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  • 臨床と研究のデータ蓄積・共有がゲノム医療をさらなる発展へ(中川英刀,豊岡伸一,赤木究,小崎健次郎,池内健,西田奈央,溝上雅史)

医学界新聞

寄稿

2018.01.01



【カラー解説】

臨床と研究のデータ蓄積・共有が
ゲノム医療をさらなる発展へ

中川 英刀(理化学研究所 統合生命医科学研究センター ゲノムシーケンス解析研究チーム チームリーダー)=執筆


 2003年のヒトゲノム計画の完了以降,欧米を中心に,ヒトゲノム多様性のデータ蓄積(30億塩基対からなるヒトゲノム配列の約0.1%は各個人で異なる),NGSの開発,それら大量のデータを解析するための情報解析技術の開発が進められてきた。そして,塩基配列と臨床上の意義付け,さまざまな疾患の分子病態の解明が進み,それに基づく新たな診断法や治療薬が続々と開発されてきている(図1)。

図1 ゲノム医療を取り巻く状況と今後の課題(クリックで拡大)
がんや難病など一部の疾患ではすでに実用化されているゲノム医療。これまで,技術の発展によりヒトゲノムの機能や疾患の分子病態の解明が進み,臨床・研究双方からデータが蓄積され,それを活用した新たな診断法・治療薬が創出されてきた。一層の発展に向けて現在,データ共有の推進,ゲノム医療に携わる人材育成や実施体制の構築が進められている。ゲノム情報をどう取り扱うか,臨床上の意義解釈,費用などを今後議論していく必要があるだろう。

 これらの潮流の結果として今日,世界中でゲノム情報に基づく個別化医療(=ゲノム医療)が,がんと難病・遺伝性疾患の領域を中心に実現している。欧米では,臨床と研究での臨床情報やゲノム情報の蓄積,データの研究者間や医療者間,国内外での共有がすさまじい勢いで進められており(図2),これによりゲノム診断・解釈の精度が向上し,ゲノム医療がさらに発展する正のスパイラルに入りつつある。

図2 米国のゲノムデータベースdatabase of Genotypes and Phenotypes(dbGaP)に登録されたゲノムシークエンス解析アッセイ数の推移
米国のゲノムデータベースdbGaPに登録されてきたターゲット(限定された遺伝子)シーケンス,全エクソンシーケンス,全ゲノムシーケンスのアッセイ数の推移を示している。2017年にこれら約14万人のデータを共有,解析して,ゲノム医療での診断・解釈に有用なデータベース(gnomAD)が公開された。

 日本でもがんと難病についてゲノム医療への展開が始まっている。日本は優れた国民皆保険制度のもと均一な医療を全国民に提供しており,かつ日本人は比較的均一な塩基配列を持つことから,ゲノム解析やその情報に基づく個別化医療を開発し推進していくには適した国であると考える。しかし,ゲノム医療を日本で展開していくには,費用(保険/自費)の問題,遺伝カウンセリングやデータ解析などの人材不足,ゲノム情報の解釈のための日本人のデータ蓄積不足など,さまざまな問題点を解決しなければならない。また,ゲノム情報は,患者本人だけでなく子どもなどの親族にも影響を与えることから,「次世代への医療」とも言える。究極の個人情報として,secondary findings(診断対象以外の疾患リスクなどが見つかること)を含めた個人のゲノム情報とその解釈結果をどのように扱っていくべきか,そして,これらの問題点を日本の医療保険制度の中でどう解決していくべきか,議論が始まったばかりである。

 まずはゲノム医療の現状を俯瞰するため,注目の5分野の最新情報を紹介する。


体細胞変異腫瘍

ゲノム異常に基づいた治療が拡大,さらなるエビデンスと体制整備を

豊岡 伸一(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 呼吸器・乳腺内分泌外科学教授/岡山大学病院呼吸器外科科長)


 新しい技術の登場により網羅的ゲノム解析が身近になった。肺がんではEGFR遺伝子変異,ALK融合遺伝子異常に対する阻害薬が保険収載されており,ゲノム異常に基づいた治療が定着している。しかし,網羅的ゲノム解析で判明するまれな変異に対しては薬効を含め知見が少ない。

 当院では家族性肺がんの家系に対し,NGS解析によりHER2遺伝子に新変異を見いだし,阻害薬が奏功した症例を経験した1)。さらに,肺がんでの経験を他施設と共有したところ,同じ変異を体細胞変異として有する十二指腸乳頭部がんに対し,HER阻害薬による腫瘍縮小効果が他施設で認められた1)。これはゲノム情報と治療効果を含めた臨床情報のデータベースの有用性を示唆している。頻度は低いが,泌尿器がん2),消化器がん3)等でも同様のHER2変異がNGS解析で見つかっており,標準治療ではないHER2阻害薬が「HER2変異がん」に対して奏功した症例も報告されている。

 今後,網羅的ゲノム解析の診療への導入が予想されるが,それは臓器別がん標準治療に加え,ゲノム異常別の治療法確立の必要性を意味する。ゲノム異常に基づいた臨床試験により新しいエビデンスを創出する体制整備とともに,質の高い臨床・ゲノム情報データベースの構築が必要である。

 がんゲノム医療の展望

1)Oncologist. 2017[PMID:29146616]
2)Clin Cancer Res. 2014[PMID:24192927]
3)J Natl Compr Canc Netw. 2017[PMID:28040715]


遺伝性腫瘍

診断だけでなく「治療」にも活用可能な時代に

赤木 究(埼玉県立がんセンター 腫瘍診断・予防科科長兼部長)


 生物は,ゲノム情報を正確で安定的に維持するために,損傷したDNAや複製時に生じるミスマッチ塩基を修復するメカニズムを備えている。これらの修復機構が損なわれると,遺伝子に多くの変異が蓄積し,がん発症の原因となり得る。こうした修復機構をつかさどる遺伝子が変異している遺伝性疾患がある。その代表である遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)ではがん細胞において相同組換え修復機構が破たんしており,遺伝性大腸がんのリンチ症候群においてはミスマッチ修復機構が破たんしている。

 生命維持に極めて重要なゲノム情報の安定維持機構が破たんすることは発がんの原因となり得る一方で,がん細胞にとって「アキレス腱」にもなり得る。例えばHBOCでは,PARP阻害薬による一本鎖切断修復の阻害により,相同組換え修復機構の破たんしたがん細胞のみを選択的に細胞死に誘導することができる(合成致死)1)。また,リンチ症候群より発症したがんでは,ミスマッチ修復機構の破たんにより遺伝子内に多くの変異が蓄積する。そこから作られたタンパク質は,免疫細胞の標的である「がん特異的な新規抗原(ネオアンチゲン)」となり得る。このような腫瘍に対して,免疫チェックポイント阻害薬の有効性が最近の臨床試験2)で証明され,米国ではミスマッチ修復欠損腫瘍に対し承認された。

 遺伝性腫瘍の原因遺伝子には,ゲノム安定維持機構に関与する遺伝子が多く含まれる。がんゲノムにおける変異プロファイルやゲノムの構造異常プロファイルを調べることで,どのようなゲノム安定維持機構が破たんしているかを知ることができる。発がんの原因となる「ゲノム安定維持機構の破たん」を逆手に取ったがんの治療や予防がさらに発展することが期待される。

 ゲノム安定維持機構の破たんを利用したがん治療例

1)N Engl J Med. 2009[PMID:19553641]
2)N Engl J Med. 2017[PMID:29020592]


難病

未診断疾患の30%に診断,新規疾患の治療成功例も

小﨑 健次郎(慶應義塾大学医学部 臨床遺伝学センター教授/センター長)


 さまざまな症状があって,何らかの原因はあるはずなのに診断が付かず,大病院でも「今は原因不明」とされる患者がいる。全2万個の遺伝子を同時に調べるNGSの解析技術が利用可能となったことから,原因診断の切り札となっている。

 日本医療研究開発機構(AMED)により「未診断疾患イニシアチブ(IRUD;Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases)」が2015年に開始され,2年間で全国から2000家系を超える患者・家族がプロジェクトに参加している。筆者の施設は患者の診療・ゲノムデータ解析・データセンター機能を担当している。1000家系を超える患者・家族の協力を得て,分子遺伝学的な診断確定率は約30%となった。未知の疾患も同定され,データベースを通じて国内外で情報共有が進んでいる。われわれが同定した新規疾患(CDC42遺伝子異常症:巨大血小板性血小板減少症+知的障害+リンパ浮腫)は,2年間のうちに20人ほどの患者が国内外で同定され,カナダを中心に患者家族会が設立されるに至っている。別の新規疾患(PDGFRB遺伝子異常症:過成長+骨格異常ほか)は,われわれによる発見後わずか2年間でイマチニブによる治療成功例が海外から報告された。まさにゲノム科学がサイエンスから医療に進展していると実感している。

 未診断患者に対する網羅的遺伝子診断プロジェクト(クリックで拡大)


認知症

認知症発症リスク予測と予防の実現に向けた研究が進む

池内 健(新潟大学脳研究所附属 生命科学リソース研究センター バイオリソース研究部門 遺伝子機能解析学分野教授)


 認知症発症の遺伝要因には,さまざまなリスク因子と防御因子がある()。遺伝因子が最も強く影響するのが常染色体優性遺伝性の認知症である。優性遺伝性アルツハイマー病の発症率はほぼ100%である。発症者の子どもは,親の発症年齢とほぼ同じ時期に2分の1の確率で発症する。このような遺伝的高リスク者に対し,未発症の段階で予防的介入を行う臨床試験が複数進行中である。その一例であるDominantly Inherited Alzheimer Network(DIAN)研究1)は米英豪日などの多施設共同で,遺伝子変異が同定された家系の未発症者を対象に,疾患修飾薬(抗アミロイドβ抗体solanezumab, gantenerumabとBACE1阻害薬)による発症予防効果を検証している。また,PSEN1 p.E280A変異家系を対象にしたアルツハイマー病予防イニシアチブ(API)2)も進んでいる。

 アルツハイマー病の発症に関与する遺伝的要因

 一方,孤発性アルツハイマー病の最大の感受性遺伝子はAPOEである。APOE ε4ホモ接合体の人が発症する相対危険度は28.8と顕著な影響力を示す。APOEε4ホモ接合体の未発症者を対象に予防的介入を行うAPIのGENERATION試験2)や,APOE/TOMM40遺伝型でリスクを階層化しピオグリタゾンの効果を検証するTOMMORROW3)が海外で始まっている。

 また,GWASで同定された複数の感受性遺伝子の累積効果を数理モデルにより予測するポリジェニックスコアが開発されている4, 5)。膨大なゲノム情報を活用することにより個々人の認知症発症リスクを精度よく予測し,効果的かつ効率的な予防法を提供するための研究が進んでいる。

1)http://dian.jumpserver.net/en/home/
2)http://banneralz.org/research-clinical-trials.aspx
3)http://www.tommorrowstudy.com
4)PLoS Med. 2017[PMID:28323831]
5)Ann Neurol. 2017[PMID:28940650]


感染症

ウイルス因子の特定から宿主因子,相互作用解明へ

西田奈央(国立国際医療研究センター国府台病院 肝炎免疫センター肝疾患研究部上級研究員)
溝上雅史(国立国際医療研究センター国府台病院 肝炎免疫センター肝疾患研究部ゲノム医科学プロジェクト長)


 C型肝炎は新規経口薬により,副作用が少なく100%に近い確率でウイルス駆除が可能となった。一方で,B型肝炎は現在の治療薬ではウイルス(HBV)の完全駆除はできない。後天性免疫不全症候群(AIDS)は,複数の抗ウイルス薬を組み合わせる抗ウイルス療法(HAART)により患者予後が飛躍的に改善している。HTLV-1感染による成人T細胞白血病(ATL)は,分子標的治療薬の開発,造血幹細胞移植などにより予後が改善しつつある。

 従来,感染症発症要因はウイルス因子しか検討できなかったが,ゲノム解析技術の進展に伴い宿主因子の同定も可能となってきた。B型肝炎やAIDS,ATLなどには個々人のHLA遺伝子型が関与していることが明らかとなっている。GWASにより慢性B型肝炎の宿主因子が複数報告されているが,日本人でもHLA class II遺伝子が有意な関連を示す。中でもDPB1遺伝子の特定の遺伝子型はB型肝炎由来肝がんに強い抵抗性を示し1),さらに肝がん抵抗性のDPB1遺伝子型での肝がん発症例で特徴的なHBV変異(ウイルス因子)が存在することを最新の研究で明らかにした。

 疾患発症にかかわる宿主・ウイルス因子を明らかにするには患者の臨床背景をそろえた解析が必須となる。われわれは宿主・ウイルス因子とともに詳細な臨床情報を全国の研究協力施設から収集・管理する感染症データベースの構築を進めている。蓄積したデータから疾患リスク診断や予後の予測精度の向上をめざし,臨床の現場で予測結果をもとにした治療の方針決定が可能となる仕組みを実現したい。

 ウイルス因子と宿主(ヒト)因子との相互作用(クリックで拡大)

1)PLoS One. 2014[PMID:24520320]

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