医学界新聞

対談・座談会

2017.10.23



【座談会】

あなたの患者さん,認知症かもしれません
急性期病院での認知症ケアに
組織的な取り組みを

田中 久美氏(筑波メディカルセンター病院 副看護部長/老人看護専門看護師)
小川 朝生氏(国立がん研究センター先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野長/同センター東病院精神腫瘍科長)=司会
島橋 誠氏(日本看護協会看護研修学校 認定看護師制度再構築準備室/認知症看護認定看護師)


 「認知症ケア加算」が2016年度診療報酬改定で新設されて1年半が過ぎた。本加算は身体疾患で入院した認知症患者に対し,病棟におけるケアの質向上を図るための取り組みが求められるものだ。高齢化を背景に,認知機能障害を合併した入院患者は急性期病院においても2割を占めるという。認知症ケアへの注目が高まる中,急性期病院の看護師は何を実践すべきだろうか。

 本紙では,『あなたの患者さん,認知症かもしれません』(医学書院)を執筆した医師の小川氏,急性期病院の老人看護専門看護師として豊富な臨床経験を持つ田中氏,日看協看護研修学校で認知症看護認定看護師養成指導を行ってきた島橋氏による座談会を企画。現場における課題と注意すべきことを議論した。


小川 2025年に向けて高齢者は都市部で大きく増加し,認知症患者も462万人(2012年)から2025年に700万人に至ると推定されています。病床数が限られる中で,高齢患者に適切な医療を提供しなければなりません。

 急性期病院が地域医療において果たすべき役割は3つあります。急性疾患による身体機能の低下を最小限に抑えること,入院中の精神機能を保つこと,退院後再入院しないように地域につなぐこと。認知症を合併した患者はこれら3つを満たすのが特に難しく,看護師の支援が必要です。

 最近,急性期病院の看護師の認知症ケアに対する意識の高まりを感じます。管理や臨床の現場で変化はありますか。

田中 急性期病院での認知症ケアの優先順位は上がっています。管理者研修会で話題に上ることも多いですね。以前は問題意識が病院により違いましたが,診療報酬の算定を後押しに認知症ケアは共通認識として広まりつつある印象です。これまで現場で認知症ケアに取り組んできたスタッフからは「算定できるようになったことで,自分たちの取り組んできたことが認められた」という声を聞いています。

島橋 認知症ケアへの機運の高まりは良いことですね。しかし,急性期病院の看護師はこれまで,認知症ケアのトレーニング機会が少なかったのは事実です。「何とかしたいけど,対応に苦慮する」という話も聞きます。認知症ケアに苦手意識を持つ看護師が多いのが実情でしょう。

小川 適切な認知症ケアには管理者と現場の組織的な取り組みも重要です。急性期病院における認知症ケアの現状と求められるようになった背景,これから何に取り組んでいくべきかなどを整理していきましょう。

入院中に起こる諸問題,原因は認知症かも?

小川 これまで,急性期病院で認知症ケアがあまり注目されてこなかった理由は2つあると考えています。それは「❶顕在化した問題と認知症のつながりがわかりにくく」,「❷急性期病院は身体疾患のケアが主目的」だからです。

 1つ目(❶)は,不穏やせん妄,ルート抜去や転倒・転落といった状況が起きている場合です。これらは治療上や管理上の問題として現れ,基本的に医療安全課題として対処されてきました。しかし,こういった課題の背景に,実は認知症があることが多いのです。

 認知症が原因と考えられる行動・心理症状はBPSDと呼ばれます。認知症の患者が急性期病院に入院すると70%がせん妄を併発し1, 2),転倒や身体機能低下,合併症を3~5倍増加させると言われています。

田中 医療安全の視点から,せん妄の患者さんを早期にケアし,安全な治療をめざすという取り組みはどの現場でも行われてきました。ただし,BPSDが起きていない段階の方に合ったケアを提供できていた急性期病院は,多くはなかったでしょう。認知症の方の多くは高齢者なので,疾患による体調不良が起こると一気に心身の機能が低下し,回復が難しくなってしまいます。予防的ケアの重要性はまさにここにあるのです。

島橋 認知機能障害がある患者に痛み,便秘,発熱などの身体症状が加わることでBPSDのリスクが高まるとされています3)

小川 一番多いのは痛み,便秘です。食事をうまくとれず低栄養になるという例もあります。

田中 便秘の解消でBPSDがピタっと起こらなくなったという事例の指導経験があります。「認知症ケア」と言うと特別なことのように聞こえますが,本質は高齢者への生活支援と変わりません。

小川 認知症を合併した患者さんは身体症状を自発的に伝えることが難しいです。たとえ身体症状を訴えていなくても,身体症状が隠れていることがあります。

田中 「認知症とBPSD」,「認知症と身体症状」は別々に考えがちですが,認知症によってうまく表現できないために身体症状の訴えが減り,BPSDを起こしやすくなることを看護師は知っておくべきだと思います。

小川 2つ目(❷)は,急性期病院は緊急度の高い身体疾患の治療施設であり,身体疾患の治療を優先課題としてきたからです。しかし近年,患者の高齢化や病院の機能分化を背景に,急性期病院においては表1の認知症ケアが求められるようになってきました。

表1 一般病院における認知症ケア(『あなたの患者さん,認知症かもしれません』より改変,表2も)

島橋 急性期病院では入院期間が短く,認知症ケアの直接的な成果は見えづらいかもしれません。しかし,BPSDの軽快やせん妄の予防は在院日数短縮につながります。認知症ケアは患者さんだけでなく,病院や医療者へのメリットも大きいです。

小川 認知症の方への支援を退院後の生活に引き継いでいく必要もあります。急性期病院でのケアには在宅や施設とは異なる特徴があるのです(表2)。

表2 一般病院・急性期病院におけるケアと在宅・施設ケアとの比較

 特に,「BPSDの要因」に入院の元となった疾患による身体的苦痛があるという違いは大きいです。自宅と異なる生活環境も患者さんの負担となるでしょう。これらの点で,認知症で在宅療養している患者さんよりケアに工夫が求められることが多いです。

田中 緊急入院が多く,患者情報が不足することも課題ですね。特に初期の認知症高齢者では話のつじつま合わせが見られるので,家族が認知症に気付いていない事例は多いです。看護師は患者さんとの会話の中で,「何かおかしいな」という違和感にアンテナを張っていかなければなりません。

「何かが違う」という違和感が発見のきっかけに

小川 急性期病院では,早期の認知症があっても診断がついている患者さんは少ないです。認知症ケア以前に,まずは認知症かどうかを見分けなければなりません。

田中 反応が薄い高齢者に対して,意思疎通や意思決定が難しいと医療者側が決めつけている場合もあるだろうと思います。「耳が遠いから聞こえない“だろう”」「目が悪くて字が“きっと”読めない」……。

小川 そのような中で,どのように認知症を見抜いていけば良いでしょうか。

島橋 入院中は補聴器やめがねを外したままにしている患者さんもよくいます。反応が悪い患者さんの場合,まずは器具を使えば良...

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