究者を集め,多くの業績を上げ,アジアでも研修を実施している。アジアのがん対策は,疾患パターンに似通ったアジアで考えていくことが有効と考えられる。次のステップとして,アジア諸国間で人材交流を進めつつ手を取り合って共通の課題に取り組むため,同様の国際プロジェクトを,日本,韓国,中国,台湾,タイなど,アジア主導で実現すべきではなかろうか。
(了)
◆参考文献
1)Lancet.2018[PMID:29395269]
2)Lancet Oncol.2008[PMID:18639491]
3)Lancet.2015[PMID:25467588]
まつだ・ともひろ氏
1996年神戸大法学部医事法専攻卒,98年東大大学院医学系研究科修士課程修了(保健学修士),2003年仏トゥールーズ第3大医学部疫学公衆衛生学博士課程修了(医学博士)。仏タルン県地域がん登録(INSERM U558)勤務,国立保健医療科学院疫学部研究員,国立がんセンター(当時)がん対策情報センターがん情報・統計部研究員を経て,11年より現職。06年より神戸大大学院国際協力研究科客員教授兼任。国際がん登録協議会理事長。16年にスタートした全国がん登録制度では制度の設計時から中心的な役割を担い,根拠に基づいたがん対策の日本における確立をめざす。在仏時にCONCORDの前身であるEUROCARE研究に従事,帰国後はCONCORD-2,3で共同研究者として中心的な役割を果たした。
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