医学界新聞

インタビュー

2018.03.05



【interview】

内科医が知っておきたい,
母性内科の視点

村島 温子氏(国立成育医療研究センター/日本母性内科学会理事長)に聞く


 平均出産年齢の上昇により,妊娠女性の基礎疾患保有率や,妊娠糖尿病・妊娠高血圧症候群などの妊娠合併症の頻度が高まっている。また,妊娠中は身体的・精神的変化や胎児への配慮から,わずかな体調不良にも敏感になる時期だ。

 こうした女性の内科診療を専門とするのが「母性内科」だが,受診可能な施設は国内にわずか4か所(MEMO)。妊娠・出産を希望する女性のニーズに応えるために,一般の内科医も適切な対応ができるよう備えておきたいところだ。本紙では日本母性内科学会理事長の村島氏に,全ての内科医が知っておくべき母性内科の基本を聞いた。


――村島先生が「膠原病と妊娠」を専門に決めた経緯を教えてください。

村島 最初のきっかけは,研修医時代に出会った患者さんです。全身性エリテマトーデスで長期入院していた20代の女性でした。自分と同年代の女性が原因不明の病で苦しむ姿に大きな衝撃を受け,膠原病内科を専門に選びました。

 妊娠・出産は多くの女性にとって人生の重要なイベントですが,当時はたくさんの膠原病患者が妊娠を諦めていました。こうした女性たちの力になりたいと考え,合併症妊娠の研究・診療に取り組んできました。

――基礎疾患を持つ女性の妊娠・出産にはどういった難しさがありますか。

村島 妊娠・出産は母体に大きな負荷をかけるため,基礎疾患の悪化や流産・早産のリスクを高めます。また,胎児への影響を心配して治療の継続をためらう患者さんもいます。

 このような患者さんの「妊娠と治療の両立」をサポートするのが母性内科です。合併症妊娠の他に,妊娠合併症や産後の体調不良などの診療も行います。

――一般の内科医も母性内科的視点を養うべきでしょうか。

村島 はい,内科医の活躍を期待しています。内科は医師数や受診機会が多いですし,安全な妊娠・出産には周産期以外の健康管理も影響するからです。

 ただし,妊娠中や出産後の診療は通常の内科と異なる注意点も多くあります。妊娠・出産が母体にもたらすダイナミックな変化を理解しておくことが必要です。

長期的目線で女性の健康を守る

――平均出産年齢の上昇で母性内科のニーズは高まっているでしょうか。

村島 年齢を重ねると基礎疾患保有率や妊娠合併症の頻度が高くなります。また,生涯に産む子どもの数が少なくなった影響からか,理想的な妊娠・出産のために万全の準備をしたいと考える人が増えているように思います。

――医療の進歩の影響もありますか。

村島 はい。先天性心疾患など従来は救命がやっとだった疾患の治療成績が上がり,妊娠・出産を含めたQOL向上をめざす段階に移っています。喘息や甲状腺疾患,糖尿病,膠原病などさまざまな慢性疾患で,症状をうまくコントロールしながらの妊娠・出産が可能になってきているのです。

――将来の妊娠に向けて,生活習慣の改善や健康状態のチェックに早くから取り組む「プレコンセプションケア」への関心も高まっているようですね。

村島 身体の妊娠への準備は胎生期から始まっているため,こうした関心の高まりは良い傾向です。生まれてくる子どもの将来の健康に胎児期の環境が影響するというDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)仮説も注目されています。

 母性内科では安全な妊娠・出産や子どもの健やかな成長をめざし,妊娠前からの相談や診療を行っています。

――母性内科は産後のケアにもかかわるのでしょうか。

村島 はい。特に妊娠合併症を起こした女性へのフォローが重要です。妊娠は母体への「負荷テスト」ともいわれており,例えば妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群を経験した女性は,出産後に糖尿病,高血圧症へと進展しやすいことがわかっています。つまり,妊娠を契機に将来かかりやすい病気が見えてくるのです。病気の素因を見抜き生活指導を行うことで,長期的な健康を守るのも母性内科の大切な役割です。

母性内科の視点は日々の内科診療に役立つ!

――基礎疾患治療中の患者さんから,子どもが欲しいと相談を受けた場合,主治医はどう対応すべきですか。

村島 まず,各疾患の専門医や母性内科に相談してください。医療者の間でも母性内科の認知度は低いためか,当院を受診する患者さんには主治医の紹介でなく,自らインターネットで調べて相談に来る方も多いです。認知度の向上が課題です。

――妊娠の希望について主治医に相談しづらい面もあるかもしれません。

村島 なかなか切り出せず,40歳を目前にようやく勇気を振り絞って相談し,当院に紹介されるケースもあります。母性内科の視点が浸透すれば,相談しやすい環境や早期の対応ができると期待しています。

――先ほど,妊娠は母体への「負荷テスト」というお話がありました。明らかな疾患ではない予備軍の場合にも,妊娠には注意が必要でしょうか。

村島 検査値が正常範囲でも,妊娠・出産による負荷を考えた対応をしてほしいです。例えば「収縮期血圧が128 mmHg」は高齢者では普通の値ですが,若い女性の場合は「ちょっと高いな」と感じて,「妊娠・出産するときは注意が必要です」などとアドバイスをすべきです。

 また,妊娠中には血中コレステロール値が高くなることがありますが,多くの場合は異常ではなく,妊娠に伴う合目的な変化だと考えられます。こうした妊娠中ならではの検査値の特徴も知ってほしいです。

――例えば,妊娠中に風邪などを引いた患者さんの診療にはどのような配慮が求められますか。

村島 「妊婦さんは診られない」とたらい回しになり,重症化してしまうのは避けなければなりません。妊娠中の体調不良では産婦人科を受診する患者さんも多いですが,一般の内科を受診した場合でも適切な対応ができるといいですね。

――妊娠中の薬の使い方は多くの医師が悩むところだと思います。妊娠中の投与について添付文書には「治療上の有益性が危険性を上まわると判断される場合にのみ投与すること」などと書かれているものが多いです。

村島 催奇形性や胎児毒性のある薬には「禁忌」の欄に必ず表示がありますが,「禁忌」でなくても,「使用上の注意」としてこうした記述があるものは多いです。あらためて読むと,投与してよいものか迷ってしまいますよね。しかし,そもそも有益性投与は妊娠の有無にかかわらず投薬の大原則です。一律に投与を避けるのではなく,一つ一つの薬についてエビデンスに基づいた判断が必要です。

――処方に迷った場合,どうすればよいでしょうか。

村島 当院の「妊娠と薬情報センター」では相談の受付や情報提供を行っています。また,日本産科婦人科学会発行の『産婦人科診療ガイドライン産科編2017』にも詳しく書かれていますので参考にしてください。

――妊娠していない女性の診療でも母性内科的視点は役立ちますか。

村島 思春期前から妊娠の準備は始まっていますから,早くからの体調管理や健康教育が重要です。学校健診や日常の風邪診療で若い患者さんを診る機会があったら,母性内科というキーワードを思い出して栄養管理の大切さなどを伝えてほしいと思います。

MEMO 母性内科

 母子ともに安全な妊娠・出産をめざし,女性の内科的管理を行う。膠原病・甲状腺疾患・高血圧・糖尿病・呼吸器疾患・腎疾患などの慢性疾患を持つ女性の妊娠(合併症妊娠)や妊娠糖尿病・妊娠高血圧症候群などの妊娠合併症の診療を中心に,その役割は妊娠前,妊娠中,産後の長期間にわたる。

 日本初の母性内科は1981年,大阪母子医療センターに設置された。神奈川県立こども病院,国立成育医療研究センター,国立循環器病研究センターが加わり,現在4施設。2015年に設立された日本母性内科学会では,年1回の学術集会を行うほかに,内科医や産婦人科医を対象にした研修プログラムにより「母性内科診療プロバイダー」を養成する制度を発足したところである。

(了)

●「medicina」誌では2018年4月号より,三島就子氏(国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター母性内科)による連載「母性内科の『め』――妊婦・授乳婦さんのケアと薬の使い方」がスタート! 症例を交え母性内科の視点をわかりやすく解説します。


むらしま・あつこ氏
1982年筑波大医学専門学群卒。虎の門病院内科研修,順大膠原病内科講師を経て,2002年の国立成育医療センター(現・国立成育医療研究センター)設立時に母性内科の立ち上げに尽力。現在,同センター周産期・母性診療センター主任副センター長,妊娠と薬情報センター長を兼任。専門は合併症妊娠(特にリウマチ・膠原病),母性内科。日本内科学会認定内科専門医,日本リウマチ学会認定専門医・理事,厚労省厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会委員。編著書に『薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳』(南山堂),『飲んで大丈夫?やめて大丈夫? 妊娠・授乳と薬の知識』(医学書院)などがある。

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