医学界新聞

対談・座談会

2017.11.20



【座談会】

医療を地域に開く
互助の空間を住まいに築き,地域共生社会の創造を

櫃本 真聿氏(四国医療産業研究所所長)
宇都宮 宏子氏(在宅ケア移行支援研究所 宇都宮宏子オフィス)
髙橋 紘士氏(一般財団法人 高齢者住宅財団特別顧問)=司会
伊原 和人氏(厚生労働省大臣官房審議官 (医療介護連携担当))


 地域包括ケアは,「住まいと住まい方」を土台に医療・介護の連携がめざされている。全ての団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年が刻々と迫る今,地域包括ケアを構築する上であらためて見つめ直したいのが住まいの位置付けだ。病院から地域に生活の場を移す退院支援や,医療・介護職の連携が進まないなどの障壁が住まいの問題とどう関連付けられるのか。

 本紙では,日本の福祉政策・介護保険論・地域ケア研究の第一人者であり,超高齢社会の日本の福祉介護システムの在り方を提唱する髙橋紘士氏を司会に,医療,看護,行政の各分野からの出席者が「住まい」を切り口に現状と課題を議論し,地域包括ケア時代に向けて医療者が地域にどう向き合うべきかを検討した。


髙橋 先日,地域包括ケアの提唱者である山口昇先生を広島県尾道市御調(みつぎ)町に訪ねました。脳神経外科医の山口先生が,地域包括ケアを先進的に始めた経緯をあらためてうかがいたかったからです。脳梗塞患者の救命率が急激に上がった1970年代,御調国保病院(当時)では患者を治療し,リハビリまで行って地域にお帰ししていました。ところが,元気に退院したと思った患者さんが,数年後に寝たきりや認知症を患い再入院してくる姿を目の当たりにし,先生は当時の医療の限界を身にしみて感じたそうです。

 急性期医療の最先端に立つ医師が事の重大さに気付いて始めた取り組みから,間もなく半世紀を迎えます。退院した先,地域での暮らしをどう考えなければならないのか。地域包括ケアの概念図には「住まいと住まい方」が鉢植えとして描かれています(図1)。その土台に医療者はどう向き合うのか,皆さんと共に考えたいと思います。

図1 地域包括ケアの概念図

2025年,在宅医療の需要は100万人超に

髙橋 初めに,日本の将来像を考える上で注目すべきデータを国立社会保障・人口問題研究所の調査から2つ紹介します。1つは,2039年に85歳以上の死亡数がピークを迎え,約165万人と予測されていること。もう1つは,2020年以降,夫婦2人世帯と単身世帯が合わせて65%を超えることです。生産年齢人口は減少する一方,死亡数は2040年頃まで増加の一途をたどり,家族形態も「個人化」が急速に進みます。こうした背景を踏まえ,在宅医療の今後の需給見通しについて伊原審議官からご説明いただけますか。

伊原 2014年に在宅訪問診療を受けた人数は月間約65万人。2006年の約20万人から3倍以上増えました。さらに高齢化の要因だけで,2025年には35万人の需要が新たに生じ,100万人に達すると見込まれています。加えて,地域医療構想による病床の機能分化・連携の結果,介護施設や在宅医療などが必要となる方が2025年に約30万人生じると推計され,総計100万人+αの需要に応える体制を日本各地に構築しなければなりません。

髙橋 現状のままでは到底支えきれないため,先進的な地域の取り組みだけにとどまっている場合ではないわけですね。

伊原 ええ。日本は単身世帯の増加や核家族化による家族関係の希薄化,あるいは地域の機能低下により,家族や地域という自助・互助の機能が崩れつつあります。全ての自治体において住まいは地域包括ケアの土台であると認識し,医療,介護,行政,その他関係機関の連携を進めなければなりません。

髙橋 ここで,「生活機能を規定する諸要因の関係」という図式をご覧ください(図2)。注意すべきは,分子の数式の構成要素の一つとしてMotivationの訳である「意欲」が位置付けられていることです。この図式から,1960年代にスウェーデンやデンマークをはじめとするヨーロッパ諸国で,施設を廃止もしくは縮小して「特別な住居」に移行した理由が説明できます。

図2 生活機能を規定する諸要因の関係
分母の「社会的・身体的環境阻害因子」には,身の回りの人と人とのかかわる環境を含む。生活機能の向上の鍵は「意欲」。

櫃本 入居者のモチベーションを引き出すためですね。

髙橋 そうです。それまでの,管理が優先される施設を住まいとしてしつらえ直し,居住の場としました。ユニットケアの考え方を創始した故・外山義先生は,この空間を「自分の身の置き所」と表現しています。自分のための空間ができれば,外にはおのずと他者との語らいの場もできる。日本の伝統的な家屋には縁側があり,知人などと談笑する場にもなっていますよね。ベッドの並ぶ多床室の施設には「身の置き所」がないため,結果的に意欲が低下して生活機能低下が顕著になります。この図式に照らしながら,生活の基盤である「住まい」から地域包括ケアの在り方を考えたいのです。

医療依存を生んだ1973年の老人医療費無料化

髙橋 北欧では既に,施設から「特別な住居」への移行,さらに近年は介護サービスが内付けの「特別な住居」と一般住宅の中間に当たる「安心住宅」を創設し,24時間体制の外付けのサービスで対応するなど,「住まい」にケアを導入する施策がとられてきました。翻って日本はどうだったでしょうか。

宇都宮 今でこそ退院後の暮らしを見据えた「退院支援」の言葉が定着し始めましたが,私が看護師になった1980年代は退院後のことなど考えずに高齢者をどんどん入院させていました。治療はしてもリハビリはなく,寝たきりになってしまう方が多くいました。2002年,退院支援に取り組むために大学病院に戻ったころも,退院後の生活にまで目を向けられている医療者は少なかったですね。

髙橋 1970年代の日本では,寝たきりの高齢患者を老人病院に入院させる体制ができていきました。精神病床と並んで老人病棟の劣悪な状況が新聞で報道され話題になりました。

 この後押しをしたのが1973年の老人医療費自己負担無料化で,まさに「善政にして悪政」,今に連なる問題の始まりです。それ以前は,家族である高齢者の医療費はまだ5割負担でしたから,医療費無料化へ舵を切ったことで医療へのアクセスを容易にし,病院への長期入院が構造化してしまいました。

宇都宮 1976年は施設死の割合が在宅死を上回る大きな転換点でした。

髙橋 この時期は,高度経済成長のおかげで豊かな税収が社会保障を支えました。それと同時に,高度経済成長がもたらした社会変動の結果,家族の介護力の弱体化などがあいまって病院が住まいを代替し,終末まで病院で過ごすことが当たり前になっていきます。

櫃本 24時間365日,患者に「してあげる型」の医療が定着し,いつの間にか医療への過度な依存を生み,今になって「医療崩壊」とも言える状況を招いたのではないでしょうか。

髙橋 介護保険制度が始まったのは2000年。この間の医療・介護の政策には問題の認識はあったにせよ,結果的にある種の不作為があったと言わざるを得ません。今なお,1970年代のモデルが尾を引く施設・病院への過度な依存の継続は,財政的に立ちゆかなくなるだけではなく,資源を浪費し,しかも今後増大する認知症高齢者なども含め高齢者の生活の質の面からも問題だらけです。

 2025年に向けて医療はいよいよ,地域包括ケア研究会が鉢植えの図で提起した「住まいと住まい方」の問題を視野に入れなければならなくなっています。強調したいのは,もう一度,医療を地域に開いていく必要があるということ。コミュニティケア,すなわち地域包括ケアの重要なアクターである各ステークホルダーがそれぞれの利害関係を乗り越え,2040年までを見据えた「2025年モデル」をいかに構築できるかが問われているのです。

連携にはゴールの共有が不可欠

髙橋 100万人を超える方が在宅医療を利用する時代が到来するのを前に,皆さんが今,どのような課題をお持ちかお話しください。

伊原 行政の立場としては,医療と介護の両者に今なお壁があり,連携が進まないことです。私が厚生省(当時)に入省した1987年の日本は,高齢化率が10.9%,合計特殊出生率は1.69でした(表1)。

表1 30年で社会は大きく変化,2025年の実情に即した対応が急務

髙橋 30年で社会構造が大きく変わったことを実感します。

伊原 ところが,1987年の「厚生白書」では既に,今とあまり変わらない課題が指摘されています。「75歳以上の後期老年人口の増大に伴い,寝たきり老人や痴呆性老人の急増が見込まれている」とし,「縦割りを超えたケアの総合化」が必要であると。確かに,この30年で介護保険制度ができるなど進歩はありましたが,医療・介護の連携強化は引き続き課題になっています。

髙橋 公衆衛生の現場にいらした櫃本先生は,連携の壁をどう見ますか。

櫃本 医療・介護,さらには保健の連携が難しい要因は,役割分担があっても,ゴールを共有していないことです。今,多くの医療者が目の前の課題に翻弄されています。その多くは,目的を持たないまま課題に振り回され,手段を考えることが目的になっているからではないでしょうか。課題解決型ではなく目的達成型をモットーとする私は,「まずは目的から考え直しては」と常々訴えています。ヘルスプロモーションに基づくその人らしい生き方や生活支援を,皆が共通の目標にしていくことから始めなければなりません。

宇都宮 ゴールを共有できていない事例の一つに,ケアプランを策定する「サービス担当者会議」がうまく機能していないことが挙げられます。病院の医師も「かかりつけ医」の立場でちゃんと意見書を書いているでしょうか。ケアマネジャーから連絡を受けてもコメントを書いている医師は多くありません。ケアマネジャーも,医師は会議に来ないことを前提に,ケアプランの見直しを目的とした担当者会議にしていませんか? 入院の機会を活かし,患者の体に今起きている医学的状況を踏まえ,本人・家族と共にこれからの暮らし方や療養場所,住まいについて考える場にしてほしいですね。

髙橋 医療者にはどのような意識改革が求められるでしょう。

宇都宮 入院決定の段階からこの先起こり得ることを見通し,ゴールを共有することです。高齢患者に対しては,入院環境や安全を追求するあまり,生活してきた力も奪ってしまいます。提供される医療によっては,暮らしの場に帰ることができなくなることもある。搬送時には,本人が意思表明できないことが多く,代理決定する家族の苦悩もあります。安定している外来の時期こそ,一歩先を予測し,思いを共有することが大切ではないでしょうか。

■自己決定を促す,エンパワーメント型の医療へ

髙橋 「してあげる型」の医療・介護を,これから後期高齢者の多数を占める団塊の世代が果たして納得して受けるでしょうか。

櫃本 それはないでしょうね。

伊原 文化・社会的背景によって世代ごとのニーズは変わるはずです。

櫃本 自分で決めてくれるのであれば,「わがまま」なくらいのほうがよっぽどいい。

髙橋 「わがまま」を言える環境をあえて作らなければいけないわけですね。

櫃本 ええ。地域包括ケア時代の医療は,依存を生む従来の「してあげる型」から,生活の場に入って生活者の自立を促す「エンパワーメント型」への転換が必要だと思っています。

髙橋 地域包括ケアを「地域まるごとケア」と言い換えた,東近江市にある永源寺診療所の花戸貴司先生は,「ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」と,書名(農文協,2015年)にもなった言葉で自己決定を促しています。

櫃本 そうですね。「してあげる型」は高齢者を早くに社会的弱者にし,地域包括ケアの理念と逆行します。そこで私は,かかりつけ医をはじめ,歯科医師,薬剤師,福祉関係者など身近に相談できる「かかりつけネットワーク」をつくり,住民がそれに囲まれた環境が必要だと考えています。いつでも気軽に相談できる基盤があれば患者さんは問題を自分で解決でき,関与する多職種も連携の意義を共有できるでしょう。医療・介護職は,ネットワークの構築で生活者をエンパワーメントする方針へと切り替えれば,地域社会の信頼も得られます。

宇都宮 厚労省の中央社会保険医療協議会(中医協)でも最近,「かかりつけ医機能」という言葉が使われ議論されていますね。機能には看護師や薬剤師ができることも含まれています。ネットワークの中における日常療養生活支援で,少し先を予測したマネジメントができれば不要不急の入院をなるべく避けることができます。最近私は,在宅医療・介護連携推進事業に関する仕事などで多職種に対し,ネットワークの中心にいる住民への啓発も含めた連携機能の改革を提案しています。

櫃本 住民のセルフケア能力を高めるために住民啓発は重要です。依存型ではセルフケア能力を削ぎ,互助の意欲も減らしてしまいます。元気な高齢者が働ける場所や活躍できる場を住まいと近接させて地域包括ケアを構築すべきです。単なる課題解決にとどまるのではなく,住民一人ひとりがセルフケアを実現できる環境を作っていくことが必要ではないでしょうか。

髙橋 今,櫃本先生から,住民のセルフケアマネジメントの必要性が提起されました。この概念は「介護」ではなくて,自分で自分の行く末を考えながら必要なサービスの導入を決定していく「養生」と位置付けられます。自分の住まいで暮らし続けるというのは,実は,自分で自分の生活を決めることでは...

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