医学界新聞

対談・座談会

2018.02.05



【座談会】

ICUから始める「長期予後」改善
包括的なPICS対策を

藤谷 茂樹氏(聖マリアンナ医科大学 救急医学教授)
森安 恵実氏(北里大学病院RST/RRT室 集中ケア認定看護師)
井上 茂亮氏(東海大学医学部付属八王子病院 救急センター長/准教授)=司会
堀部 達也氏(東京女子医科大学 リハビリテーション部主任/理学療法士)


 2018年度診療報酬改定ではICUでの多職種による早期離床の取り組みが評価される見込みだ。ICU入室により運動機能・認知機能・精神に障害が生じ,ICU退室後も長期間にわたり罹患前のQOLに戻れない患者は多い。PICS(集中治療後症候群:MEMO)と呼ばれるこの問題を医療者はどう解決すべきか。

 本紙ではPICSの現状と対策を明らかにすべく,医師,看護師,理学療法士による座談会を企画。議論からはPICSが高率に発生している現状と,多職種による包括的な対策の重要性が明らかになった。

MEMO PICS(Post Intensive Care Syndrome;集中治療後症候群)

 2010年,米国集中治療医学会にてDale Needham氏(米ジョンス・ホプキンス大)を中心に提唱された概念。重症敗血症や急性呼吸窮迫症候群などの急性重症病態から回復した後の患者に発症・増悪する運動機能障害(ICU-AW;ICU-acquired weaknessなど)・精神障害・認知機能障害を指すPICSと,家族に生じる精神障害のPICS-F(family)がある。PICSに含まれる代表的な障害は歩行能力低下,せん妄,PTSDなどであり,これらの疾患を未然に防ぐことに重点が置かれる。予防法は現在,対策の頭文字を取ったABCDEFGHバンドル(表2)が有効とされる。国内では2016年,『日本版敗血症診療ガイドライン2016』にガイドラインとして世界に先駆けてPICSとICU-AWが盛り込まれたことが話題となった。


井上 米国の調査によれば,ICUを退室した患者は6か月後,3分の1が亡くなり,3分の1はADLに障害がある不自由な状態で生活しています1)。これにはPICSと呼ばれる病態が深くかかわっています。そこで今,集中治療後の長期予後を改善するため,PICS対策の重要性が世界中で認識され始めています。藤谷先生,PICSとは何かを教えてください。

藤谷 PICSは集中治療後の患者さんに運動機能障害(ICU-AW),精神障害,認知機能障害を引き起こす病態の総称で,ICU退室後の死亡率上昇やQOL低下につながる症候群です。また,患者さんの家族が発症する精神障害,PICS-Fも看過できません。患者さんのICU入室を引き金に家族がうつ病,不安障害,複雑性悲嘆やPTSDを発症することも多く,家族にも医療者の適切な介入が求められています()。

 PICSの概念
家族が発症するPICS-Fも見逃せない。

井上 日本でのPICSの周知,予防はまだ道半ばです。日本でPICS予防をどう進めていくべきでしょうか。今日はPICS予防に欠かせない多職種の視点から,日本の医療現場におけるPICSの現状と対策を話し合いたいと思います。

集中治療のパラダイムシフト

井上 PICSの概念が提唱された2010年,集中治療のパラダイムシフトを直感しました。当時,重症敗血症の患者さんを救命し,転院にこぎつけたのですが,1か月もたたず転院先にて亡くなった経験をしたのです。

 集中治療医になった頃,私は患者さんを救命し,昇圧薬や人工呼吸器による管理から離脱させることが役割だと考えていました。かつてはそれで良かったのでしょうが,今,救命だけでなく長期予後の改善までが集中治療の守備範囲だと考えるようになりました。

 森安さん,PICSの概念を知った時,ICU看護師として何を思いましたか。

森安 ICU関係者が,患者さんの転院・退院後の生活までを考える時代になったと感じました。ICU看護師もこれまでは救命第一で,患者さんを一般病棟へ転棟させることが目標でした。だから私もPICSを知り,ICUに長期予後の視点が求められるようになったことには衝撃を受けました。

井上 堀部さん,18年間にわたるICU理学療法士の経験を踏まえ,現場の変化はどうですか。

堀部 ICU生存率の劇的な向上の一方,QOLの低下という課題に私も長く直面していました。PICSが提唱される2010年以前は,救命できても身体機能低下による長期入院,気管切開状態での退院症例も少なからずありました。PICS対策として早期リハに取り組み始めて長期予後が大きく改善したことに驚いています。

井上 PICS予防を実践している現場はまさにパラダイムシフトを実感しています。この変化の土台は治療の大きな進歩だけでなく,社会的な要因もありますよね。

藤谷 はい。人口構造の変化などがその代表的なものです(表1)。ICU入室患者に占める65歳以上の高齢者の割合は年々増加し,現在は約6割です。ICU入室で高齢者は運動機能,精神機能,認知機能が低下しやすいため,患者さんの機能低下予防と,低下した機能の早期回復が集中治療に求められるようになってきたのです。また,近年は政策的に急性期病院の在院日数短縮が求められています。退院可能な状態まで早期に治療する必要があり,その観点からも,ICU入室時からの長期にわたるPICS予防が重要です。

表1 PICSが課題となる背景の例

PICSは高率に発生している

井上 PICS研究が徐々に進んできたことも注目が高まってきた要因の一つです。PICSの3病態である運動機能障害,精神障害,認知機能障害について研究の現状を教えてください。

堀部 数年継続する運動機能障害(ICU-AW)は,4日以上の人工呼吸器管理の敗血症患者で25~80%に生じるとされています2)。リスク因子の研究も進んでおり,患者年齢が高く,ICUでの床上安静期が長いほど起こりやすいです3)。治療では気道挿管から72時間以内の早期リハ,電気筋刺激,サイクルエルゴメーターを用いた動作訓練の有効性を示唆するデータも出ています。

井上 こういった介入試験に対して,『日本版敗血症診療ガイドライン2016』のPICS/ICU-AWの項目作成時にはメタ解析を行いました。その結果,現在のところ電気筋刺激はデータ不足で要検討ですが,早期リハは敗血症あるいは集中治療患者において「弱く推奨」しています。ICU入室後7日以内のリハ開始でICU-AW発生率は低下します。

 精神障害では,うつ病が8~57%,PTSDが10~50%生じ,場合によっては長期継続すると報告され,認知機能障害もICU退室後の患者に30~80%と高率で発生するとされています2)。せん妄も発生している状況ですが,予防に関してはいかがでしょう。

森安 ICUでの環境を日常生活に近づける努力と鎮静のコントロールが重要だとされ,毎日の覚醒リズムの管理や早期の人工呼吸器離脱も有用です。

 患者の家族に目を向ければ,PICS-Fが8~42%程度に発生しています。家族には悲しみだけでなく,治療方針決定や治療中止の意思決定の代理など大きなストレスがかかります。米国では家族の3分の1が何らかの精神疾患で服薬する状況になっているようです2)

井上 PICSやPICS-FはQOLの大幅な低下につながる重大な疾患であり,発生率も高いのが現状だとわかります。さらなるエビデンス創出が待ち望まれますね。

堀部 はい,運動機能障害ではリハ内容の個別化が課題です。ICU入室前でのフレイルの早期発見や,適時のリハなどによる資源配分と介入が重要だと言われていますが,実施頻度,期間に関するエビデンスは質・量ともに不十分です。

 そもそもPICSは研究を実施する段階の課題もあります。運動機能障害に限らず,PICSへの介入研究は長期の多施設共同研究になりますので,体制作りと方法の統一が難しいのです。

森安 集中治療後は患者さんが施設を移ることがほとんどで,今の日本の体制では地域の実情をつかむことさえ困難な場合が多いですからね。

堀部 はい。PICS提唱者のDale Needham氏は研究を進めるに当たり,周辺施設との連携構築から始めたと話していました。米国では研究者間で臨床評価方法の統一が図られつつあります。日本でも良質の研究を進めるには,今後このような議論も必要です。

藤谷 そうですね。日本集中治療医学会でもデータベース構築に力を入れています。ICUにおけるビッグデータ活用が進めば,近隣施設でプロトコルを組み,基礎疾患の情報やICU退室後の経過の確認もできるようになります。データ登録・整備が進み,PICSへの介入成果...

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