MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2017.11.27
Medical Library 書評・新刊案内
勝原 裕美子 著
《評者》福井 トシ子(日本看護協会会長)
倫理的意思決定プロセスをふに落ちるようにナビゲート
本書は,看護管理者がそれぞれの立場で,例えば看護部長でも看護師長でもその役割について,あらためて熟考することが求められる書です。看護管理者が組織内で担うべき役割,そしてリーダーとしてどのような行動指針を持つべきか,行動するために選択する,つまり決めるという意思決定プロセスについて,その構造も含めて,読者に問い掛け,ふに落ちるようにナビゲートしてくれます。
看護管理行動一つひとつに関与している倫理への気付き
多数の看護管理者の管理場面事例を用いて,看護管理行動と倫理について解説されています。役割や行動,行為の選択の一つひとつに,倫理が関与していることの気付きを与えてくれます。著者は,「いくら卓越した技能や知識をもっていたとしても,そこに倫理性が伴わなければ,よい仕事とはいえない」(p.9)と先達の研究を紹介しながら,“よい仕事と倫理の関係”,また“よりよく生きること”“よりよく生きたいということ”について問い掛けます。そして,よりよく生きるとはどういうことを指すのか,よい仕事とはどのような状況下にあるのか,看護管理者に投げ掛けてくるのです。
“組織のはざまにいる看護管理者”へ,組織で生きるということと,看護管理を担うということを,よりよく生きていますか? よい仕事をしていますか? と問い掛けています。この問いに私たちは,どのように答えたらよいでしょうか。その解は,第11章「倫理的問題をくぐって形成されるキャリア」から,よりよく生きるためのヒントを得ることができるように思います。
選択し決定したことは,内省を通して経験に
事例として登場する多数の看護管理者の語りは,選択すること,決めること,つまり意思決定することの困難さと責任について,振り返ることの意味を教えてくれます。意思決定した後に,つまり「選択した」「決めた」後にどうするか,そのままでは,よりよく仕事をしたことにはならない,内省を経て経験にしなければならないと説きます。次の倫理課題への向き合い方を説きつつ,内省することの必要性に著者は気付かせてくれます。自分自身の行動や行為,言語に対する覚悟を持たせられると言ってもよいのかもしれません。
第12章「管理者の倫理的意思決定プロセスモデル」を用いた事例検討は,内省して経験に昇華するための“道しるべ”になることは間違いないでしょう。ここで示された枠組みによって,看護管理者として意思決定したプロセスが整理しやすくなります。漠然としていたことも明確になってくることが実感できると思います。プロセス重視という考え方も,論理を整理して筋道を立てるという点から大いに役立つのではないでしょうか。
今後も著者が,この組織と倫理の研究を続けてくださるのならば,二重権限構造に潜む倫理課題に取り組んでほしいと思いました。看護管理者のみならず,病院という組織に潜む権限構造のはざまで,ジレンマとともによりよく仕事をしようとがんばっている第一線の看護職が多数にのぼるからです。
本書で,“やらまい勝ちゃん”(著者が前職でつづっていた大人気ブログ)が,看護管理者にたくさんの勇気をくれます。
四六判・頁328 定価:本体2,700円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03013-7
質的研究 Step by Step 第2版
すぐれた論文作成をめざして
波平 恵美子 著
《評者》小田 博志(北大大学院教授・人類学)
質的研究をイメージできる好著
評者がまだ質的研究の「し」の字もわからない頃,特に困っていたのは「質的研究のイメージが湧かない」ことであった。「質的研究」と言われても,漠然としていて取り付く島もない。そんなとき,たまたまのご縁で,アメリカの大学でグラウンデッド・セオリーのアプローチにより学位論文を書かれた研究者とお会いした。その方の経験談は示唆的であったし,さらに博士論文研究のために作成された「メモ」の実例をお見せいただいたことは印象に残った。まさに質的研究が「イメージできるようになった」のである。それは凡百の抽象的な概説に勝るものであった。この経験を言葉にすれば「事例の力」ということになろうか。
本書はまず概説書として優れているが,それに加えて質的研究をイメージできるようになる事例が豊富に掲載されている。それらを参照するためにも本書をひもとく価値がある。これが「事例の力」を備えたテキストになり得たのは,著者の波平恵美子先生が,長年にわたる文化人類学者としてのフィールドワークの経験から事例の重要性を知り,それを伝える技に熟達しているからであろう。さらにこれまで多数の卒論・修論・博論の指導を積み重ねてきた経験もこの書に注ぎ込まれている。
第4章の研究事例は,特に保健医療分野で質的研究を行おうとする初学者に有益である。また第5章には教員と学生との研究指導のやりとりが収録されていて,質的研究をいかに指導するのかを学ぶこともできるユニークな章である。
評者が本書を読んで個人的に感銘を受けた箇所は,特にp.107~110にかけての項「研究協力者(研究参加者)の選択基準の適切さ/データの真正性」である。これこそ著者の独壇場と言える。この白眉の部分をぜひご覧いただきたい。ここから事例を深く読むとはどういうことかわかるはずである。また文脈理解の意味を学ぶこともできるだろう。何より「予想しない発見」という質的研究の魅力が,説得力を持って伝わってくる。
事例は「単なる事例」ではない。私たちは常に個別の「事例」として生きている。かけがえのない具体的な人生を,周りの人々や,自然環境とのかかわりの中で生きている。それは決して性別や年齢や職業などの抽象的な「変数」に還元できない。けれども「科学」の名の下に,具体的な生を「変数」にまで切り詰めて,計測の対象とする「研究」がこれまで幅を利かせてきた。質的研究とはこの傾向に対し,研究を具体的な生の現場に取り戻そうとする「運動」なのだと評者は考えている。ちょうど現象学が哲学において「生活世界」へ立ち戻ることを提唱する運動であったように。この点で本書が現象学を質的研究の基礎となる立場として位置付けていることは卓見である。
用語解説やブックガイドなども懇切丁寧。第2版として内容は全面的に刷新されている。質的研究の初学者がまず手に取るべき一冊として推薦したい。
B5・頁152 定価:本体2,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02832-5
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