エンドオブライフ・ケアへの挑戦(木澤義之,山本亮,浜野淳)
対談・座談会
2018.01.15
【座談会】プライマリ・ケア医に期待されるエンドオブライフ・ケアへの挑戦 | |
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緩和ケアの進歩とともに,エンドオブライフ・ケア(EOLケア)への関心が高まっている。EOLケアは,「死が避けることができないものとなり,予想される生命予後が限られたときに行われるケアを指す。また,最後の12か月を表現するものとして使用される」と定義される(豪州緩和ケア協会)。命の終わりにある患者とその家族に対し,どのような治療・ケア・支援を実践すればよいのか。地域の第一線に立つプライマリ・ケア医にはEOLケアの担い手としての活躍が期待される。
『いのちの終わりにどうかかわるか』(医学書院)を編集した三氏による座談会では,プライマリ・ケア医によるEOLケア実践に向けた教育の在り方から,死に対する国民啓発の必要性まで幅広く議論された。
木澤 緩和ケア医のお二人は,診療所に勤務した経験をお持ちです。プライマリ・ケアの現場から,日本の緩和ケアの現状はどう映りましたか。
浜野 緩和ケア病棟での研修で得た知識だけでは到底対処しきれないと感じました。日本の緩和ケアは,緩和ケア病棟で行うがん緩和ケアの枠組みから出発しています。私もそこで研修を受け,緩和ケアの世界に進みました。しかし,いざ地域の診療所に出ると,がん以外の多くの疾患で緩和ケアが必要とされていたのです。
木澤 病院で習得する緩和ケアと,プライマリ・ケア領域で必要とされる緩和ケアにギャップがありそうですね。
山本 日本では近年,「がん患者の早期からの緩和ケア」が強調され,がんの,特に治療期の緩和ケアに注目が集まる傾向があるからではないでしょうか。身体的・心理社会的苦痛を和らげる緩和ケアと,生命予後の限られた患者に対して行うEOLケアは,本来密接にかかわり合うものです。ところが,病院では治療期以外の患者のケアを行うことが難しいため,緩和ケアの継続性を担保できず,診療所や在宅で診る患者には緩和ケアを十分に提供できていない面があると感じます。
浜野 医療者は本来,「人は,いずれ亡くなる存在」として接しなければなりません。しかし病院では,最期を見据えた支援までできないことが多くあります。一方で,診療所や在宅診療では,患者を取り巻く家族の価値観や生活環境を理解しながら長期間かかわることになります。プライマリ・ケア領域こそ,患者の状況に応じたEOLケアの取り組みが必要だと思うのです。
木澤 緩和ケアはスキルとしての症状緩和に限るのではなく,亡くなる過程を診ることまでをも含みます。その実践には今後,病院だけで緩和ケアを強化・推進するのではなく,診療所や在宅などにおいても質の高い緩和ケアが提供できるように整備する必要がありそうです。緩和ケア医だけがカバーするには限界がありますから,地域の第一線で活躍するプライマリ・ケア医にはEOLケアの担い手として,その必要性を見極める力と質の高い緩和ケアの提供が求められます。
治療を“やめる”選択肢を持つ
木澤 次に,プライマリ・ケア医がEOLケアを行う上で,どんな難しさがあるかお聞きします。
山本 非がん疾患はがんに比べ,EOLケアの話を切り出しにくい点です。
木澤 それはなぜでしょう。
山本 非がんにかかわる期間は長期にわたるからです。当院の在宅診療で診ている患者のうち,がん患者の平均診療日数は約30日。それに対し,非がん疾患の患者は約580日にも上ります。
木澤 1年以上ですか。入退院も繰り返すわけで,継続的な緩和ケアを提供しにくい面もありますね。
山本 それに加え,非がん疾患には予後予測の困難さもあります。特に高齢患者を診ていると,「たぶん良くならない」「でももしかしたら良くなるかも」と医療者の判断も揺れます。「良くなって当たり前」と考える患者・家族も多いため,EOLケアを始めるのは簡単ではありません。
木澤 経験を積めばできるようになるものなのでしょうか。
山本 はい。ただ,患者からの潜在的なニーズに対し,経験を積む機会があまり多くないのが実情です。
木澤 診療所で経験するEOLケアの割合は,感覚的にどの程度でしたか?
山本 在宅診療で診る患者さんの1割強でしょうか。
浜野 外来ですと,気になる方が50人に1人いるか,いないかです。
木澤 担い手として期待される医師がいても,EOLケアに関心を持つチャンスは多くなさそうです。医師が死から遠ざかっている状況が,緩和ケアとの距離を生んでいるのではないでしょうか。
山本 そうですね。2年間の初期研修で看取りを経験する機会は,数えるほどしかないのが現状だと思います。
浜野 確かに,チーム担当制の場合,オンコールで呼ばれない限り亡くなる場に立ち会う機会は限られます。まして,初期研修が行われることの多い急性期病院では,亡くなる前の1週間にかかわることは少ないですね。独り立ちしても,亡くなりそうな人を前に本当に最期を迎えるかの判断ができず,本人や家族に何を話せばよいかもわからずに戸惑ってしまうでしょう。
私も終末期を診る機会は初期研修中わずかでした。1年目に緩和ケア病棟を回った際は,患者さんにどのように接してよいかわからない不安や,重苦しい雰囲気から患者さんの部屋に入れず,「緩和ケアは自分には無理」と思ったほどです。
木澤 どのように乗り越えたのですか。
浜野 亡くなる人に向き合う中で,医師にできること,例えば,しっかりと話を聞き,患者・家族の気持ちを引き出すことなどを,後期研修で指導医から学んだことです。その結果,死を前にした人に対する無力感から脱することができたと思います。
木澤 潜在的バリアを破ったのですね。
山本 医師は治療上「何かをする」トレーニングは受けても,「やらない」と選択する術は学んできていません。
木澤 つい,「これ以上,治療しなくて本当にいいの?」と考えてしまう。
山本 ええ。そのバリアが,EOLケアや看取りへと向かわせるのを妨げているように思うのです。
最近私は,がん性腹膜炎で浮腫もある患者さんにかかわりました。最期も近いと判断し,「点滴はもうやめましょう」と家族と話し合って輸液を中止した結果,苦しむことなく最期を迎えました。
浜野 経験があるかないかの違いなんですよね。「輸液をやめていいのか」と抵抗がありますが,腫瘍内科医や緩和ケア医と共に経験を積めば,その壁も乗り越えられると思うのです。
山本 もし終末期にある自分の家族が,望まない治療を次々に受けている姿を見たらどう思うか。治療に当たる医師も自分のこととして目の前の患者に向き合う姿勢が大事になります。
木澤 亡くなるまでの過程は,“喪失しながら生きること”。そう私は位置付けています。終末期を迎えた患者に対し医師は,治療の“引き算”を上手に行いながら患者と付き合っていくことが求められます。その理解と姿勢がEOLケアには...
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