いま取り組むべき3つの課題(鎌田真由美,奥野恭史,加藤和人,小杉眞司)
寄稿
2018.01.01
【寄稿】
いま取り組むべき3つの課題
ゲノム医療の実用化が進む中,いくつかの課題も見えてきた。臨床的解釈の迅速化,倫理・社会面の教育,人材育成──各課題解決に向けた取り組みの現状を紹介する。日本人のためのゲノム医療用AI,2018年度中に試行開始
鎌田 真由美(京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 ビッグデータ医科学分野准教授)
奥野 恭史(京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 ビッグデータ医科学分野教授)
膨大な知識と時間を要する臨床的解釈,正確・迅速に行うには?
ゲノム医療のボトルネックは,臨床ゲノムデータ(臨床情報が付帯したゲノムデータ)の共有と,患者のゲノム情報(変異や多型など)の臨床的解釈であろう。F. E. DeweyらおよびA. M. Wengerらによると,専門家でも1つの変異のキュレーションに約1時間,エクソームデータの臨床的評価には20~40時間が必要だという。ゲノム医療が実臨床に適用されつつある今,解釈をいかに正確かつ迅速に行えるかが,重要な課題となっている。その一助となるのが,AI技術である。
ゲノム医療でAIといえば,IBMのWatson for Genomics(WfG)をイメージされる方が多いだろう。WfGは,体細胞変異に対するスコア付けと既知情報に基づく治療法の同定により,潜在的な標的と治療法の効率的な探索を可能にする。2017年には,人が160時間かけて出した結論と同様の結果をWfGが10分で作成したとのK. O. Wrzeszczynskiらによる報告もあった。
近年急速に広がり注目を集めるAI技術は「深層学習」によるものである。医療では画像解析における深層学習の活躍が目覚ましく,専門医の精度と同等以上の病理画像判別が可能になるなど,A. Estevaらの報告をはじめ多くの成功報告がなされている。
しかし,病理画像に比べ,ゲノム医療におけるAIの活用はまだ発展途上である。この要因は何か。遺伝的背景を考慮したデータの不足と,複雑なゲノム多様性を説明するための臨床情報を含めた表現型の不足が挙げられる。
ゲノム医療におけるAI活用には,日本人データの集積が必須
AIは,大量の既知データを与えることにより,データの潜在的なパターンを抽出し,新規の入力に対して推定を行う。既知データは,例えば米国ClinVarなどの公的データベース,そして大量の論文等に対する自然言語解析により取得できる。しかし,知識源の大多数が欧米人に由来する情報であれば,遺伝的背景の異なる日本人にそのまま適用しても,AIの威力は発揮されない。日本の医療現場で用いる医療機器やデータベースの多くは海外製だが,ゲノム医療でそれは通用しない。日本人のためのゲノム医療を実現するには,国内の医療機関・研究機関で取得される臨床ゲノム情報を集約し,それを知識源として取り入れたAIを独自に開発する以外に道はない。現在,臨床ゲノム情報統合データベース整備事業により,日本人における疾患関連性ゲノム変異・多型の集積が進められている。われわれは同事業において集積される臨床ゲノム情報を登録するデータベース(MGeND)を開発するとともに,日本人集団での変異や多型の臨床的解釈が可能な国産AIシステムの開発を進めている。2017年12月にMGeNDを運用開始し,18年度中に国産の臨床ゲノム医療用AIの試行運用を開始する予定である。
かまだ・まゆみ氏
2008年奈良女子大理学部情報科学科卒,10年同大大学院人間文化研究科情報科学専攻修了。情報学博士。17年より現職。主な研究テーマはクリニカルバイオインフォマティクス(ゲノム医科学・医療ビッグデータ解析)。
おくの・やすし
1993年京大薬学部製薬化学科卒,95年同大大学院薬学研究科修士課程薬品作用制御システム専攻修了。薬学博士。2016年より現職。スーパーコンピュータを用いた創薬シミュレーション・ビッグデータ創薬や,実臨床データを用いた医療ビッグデータ解析・医療シミュレーションに取り組む。
全ての医療者がただちに,倫理的・社会的課題を学ぶべき
加藤 和人(大阪大学大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学教授)
専門家だけでは対応しきれない
ゲノム医療を,真の意味で,病気で苦しむ方々に役立つものにするためには,技術面での対応に加え,倫理的・社会的課題の検討と対応が欠かせない。
ゲノム医療における検査結果は他の医学的検査とは異なり,未発症疾患の将来の発症可能性や血縁者の医学的情報を明らかにする。また,多数の遺伝子を同時解析した場合,当初の対象疾患だけでなく,別の疾患にかかわる遺伝子が二次的・偶発的に見つかる可能性もある。例えば,消化器がん患者のゲノム解析でHBOCの遺伝子変異が見つかった場合,どうすべきだろうか。結果を機械的に伝えるだけでは患者の利益にならない。開示・不開示についての本人の希望,伝える際の医学的・心理的ケア,家族への影響など,多くの点を検討すべきだ。検査を受ける患者には,ゲノム医療の特性を踏まえ,検査前および検査後に十分な説明がなされる必要がある。ところが,そのための人材配置は十分ではない。学会が養成してきた認定遺伝カウンセラーだけでは,まもなく国内で本格的に開始するがんゲノム医療に対応しきれない可能性がある。ゲノム医学や遺伝医学などを専門としない臨床医や医療職がゲノム医療に対応する必要があるということだ。難病でも多様な診療科で対応する状況が増えるだろう。学生から現役まで全ての医療関係者を対象に,ただちに,ゲノム医療と倫理的課題,および患者対応の具体的留意点を学ぶ機会を増やすべきだ。例えば日本医師会が2016年に公表した「かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査,遺伝学的検査Q&A」には基本的情報が書かれており,活用が期待される。
データの保護と共有,患者への恩恵を最大にするには?
ゲノムデータは個人に特有であり,2017年施行の改正個人情報保護法では「個人識別符号」という新しいカテゴリーに分類された。医療や研究現場では適切な対応が求められる。一方,ゲノムデータは機関や国を越えて共有することで治療や研究が効果的に進む場合が多い。特に希少疾患のように各国に少数しかいない患者のデータ共有は必須と言える。筆者もかかわるGlobal Alliance for Genomics and Health(GA4GH)をはじめ,欧米ではグローバルなデータ共有が活発で,多くの患者がそれを望んでいる。日本ではAMEDがデータ共有を重視しているが,現場の対応は十分とは言えない。いかにして,データを保護しつつ共有し,患者への恩恵を最大にするか。日本が早急に取り組むべき課題である。
かとう・かずと
1984年京大理学部卒,89年同大大学院理学研究科博士課程生物物理学専攻修了。理学博士。2012年より現職。内閣府総合科学技術・イノベーション会議生命倫理専門調査会専門委員,ICGC(国際がんゲノムコンソーシアム)Ethics and Governance Committee memberなど役職多数。
遺伝カウンセリングを担う専門職の育成と一般診療医の理解が必要
小杉 眞司(京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 医療倫理学・遺伝医療学教授)
ニーズ高まる一方,教員が不足
ゲノム医療の専門家の人材育成として,医師を対象とした臨床遺伝専門医制度と,医師以外を対象とした認定遺伝カウンセラー制度がある。1997~2003年度の厚生労働科学研究によって精密な制度設計がなされ,2017年12月現在,臨床遺伝専門医1326人,認定遺伝カウンセラー228人が認定されている。認定遺伝カウンセラーは,高度専門職として国民から信頼される人材とするため,北米の制度をもとに修士課程での教育を基本としており,臨床遺伝専門医と知識レベルでは同程度,技術レベル・態度レベルではそれを上回るものを求めている。養成専門課程修了後,筆記および実技の認定試験を経て認定される。
ゲノム医療の急速な進展により専門家のニーズが急速に高まっているが,認定遺伝カウンセラー養成にはマンツーマンの指導が必要であり,一度に多数を養成できない。一養成校での養成数には限度があるため,養成校の増加が必要だが,そのためには指導できる教員が不可欠である。現在の養成校では他業務との兼務が多く,専任教員の配置が望まれる。
質の高い人材の育成には待遇も課題
養成数を増やすために行った関係者への調査により,そもそも養成校の受験者が多くない,卒後の就職先に責任が持てないため多数を入学させられないなどの課題も明らかとなった。
これには,認定遺伝カウンセラーの待遇が大きく影響している。待遇の問題は,遺伝カウンセリング自体が一般診療となっていないことに最大の原因がある。認定遺伝カウンセラーの適切な雇用に対して病院がコストを負担できるようにするには遺伝カウンセリングの保険収載が不可欠と考える。
ゲノム医療の実用化,国民皆保険下での実施という観点から,患者・家族の遺伝カウンセリングへのアクセスを容易にする必要がある。しかし,性急な粗製乱造は質の低下と国民からの信用失墜を招くもので,決して取ってはいけない方針である。新しい領域の仕事にチャレンジする有能な若者を多く参入させるためには,認定遺伝カウンセラーの国家資格化が求められる。日本はゲノム医療の実現について諸外国より大きく遅れてしまっているが,実力のある認定遺伝カウンセラーが育っているのは明らかであり,活躍できる環境構築に向けて大きくかじを取るべきだろう。それには,一般診療医が遺伝カウンセリングを理解し,必要時に専門家にいつでも紹介できることも重要である。
こすぎ・しんじ
1983年京大医学部卒。神戸市立中央市民病院(当時),井村内科,NIH,京大病院などを経て,2004年より現職。日本遺伝カウンセリング学会理事長,日本遺伝子診療学会理事長。遺伝関連3学会で研修担当委員を兼任しており,遺伝カウンセリングの教育経験に富む。
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