医学界新聞

がんと循環器診療の融合をめざす新たな学際領域

対談・座談会 佐瀬 一洋,藤原 康弘,向井 幹夫

2018.03.19 週刊医学界新聞(通常号):第3265号より

3265_0101.jpg

 がんと循環器の両者の視点から診療するCardio-Oncology(腫瘍循環器学)という新たな学際領域が生まれ,欧米を中心に近年急速に体制整備が進められている。背景には分子標的薬の開発など,がん治療の進歩がある。生命予後が改善する一方で,新たな治療による心毒性(cardiotoxicity)や心血管毒性(cadiovascular toxicity)が出現することが次々と明らかになり,がん治療と並行した循環器診療の必要性が高まっている。

 本紙では,循環器専門医の佐瀬一洋氏を司会に,腫瘍内科医の藤原康弘氏,日本で初めて腫瘍循環器外来を開設した向井幹夫氏の三氏による座談会を企画。Cardio-Oncologyをめぐる国際的な動向,日本で必要とされる診療体制,学際領域としての今後の展望について議論された。

佐瀬 日本は高齢化が進みがんの罹患者数は増えているものの,生命予後は著しく改善しています。Cardio-Oncologyという新たな学際領域が注目を集める背景の一つに,がんの治療成績向上があるのではないでしょうか。腫瘍内科医の藤原先生はどう見ていますか。

藤原 早期診断や治療法の進歩の他,さまざまながん種に分子標的薬が導入された効果は大きいです。

佐瀬 心毒性の問題に注目したのはいつでしょう。

藤原 転機は2001年,乳がん領域のトラスツズマブが日本で初めての分子標的薬として承認されたことです。米国で承認された1990年代後半から既に分子標的薬による心筋障害や心障害のリスクは知られており,それを想定した診療の必要性を意識していました。

 その後,当院が総合内科設置の準備を進めていた2010年に,イタリアの研究グループの総説でCardio-Oncologyの言葉を初めて目にし1),以来,循環器内科の先生方とも心毒性を念頭に置いた対応強化を図っています。

佐瀬 循環器専門医である向井先生は,どのような経緯でこの分野にかかわるようになったのですか。

向井 2010年,大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)への赴任がきっかけです。MDアンダーソンがんセンターは2000年に,世界で初めてOnco-Cardiology Unitを設置しています。その状況を学びCardio-Oncologyの重要性を認識し,2011年当院に日本初の腫瘍循環器外来を開設しました。

佐瀬 循環器専門医の私は,実は希少がんのサバイバーでもあり,患者として2010年に国立がん研究センター中央病院で抗がん剤治療を経験しました。がん治療による心毒性のリスクは事前に理解していたとはいえ,患者として実際に体験し,治療医の先生方が心毒性に困る様子を目の当たりにしたことから,Cardio-Oncologyの課題に取り組んでいます。

佐瀬 くしくも2010年が,先生方がCardio-Oncologyにかかわる契機となり,その後,国際的な動向も急速に進展しています。2012年にNature Medicine誌が抗がん剤の心毒性の分子メカニズムを発表したのを皮切りに2),新しい臨床試験結果が相次いで報告されました3, 4)

向井 2014年,米国心エコー図学会(ASE)と欧州心血管イメージング学会(EACVI)が合同で,がん治療による心毒性の画像的評価に関するposition paperを発表し,がん治療関連心機能障害(Cancer therapeutics-related cardiac dysfunction;CTRCD)が定義されました5)。これは,腫瘍領域と循環器領域に大きなインパクトを与えました。

佐瀬 2016年には欧州心臓病学会(ESC)がposition paperを出し6),Cardio-Oncologyに関する基礎研究,臨床研究,疫学研究の現状と課題を学会として提示。米国臨床腫瘍学会(ASCO),米国心臓病学会(ACC),欧州臨床腫瘍学会(ESMO)などでシンポジウムや教育プログラムの設立が始まりました。

 国レベルでは2013年に,米国立衛生研究所(NIH)のがん研究部門(NCI)と心肺血液研究部門(NHLBI)が合同ワークショップを開催し,世界中のエキスパートが集中的に議論しました7)。2016年には米国食品医薬品局(FDA)が新薬の臨床開発から既承認薬の安全性監視まで議論を始めています。

藤原 NIHの合同ワークショップで注目されたのが,乳がん患者のサバイバーが増えていることです。2013年のCancer誌に乳がん患者の生存率の経年的な改善が論文になっています8)

佐瀬 乳がん患者の長期予後を見ると,初期の死因はがん関連死で他の競合リスクが一定の中,診断後9年を過ぎた頃を境に心血管リスクが相対的に増えます9)。予後が改善した小児がん領域では,心血管リスクまでも見越した診療で長期予後がさらに向上したという報告もあります10)。こうした背景からCardio-Oncologyが注目されているのです。

佐瀬 がん治療による心血管系のリスクは,循環器専門医も驚く病態が明らかになっています。向井先生,具体的にどのようなものが考えられますか。

向井 化学療法の心毒性については,大きく心不全,虚血性心疾患,高血圧,血栓塞栓症,不整脈に分類して対応しています()。以前から放射線治療後の動脈硬化やアントラサイクリン系薬の心毒性による心筋症の予後が悪いことは循環器専門医には知られていました。それが,2010年に初めてCardio-Oncologyの言葉が出て以降,近年登場した分子標的薬の循環器系副作用との関連が徐々に明らかになり,循環器専門医もがん治療の急速な進歩に対応すべきとの認識が広がっています。

3265_0102.jpg
 化学療法および放射線療法における心毒性・心血管毒性(文献11より改変)

佐瀬 HER2標的薬のトラスツズマブ,VEGF阻害薬,免疫調節薬(IMiDs)など新しい抗がん剤が次々参入しています。

藤原 分子標的薬が登場した当初は,副作用が少なくて用いやすいのではないかとの風評があったものの,いざふたを開けてみたらさまざまな副作用が現れました。免疫チェックポイント阻害薬にも腸炎,下垂体障害,甲状腺障害と免疫系の副作用がありますが,劇症型心筋症は特に脅威です12)

向井 想定される心血管系イベントを,抗がん剤ごとに整理しなければ対応しきれないほど,病態は多様になっています。

藤原 さまざまな副作用の対応に苦慮する中,心筋障害も加わり診療現場には衝撃を持って受け止められている状況でしょう。

佐瀬 がん治療の進歩を背景に,心血管系の新しい病態の把握が喫緊の課題です。がん治療の事前のリスク評価と予防,がん治療を中止・中断しないための治療中モニタリング,および長期フォローアップも必要でしょう。循環器専門医ががん患者の診療で気を付けていることは何ですか。

向井 心毒性は発症してからの連絡が多く,その後のがん治療がスムーズに行えるように対応することが重要です。ただし,アントラサイクリン系薬やトラスツズマブなど,心血管系イベントが起こり得る薬についてはがんの治療計画を立てる段階で,リスクのある患者にどのような治療が可能かを判断する「リスクの層別化」が欠...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

順天堂大学大学院医学研究科 臨床薬理学教授

1986年京大医学部卒。89年同大大学院医学研究科(内科系専攻),94年米ハーバード大Brigham & Women's Hospital客員研究員,98年国立循環器病センター緊急部。99年国立衛研・医薬品医療機器審査センター(現・PMDA)で新薬承認審査に従事。2001年国立循環器病センター緊急部・治験管理室・臨床試験開発室を経て,05年より現職。15年には早大医療レギュラトリーサイエンス研究所招聘研究員を併任。Cardio-Oncologyの普及啓発の他,患者中心の医療の在り方やがん教育に携わる。日本腫瘍循環器学会社員・理事。

国立がん研究センター企画戦略局長/中央病院副院長(研究担当)/乳腺・腫瘍内科

1984年広島大医学部卒。国立がんセンター研究所薬効試験部研究員,広島大病院総合診療部助手などを経て,米メリーランド大などで臨床薬理学,第Ⅰ相試験を研鑽。97~2002年国立衛研・医薬品医療機器審査センター(現・PMDA)で新薬承認審査に従事。国立がん研究センター中央病院副院長(経営担当),乳腺科・腫瘍内科長などを経て,現職。11~13年内閣官房医療イノベーション推進室次長兼任。日本臨床腫瘍学会理事,Medical Excellence Japan理事,内保連・悪性腫瘍関連委員会委員長,厚労省先進医療会議構成員など役職多数。

大阪国際がんセンター 成人病ドック科主任部長

1984年愛媛大医学部卒。公立学校共済組合近畿中央病院,愛媛県立南宇和病院内科医長,愛媛大病院第二内科助手などを経て,2001年公立学校共済組合近畿中央病院循環器内科・高血圧予防センター部長。10年大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)循環器内科主任部長に就任,17年より現職。11年8月より腫瘍循環器外来を日本で初めて開始し,17年3月には腫瘍循環器科を開設。がんサバイバーに対する診療,人間ドック業務の傍ら,腫瘍循環器学を周知すべく関連学会や各地の研究会で講演。14年~16年阪大医学部循環器内科臨床教授(兼任)。日本腫瘍循環器学会社員・理事。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook