新春随想(遠藤久夫,森臨太郎,福井トシ子,筒井孝子,福嶌教偉,高橋哲也,粂和彦,越智隆弘,吉岡成人,笹原英司,片岡仁美,中澤篤志,金子聰,大野博司)
2018.01.01
2018年
新春随想
都道府県を主体に進む,地域に合わせた医療政策
遠藤 久夫(国立社会保障・人口問題研究所所長) 2018年度は医療政策において都道府県の役割が格段に拡大する一年である。国民健康保険の安定的な運営を確保するため,市町村に代わり都道府県がその財政運営の責任主体となる。これまでの機能の一部は市町村に残るが,都道府県は市町村ごとの納付金の決定など重要な役割を担うことになる。
2018年度から始まる第7次医療計画では地域医療構想が盛り込まれた。地域医療構想とは地域ごとに予想される医療需要に合わせて,機能別に病床数を再編するものである。大都市を中心に後期高齢者が急増する一方で,地方は人口減少が進むという予測が背景にある。病床数の再編は関係者の話し合いによって進めるのが基本だが,都道府県は議論の場を提供し音頭を取るという重要な役回りを果たさねばならない。
地域医療構想は在宅医療提供体制の数値目標も示しており,介護との連携も重要となる。2018年度には新しい医療計画と介護保険事業計画が同時にスタートする。これらの計画の整合性を確保するため,都道府県による協議の場の設置が求められている。
都道府県が行ってきた医療費適正化計画においては,2018年度から糖尿病の重症化予防,後発医薬品の使用促進等の新しい項目が追加されバージョンアップし,さらに保険者としての都道府県のガバナンス強化も求められている。また,医療費適正化の一環として,都道府県の特定地域に全国とは別の診療報酬を設定することができる高確法(高齢者の医療の確保に関する法律)第14条の運用についても関係審議会の俎上(そじょう)に乗っている。
2018年度から新専門医制度が開始する。それに伴って医師の地域偏在が現在以上に進まないよう,各都道府県に協議会が設置された。協議会は,地域偏在に関して日本専門医機構や学会に改善要求ができる。
基本方針は国が定め,都道府県が地域事情に合わせて実行する。高齢化や人口の見通しが地域ごとに異なり,また医療資源や医療費に地域差がある現状では,このような方針は基本的に正しい。都道府県の中には戸惑いも見られるが,今後,医療政策のプレーヤーとして存在感を増していくのは間違いない。このことは医療関連団体にとっても大きな環境変化だと言える。
「持続可能な社会」の医療
森 臨太郎(国立成育医療研究センター政策科学研究部部長・臨床疫学部部長/コクランジャパン代表) 成熟しつつある日本の社会全体の持続可能性を考慮し,その中に医療制度を位置付けると,社会のみならず医療においても価値観の転換が迫られていることを実感する。持続可能な医療制度に関連する議論の多くは,いかに医療費の無駄を減らすか,自己負担額を増やすかに終始しているように見える。確かに,医療そのものの無駄を減らすことで効率を最大限まで高め,自己負担額や保険料の見直しにより財政規律を高めることは,目の前の問題を解決するには重要で,喫緊の課題であることは十分に認識できる事実である。
ただ,それだけで持続可能な社会の医療制度が実現するのかというと,全く心もとない。医療もその周辺にある経済活動や研究活動と無縁ではない。人口減少は医療従事者のなり手の減少でもある。次々と新しい医療技術が開発され応用可能になる。一般的な経済活動では,新しい技術が開発されると旧来の技術は安価になり,高度技術者の手から離れていくが,医療分野においてこの動きは鈍い。また,多くの経済活動は,その需要や市場を開拓し広げていく傾向にある。地球全体の資源に向き合い,社会全体の持続可能性を考慮したとき,新しい時代の医療はその価値観の変容も求められていることがわかる。
医療本来の目的とは何だろうか。死亡を防ぎ寿命を延ばすことから,生活の質を向上することに転換してきたが,その先にはより主観的な幸福や人生の充実を求めるのであろうか。程よいレベルの医療を確保しながら,全体の価値に衝突しない程度に,主観的価値観を妨げない医療制度をめざすのであろうか。
このように考えると,国内の医療制度の細やかな調整とともに,おそらくグローバルレベルで進む商業主義的医療活動が,医療の目的に適正に資するように,グローバルレベルでのルール作りの重要性がますます高まっていくように思う。医療の効率を高める意味でも,医療の目的に基づいて整理をする意味でも,グローバルのルール作りという点においても,コクランのような活動が重要視されてくるように思う。
人生100年時代の看護に必要な人材育成
福井 トシ子(公益社団法人日本看護協会会長) 人生100年時代。激変する社会の中で,看護職の人材育成はどこに焦点を絞るべきか,職能団体としての大きな課題です。昨今は入院準備の段階から退院時を考え,在宅での生活を想定してケアを組み立てていきます。全ての看護職に「ニーズをとらえる力」,「ケアする力」,「協働する力」,「意思決定を支える力」が必要です(看護師のクリニカルラダー・日本看護協会版)。2015年10月1日には「特定行為に係る看護師の研修制度」が施行されました。
「表参道次郎さん,78歳,脳梗塞の既往・糖尿病・認知機能低下あり,麻痺のためやや嚥下困難,妻と2人暮らし,時々脱水で入院するがほぼ在宅。退院時,ヘルパーの作る食事の味が薄いと苦情。初回デイサービスにはどうにか行くことができた。3か月後の孫の結婚式には出たい」
このような複雑な状況にある表参道次郎さんに最適な看護を提供するためには,彼の価値観を尊重しながらケアの優先順位を考え,看護の提供方法を判断し,彼を支える家族へも配慮して,看護を提供する力が必要です。臨床推論とフィジカルアセスメント力,病態生理と薬理学の知識を持ち,水分と栄養管理に関する特定行為のできる看護師なら,表参道次郎さんに最適なケアを行えることでしょう。
本会は本制度を活用し,看護師が専門性をさらに発揮することで少子超高齢社会における国民のニーズに応えるため,本会の認定看護師制度の在り方について検討してきました。特定行為研修を修了した看護師が,国民や医療現場の期待に応え役割を果たしていくためには,充実した研修体制の構築と安全性の担保が不可欠です。本制度創設の趣旨を踏まえて,在宅医療等の推進に向けそれぞれの活動場所で求められる看護師の役割をさらに発揮できる制度にするため,関係団体や関係者のご意見をうかがいながら認定看護師制度の再構築に取り組んでいます。
看護管理者は,「地域でも活躍する看護職を育てる」という将来を見据えた決断に迫られています。例に挙げた表参道次郎さんにも,そのご家族にも,納得のケアが提供できる人材育成に一緒に取り組みましょう。
新たなヘルスケア政策におけるディープデータ活用への期待
筒井 孝子(兵庫県立大学大学院経営研究科教授) ケアする者とされる者とをつなぐのは,相互の関心である。この関心のありようは,いわゆる「助け合い」や「思いやり」だけでなく,「いがみあう」,また関心が薄れて「互いに知らないふりをする」といった多様な形態がある。われわれの日常は,これらの混合形態により成立している。
人は,こういった負の関心への手当てとして,多様な社会制度を創造してきた。つまり,制度は個人の善意の所産ではなく,非本来的な人の在り方に対する社会的補完とも考えられる。新たな社会制度として2000年に創設された介護保険制度は,美徳とされ,ともすれば聖化されがちであった老親扶養にかかわるケアを制度化した。日常性の在り方を振り返れば,一般的とはなり得ない舅や姑の介護を担ってきた嫁役割の代替,補完としてのケアが制度化され,すでに18年が経過した。
一方,1961年から半世紀を超えて国民の医療を支えてきた医療保険制度の下で,医療技術は進展し,患者は状況によっては関心の対象としてではなく,匿名化された治療や処置情報を持つビッグデータの一部として認識されるようになった。このため,これらのデータをもとに制度化されるケアには,本来の意味でのケアの本質を失う可能性がつきまとう。なぜなら,他者の不安に正面から向き合い,良心の声に耳を傾ける臨床現場のプロセスが,これらデータには含まれていないからである。
このプロセスは,生産過程やサービス提供に関する深い知識を内包した「ディープデータ」によって示される。さらに,このデータは,消費行動に付随するビッグデータとは区別され,新たな産業を生み出すものとして期待されている。
医療・看護の臨床現場には,すでに「重症度,医療・看護必要度」の評価を通じて,現場で膨大なディープデータが蓄積されている。今後,ケアの制度化に当たっては,こうしたデータを活用して,本来のケアのあるべき姿として「ケアする側の気遣いと寛容」,そして「ケアされる側の自律」という,新たな時代にふさわしい姿がめざされることを期待している。
日本の心臓移植をめぐる50年
福嶌 教偉(国立循環器病研究センター移植医療部部長) 日本初の心臓移植は,50年前の1968年,札幌医大の和田寿郎教授によって行われた。成果はメディアで大きく報道されたが,患者が死亡した途端,記事は批判一色となった。それは,私が小学6年生の夏休みの出来事だった。心臓を置換できることへの感動と,メディアの豹変ぶりに驚いた。それ以上に,亡くなった人から臓器をもらうことに抵抗感を覚え,心臓を創ろうと思って医学の道に進むことを決心した。
紆余曲折を経て外科医になったが,小児心臓外科の研修中の1984年,いくら頑張っても救命できない心臓病の子どもを目の当たりにした。その時に,米国のベイリー教授が新生児心臓移植に成功したことを知り,心臓を創っている場合ではないと考え,心臓移植の道に進んだ。大阪大で心臓移植の体制整備を行っていた時に,臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)ができた。法制定まで心臓移植ができなくなったので,1991年にベイリー教授のもとに行き,小児心臓移植の臨床研修と,ブタからヒトへの異種心臓移植の実験を行った。
帰国後の1997年に臓器移植法が施行され,脳死臓器提供には生前の書面による意思表示が必須となり,小さな子どもの心臓移植の道が絶たれてしまった。私は国民の脳死と臓器移植への理解がまだないことを痛感し,正当な手続きのもとで成人心臓移植を成功させ,国民の理解を得ることに努めることにした。
1999年に心臓移植が再開され,私は心臓の摘出を担当したが,摘出医の私を批判する手紙がたくさん来た。患者の退院まで75日間毎日記者会見を行い,事実を公表した。その後の臓器提供は伸び悩み,2003年は心臓移植が皆無だったので,国会への法改正の陳情活動を開始した。
2010年,改正法が施行され,23人の子どもが心臓移植を受けることができた。その内容を2017年の国際心肺移植学会で公表した際,欧米の小児心臓移植医たちから,「ようやく仲間入りしたね」と言われたと同時に,「もっと頑張って,子どもを海外に送らないようにしてね」とも言われた。
現在では心臓の摘出医に批判の手紙もなく,報道も減った。一見定着したように見えるが,移植希望数はドナーの数より圧倒的に多い。また,ドナーの家族が,提供の事実を普通に話すことができない状況であり,課題は残されている。これからも,ドナーと家族に敬意を払えるような移植医療の普及に尽力したい。
理学療法をさらに前に
高橋 哲也(東京工科大学医療保健学部理学療法学科長/日本理学療法士協会常務理事) 気付けば理学療法人生の3分の2が過ぎようとしている。「あっという間だった」というのが率直な感想である。多くの先輩に恵まれてこれまでさまざまな仕事をさせていただいた。いつの間にか「若いから」という言葉は通じない歳になったとあらためて思う。
2018年,理学療法卒前教育はこれまでで最も重要な局面に差し掛かったと言っても過言ではない。昨年6月から厚労省の「理学療法士・作業療法士学校養成施設カリキュラム等改善検討会」で新しい指定規則が議論されている。1999年のカリキュラムの大綱化以来の改正で,予防理学療法学,理学療法管理学,臨床薬学,栄養学,地域包括マネジメント論など多岐にわたる学修の必要性が指摘されている。これらは,日本に理学療法士が誕生して50年が過ぎ,理学療法士の社会的役割が拡大している表れでもある。
日本の理学療法士の養成数は,社会の要請に基づき,指数関数的に増加してきた。しかし,医学教育のような卒前と卒後の接続可能な臨床教育システムは皆無でありながら,臨床実習を理学療法卒前教育の集大成と位置付け,いわば臨床実習先に丸投げしてきた。その結果,大きなゆがみが生じ,理学療法士の質の低下や教育の不整合の一部が国会でも取り上げられる社会問題となった。
今回,臨床実習指導者に一定の研修を課すなどが議論されているが,理学療法卒前教育の不備が臨床実習指導者要件の見直しの議論にすり替わっているようにも思える。通過儀礼化している臨床実習を見直すためにも養成校と臨床実習先との密接な連携の義務化に加えて,臨床実習教育への教員の積極参加を義務化するなど,教育側の身を切る改革が行われずには,理学療法士の量の調整や質のコントロールの達成は困難を極めるであろう。
理学療法士の需給関係は飽和状態が近いと言われ,SNS上では理学療法士の将来に対する不安をあおる投稿も目にすることが多くなった。不安をあおるくらいなら対象者に愚直に向き合い,世界の中でも超高齢社会を先導する日本国民を対象者にした科学的な成果を計画的に示す具体的な行動をしたい。久しく語られ続けた「べき論」を封印し,理学療法の大規模臨床研究が日本理学療法士協会主導で行われる予定である。
2018年は個人的にも大きな節目の年になる。日本で心臓リハビリテーションが保険適用になって30年を迎える今年,私が医師以外で初めて日本心臓リハビリテーション学会学術集会の大会長を務める。理学療法士を...
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