医学界新聞

対談・座談会

2018.02.19



【座談会】

ZFN,TALEN,CRISPR-Cas9……
ゲノム編集は医療に何をもたらすか

谷 憲三朗氏(東京大学医科学研究所 ALA先端医療学 社会連携研究部門長・特任教授)=司会
山本 卓氏(広島大学大学院理学研究科 数理分子生命理学専攻分子遺伝学教授/日本ゲノム編集学会会長)
三谷 幸之介氏(埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター 遺伝子治療部門長・教授)


 CRISPR-Cas9をはじめとしたゲノム編集技術は,今や基礎研究分野に広く普及している。細胞や動物での実験ではハンチントン病治療やHIV除去,腫瘍の縮小や増殖抑制などさまざまな成果を挙げ,米国ではすでにヒト遺伝子改変治療の臨床試験が承認・実施されている。懸念されるオフターゲット作用を抑制する改良も進んでおり,数年以内には遺伝子治療に使えるレベルに達するとの見方もある。

 医薬品・治療開発にとどまらず,臨床での活用も期待されるゲノム編集について,従来の遺伝子改変技術とどのように異なるのか,医療への可能性と課題を議論していただいた。


 本日は,日本のゲノム編集の先駆者でいらっしゃるお二人の先生にお越しいただきました。「ゲノム編集とは」「医学研究・臨床にもたらすもの」「課題」の3本柱で話を進めていきます。

山本 私は,もともとは発生生物学の研究者です。約10年前にゲノム編集技術に出合いました。当時は第1世代のZFNを使っていましたが,その後,第2世代のTALEN,第3世代のCRISPR-Cas9が登場しました(表1)。現在は,主にCRISPR-Cas9を用いて微生物や培養細胞,動物での遺伝子改変を行っており,共同研究として疾患モデル作製やがんなどの医学研究にもかかわっています。

表1 遺伝子治療とゲノム編集の歴史

三谷 私は1990年に米ベイラー医大に留学して以来,遺伝病の遺伝子治療の研究に携わっています。改良型のアデノウイルスベクターを開発し,米カリフォルニア大で独立する前くらいから遺伝子修復への応用を始めました。現在は,ベクターを用いた遺伝子改変技術とゲノム編集技術を組み合わせて,血液系をはじめとする遺伝病の治療モデルの研究をしています。

 私は血液腫瘍内科医です。大学院に入った1980年から先天性溶血性貧血をはじめとした酵素異常症の研究にかかわってきました。当時はオンコレトロウイルスベクターを用いた酵素補充遺伝子治療法しかなく,根治には遺伝子修復が必要だという当時からの思いから,ゲノム編集技術に強い興味を持ちました。現在はがんに対する免疫療法や遺伝子治療の研究においてゲノム編集にかかわっています。

高効率,安価,簡便 全ての生物に使える改変技術

 最初にゲノム編集とは何か,山本先生より解説をお願いします。

山本 ゲノム編集は,特定の塩基配列を切断し細胞に備わるDNA修復機構を利用して,修復時に改変を加える技術です。切断の際に使う「遺伝子のハサミ」が,CRISPR-Cas9などの核酸分解酵素です。

 従来の遺伝子改変技術とどこが違うのでしょうか。

山本 ゲノム編集では従来のような遺伝子改変も可能です。遺伝子を欠損させるノックアウト,外来遺伝子のノックイン,相同組み換え修復機構を利用した塩基置換など,いずれもできます。違いは,自然突然変異と同じ仕組みの変異も作れる点です。非相同末端結合による小さな欠失や挿入を起こして遺伝子を破壊したり,複数箇所の同時切断により染色体の欠失や逆位,転座を起こしたりできます。

 また,ゲノム編集は全ての細胞種や生物種で遺伝子改変が可能です。従来の技術ではES細胞など相同組み換え活性の高い細胞でしか改変が行えませんでした。ゲノム編集は体細胞,がん細胞,iPS細胞などあらゆる細胞に使えます。さらに,方法によっては,標的ゲノムに残存配列を残さないゲノム編集も可能です[PMID:21993621]。

三谷 遺伝子治療への応用を考えたときに重要な点ですね。

 ゲノム編集技術が開発された背景には,遺伝子治療の歴史があります。ヒトを対象とする遺伝子治療臨床研究が始まった1989年から長い間,遺伝子導入はウイルスベクターの利用が主でした。しかし,1999年にはアデノウイルスベクターの肝動脈注射後,患者が多臓器不全で死亡する事件が米ペンシルベニア大で起きました。2002~03年にはフランスで,オンコレトロウイルスベクターにより目的遺伝子が造血幹細胞の染色体にランダムに組み込まれ,白血病化を誘導する遺伝子近傍に入ったクローンが優位に増殖することによる白血病発症が報告されました。ゲノム毒性や細胞毒性,免疫原性を減らす手法の1つとして開発されたのが,特定の遺伝子を狙って改変できるゲノム編集技術であるとも言えます。

三谷 効率の良さも特徴です。ヒト細胞の相同組み換えを検出した初の論文はノーベル生理学・医学賞受賞者のOliver Smithiesらにより1985年にNature誌で発表されました[PMID:2995814]。しかしその成功率は極めて低く,かろうじて検出されるレベルでした。90年代以降の私たちのアデノウイルスベクターを用いた方法は103個に1つ前後の成功率です[PMID:16174752]。一方ゲノム編集は,後で述べますように細胞によっては10%を越えます。

 ゲノム編集の中でも特にCRISPR-Cas9が注目を集めています。何が画期的なのでしょうか。

山本 「高効率,安価,簡便」と3拍子そろった技術な点です。ZFN,TALENは1つのタンパク質から成るため,切断したい配列ごとに1から作成する必要があり,合成が難しく時間もかかり高価でした。一方,CRISPR-Cas9はタンパク質とRNAという2つの因子で構成されます。切断部位は化学合成しやすいRNAによって決まるため,どこの研究室でも簡単に作れます。改変時の手技も簡単で,細胞や受精卵に導入するだけです。

 ZFNは利用費が高価なため一般的普及がなされていませんでしたが,CRISPR-Cas9の導入により一般の研究者,さらには臨床医も活用可能になったと言えますね。

山本 1つの酵素で複数の配列を切断することも可能なため,遺伝子改変の自由度も高まりました。CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集技術の開発からまだ5年余りですが,かつてない速度で普及しています。

基礎から応用まで 医学研究での活用

 医療にはどのような影響をもたらすでしょうか。

山本 研究ではすでに基礎から臨床応用に近い分野まで,幅広く活用されています。基礎分野では,細胞や動物レベルのモデル作製が短期間で可能になりました。これまで疾患モデルはES細胞の相同組み換えによる遺伝子改変を基盤に作製していたので,マウスでも半年以上必要でしたが,ゲノム編集では1~6か月です。創薬スクリーニングや疾患メカニズム解明の効率向上が期待されます。

 また,ゲノム編集では生きている個体の特定の臓器・細胞への改変ができます。マウスでは生体内でのゲノム編集によってさまざまな臓器でがんを誘導することに成功しています。

 治療ではがん化した細胞や,HIV,肝炎ウイルスなどが感染した細胞の選択的破壊も期待されます。ブタのレトロウイルスを破壊し移植用の臓器を作る研究も進められています。

 日本ではゲノム編集を用いる研究に対する指針は整備中ですが,海外では既存の規制を用いて臨床応用がなされていますね。

三谷 ヒト細胞の治療モデルにゲノム編集技術を初めて利用したのは2005年にNature誌に掲載されたZFNに関する論文で,初めてゲノム編集という言葉が使われました[PMID:15806097]。2009年にエイズに対するCCR5遺伝子ノックアウトの臨床試験が始まり,その後さまざまな遺伝子について,例えばCRISPR-Cas9の最初の臨床試験としてはPD-1をノックアウトするがん免疫治療が2016年から中国と米国で始まっています。最初の結果が今春には出る予定です。

 がんでは分子標的薬,免疫チェックポイント阻害薬,そして昨年米国で承認されたCAR-T療法など新たな治療法が次々に生まれています。しかしそれでも治らない病気は残っています。新たな可能性としてゲノム編集に大きな期待が寄せられますね。

三谷 2017年には,Sangamo Therapeuticsが患者の肝臓に対して初めて遺伝子ノックインを行いました。従来の遺伝子治療は,治療遺伝子を細胞に導入して過剰発現させる方法が主でしたが,ゲノム編集は染色体上の遺伝子そのものを改変できます。これにより,優性遺伝病も治療可能になるかもしれません。ゲノム編集は非常に可能性がある技術です。効率の向上や対象となる疾患の拡大に向けて,これからもどんどん研究が進んでいくでしょう。

効率,安全の向上が技術課題

 ゲノム編集技術の臨床応用に向け,残されている課題は何でしょうか。

三谷 課題の1つは,効率の向上です。ウイルスベクターを用いた従来の遺伝子治療では,ヒトの造血幹細胞,肝臓,筋肉のほぼ100%の細胞で遺伝子を発現できるレベルに達しています。それが近年の臨床試験での大きな成功の理由です。しかしゲノム編集による遺伝子ノックアウトは,造血幹前駆細胞で90%,肝臓50%,局所の筋肉で10%です[PMID:27733558,26829317]。相同組み換え修復にいたっては,造血幹前駆細胞でよくて25%,肝臓では10%で,筋肉はさらに低いです[PMID:26551060,26829317]。これでは,適用疾患が限られてしまいます。

山本 ウイルスはどの細胞にも感染できる能力を持つため効率がよいですよね。効率を上げる他の方法としては,細胞膜に孔を開ける,細胞膜に近い成分のリポソームに入れて送る,細胞膜を透過しやすい性質のペプチドに付加するなどの手段が試みられています。ただ,ウイルスほどの効率は得られていません。

三谷 従来の遺伝子治療は安定的に遺伝子を発現するためのベクター開発が基本でしたが,ゲノム編集ではオフターゲット作用という特有のリスクがあります。そのため,一過性の発現が望ましい点にも考慮が必要です。

山本 オフターゲット作用は,目的とする遺伝子以外を切断してしまうことで生じる変異のことで,がん化の原因ともなり得ます。

三谷 がんや感染症であればオフターゲット作用のリスクよりも治療によるベネフィットが大きいですが,遺伝病など長期の治療効果を必要とする場合には慎重になるべきです。iPS細胞で修復する方法も,臨床応用を考えるとあまり現実的ではありません。

山本 より特異性が高い安全な技術の開発をめざして多くの研究者が改良に取り組んでいますが,臨床応用の第一段階としては,体外で効率よく改変・増殖させ,体内に戻す方法が現実的です。生体内の治療の場合は,血友病のように一部の細胞で遺伝子が治れば治療効果が得られる疾患であれば有効だと考えられます。

 現在の遺伝子治療で最もよく用いられるアデノウイルスベクターでも,低率ですがゲノム毒性の可能性があります。効率化のためには投与量を増やせばよいというわけではなく,最適化がなされねばなりませんね。リスクの評価にはどのような方法がありますか。

三谷 現在はコンピュータによるオフターゲット部位のシミュレーションが行われていますが,配列の解析だけでは毒性とは関係ない変異も多数検知され,正確な結果が得られません。FDAでは,ヒト造血幹細胞の場合,臨床研究を承認する前に表2のデータを求めています。日本のゲノム編集研究は遺伝子治療的なバックグラウンドが弱いために,「治療効果が得られた」のレベルで止まってしまいがちです。臨床応用に向けては,免疫原性や安全性の検討とともに,従来の遺伝子治療や他の治療との違い,メリット・デメリットを踏まえた研究の展開が必要です。

表2 ヒト造血幹細胞のゲノム編集の臨床試験前にFDAが求めるデータ

臨床研究・治療の指針は?

 従来の遺伝子治療については,各国でガイドラインが作成されています。しかしゲノム編集についての指針は,日本ではまだ示されていません。

三谷 2015年12月に米国科学アカデミーと米国医学アカデミー,英国王立協会,中国科学院が国際ヒトゲノム編集サミットを開催しました。そこで体細胞のゲノム編集は従来の遺伝子治療の指針を踏襲する結論になりました。問題は受精卵や生殖細胞への応用です。

 次世代に伝わる遺伝子改変は慎重であるべきです。技術的な壁もあり,米国ではヒト胚を対象とする研究には公的研究費が出ない状態です。ただ,遺伝病に苦しむ患者さんが多いことも確かです。技術的な壁が解決された時にどう考えるかが課題です。

山本 技術的に問題がなくとも,使用は治療に限定すべきだと思います。

 例えば,作物の品種改良は,変異原性物質により生じた変異から良い形質を選び出す突然変異育種が主な方法です。人為的に高頻度に変異を発生させている点では自然ではありませんが,自然突然変異と同様に,ゲノム全体に対して無作為に変異を入れています。しかしゲノム編集は,狙った特定部位のみを変異させるという強いバイアスがかかります。鎌状赤血球症のように,環境によって有利な遺伝子変異も存在します。現在の環境においては治療が有効でも,環境が変わったときや世代を超えたときの影響はわかりません。

 機能増強(enhancement)に関してはどのようにお考えですか。

山本 使うべきではないと思います。しかし,技術が簡単なだけに,使用させないためにどうすべきかは考えねばなりません。例えば足が速い人や持久力のある人の遺伝的特徴はある程度明らかになっています。遺伝子ドーピングの将来的な可能性は否定できません。海外ではすでに,足の速いイヌやCCR5を破壊したヒト受精卵の基礎研究など多数の事例が報告されています。

三谷 米国では,CRISPR-Cas9を用いた遺伝子ノックアウトによって筋肉増強できるとした注射薬が昨年インターネット上で販売され大問題になりましたね。機能増強は遺伝子治療の広すぎる適用として昔から問題にされてきました。前述のサミットのレポートでは,機能増強だけで1つの章になっています。日本でも議論に備える必要があります。

山本 大腸菌などを用いた遺伝子組み換えはカルタヘナ法により規制されています。しかしゲノム編集ではそうした組み換え生物を使わない改変が可能になってきています。試薬メーカーによるゲノム編集酵素販売・購入の規制はできるかもしれませんが,流出の可能性もあります。誰でも,どの生物にでも使える技術だからこそ,無差別に使われることの危険性は危惧するところです。

 臨床研究については厚労省が,ゲノム編集も「遺伝子治療等臨床研究の指針」の適用範囲とする方針を昨年4月に出しました。現在,山口照英先生(日薬大薬学部客員教授)を座長に見直しが進められています。パブリックコメント募集中(2018年2月6日~3月7日)ですので,ぜひご覧になり,ご意見いただければと思います。

(了)


たに・けんざぶろう氏
1979年山口大医学部卒。横須賀米海軍病院勤務,米シティオブホープ医学研究所留学,東大医科研助教授,九大生体防御医学研究所教授・所長を経て,2015年より現職。九大名誉教授。主に悪性腫瘍に対する新現免疫療法・腫瘍溶解ウイルス療法の開発を行っている。厚労省「遺伝治療等臨床研究に関する指針の見直しに関する専門委員会」委員。

みたに・こうのすけ氏
1984年東大医学部保健学科卒,89年同大大学院医学系研究科保健学専門博士課程修了。米ベイラー医大ハワードヒューズ医学研究所リサーチアソシエイト,東大医学部疾患遺伝子制御講座助手,米カリフォルニア大ロサンゼルス校医学部微生物学免疫学講座Assistant Professorなどを経て,2007年より現職。日本遺伝子細胞治療学会理事。

やまもと・たかし氏
1989年広島大理学部卒。92年同大大学院理学研究科動物学専攻博士課程中退。熊本大理学部助手,広島大大学院理学研究科助教授などを経て,2004年より現職。鳥取大,熊本大客員教授併任。16年4月に日本ゲノム編集学会を設立,同会長。日本分子生物学会理事。編著に『ゲノム編集入門――ZFN・TALEN・CRISPR-Cas9』(裳華房)。

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