1年次からの地域看護学教育(野村陽子)
インタビュー
2017.07.24
【interview】
1年次からの地域看護学教育
野村 陽子氏(岩手医科大学看護学部地域包括ケア講座 医歯薬総合研究所看護・政策研究部門部門長/教授)に聞く
本年4月に看護学部が開設された岩手医大では,看護学生に1年次から地域看護学を教えている。厚労省医政局看護課長時代には国の看護政策にかかわり,現在同講義を担当する野村陽子氏に,これからの時代に求められる地域看護学教育についてお話しいただいた。
――なぜ1年次から地域看護学を教えているのでしょうか。
野村 病院の看護を学ぶ前に地域への関心を刺激するためです。今年は入学直後の最初の授業が地域看護学でした。基礎看護学と同時,あるいは先んじて地域看護を学ぶことで,患者さんは地域で暮らしている人だという認識が自然に持てる看護師が育ちます。
――病院での看護を志す学生と地域を志す学生では学ぶことに違いはありますか。
野村 ないと思います。病院でも退院後を見据えた看護をすべきですし,地域でも病院を踏まえた看護をすべきです。「病院で行う看護」「在宅で行う看護」という対立したものではなく,「共に地域包括ケアの一部」という目線で看護をとらえることができるようにするのが地域看護学教育だと考えています。
地域包括ケアの必要性は長年言われていますが,今年の入学者が現場に出る4年後には,今以上に重要になっています。時代の要請に応える看護師を育てるにはどうすればいいか。昨今では病院と在宅で互いに学び合う取り組みも増えていますので,すでに働いている看護師はそうした場で学ぶことが必要でしょう。一方,学生は,基礎教育で地域包括ケアに必要な力を最初から身につけて現場に出るように教育すべきです。
――必要なのはどのような力ですか。
野村 地域包括ケアに必要な看護は,東京のように病院も人手も多い地域,岩手のように医療資源が十分でなく,高齢化により家族の力が弱まっている地域とでは異なります。さらに地域の中でもエリアごとの特色がありますし,状況は数年単位で変わりますので,「基礎教育でこれを教えればOK」という絶対的な答えはないと思います。
私たちにできるのは,看護師が果たすべき役割や社会の仕組みを状況に合わせて模索できる思考力や,他職種と連携する力を育てることです。その第一歩は,新しい出来事に対して柔軟に発想し動けるよう,根底となる興味や関心を広げることだと思います。地域に関心を持つことは,そうした能力の獲得につながります。
――具体的には,どのような講義をしているのでしょうか。
野村 大学に入るまでの間も学生たちは地域で暮らしてきています。しかし,ただ暮らしているだけでは,「地域を看る」視点は育ちません。地域の特徴を知るためのデータの見方,環境・歴史・文化といった側面のとらえ方を教える必要があります。そして,地域特性と健康課題のつながりを見つける力,健康格差やソーシャルキャピタルに着目できる感性を育みます。私の講義では自分が暮らす地域を調べる課題を出しています。知らないことがたくさんあったという声が寄せられています。
――地域看護教育を考える際に参考としたものはありますか。
野村 保健師としての業務経験です。私は厚労省入省前に難病の地域ケアを研究していました。神経難病の方は入院医療のみでは支援できません。そのため,地域包括ケアの議論が盛んになる前から,福祉と共同して地域ケアに取り組んできました。そうした領域では,昔から保健師が活躍してきました。
――先生は地域看護学の中で,「制度に基づく保健活動」も教えていますね。
野村 はい。母子保健活動とその基盤となる法律を結びつけるなど,制度と保健活動の関係を知ってほしいと考え教えています。なぜかと言うと,健康問題には個人や家族だけでなく,地域や社会で解決すべきものがあるからです。制度は変わらないものだと思いがちですが,本来は,状況に合わせて変えていくことが大切です。授業では,岩手県にある旧沢内村の取り組みも学びます。日本の乳児死亡率が極めて高かった1962年に,当時村長だった深沢晟雄氏による乳児医療費無料化が,乳児死亡率0を実現したという事例から社会の仕組みを変えることと健康のつながりを理解してもらいたいと考えています。4年次には看護政策を教えます。一人ひとりの健康を地域そして社会に広げて考えられる看護師を育てていきたいと思います。
■IPEや臨地実習も1年次から実施「地域包括ケアの時代,最初から“病院は地域の一部”と見るような教育を」――そう語るのは,岩手医大で看護学部長を務める嶋森好子氏だ。 現在では医療の常識となったチーム医療だが,同大では120年前の創立当初から看護婦養成所と産婆学校を併設し,先陣を切って取り組んできた。現在では,医・歯・薬・看4学部が同一キャンパスにある特色を生かし,学部を超えた横断的講義を積極的に行っている。 4学部合同で行われるのは,人と接する心構えや態度,コミュニケーション能力といった医療者としての基礎を学ぶ教養教育科目や多職種連携(IPE)関連科目。1年次の必修科目「多職種連携のためのアカデミックリテラシー」では,臨床に出た後に必要となる,人と問題を共有し議論するための基本能力を身につける。ディスカッションの展開方法,情報の集め方,わかりやすいプレゼンテーションやワークショップ,ポスター発表の仕方などを学んだ上で「よりよい医療とは」をテーマに,4学部合同チームで実際にディスカッションを行う。専門教育が始まる前から他学部と共に学ぶことで,感性や関心の違いを知り,視野が広がるという。 臨地実習にも4学部の学生が一緒に向かう。1年次には地域の介護療養施設と病院に各1週間赴く。目的はいわゆる看護実習とは異なり,地域において医療や介護・福祉をどのような人が,どのような環境で,どのように受けているかを知ること。ベッドサイドケアを学ぶ前の早期の段階で臨床に触れるEarly Exposureは医学教育では約10年前から広まっている。1学年95人の看護学生を対象としたこの取り組みがどのような成果を生むのか,学生たちが現場に出る4年後が楽しみだ。
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(了)
のむら・ようこ氏
1973年聖路加看護大卒,2012年法政大大学院博士後期課程修了(政治学)。73年国立病院医療センター(現・国立国際医療研究センター),76年から新宿区保健所に勤務。82年から東京都神経科学総合研究所で神経難病患者の在宅ケアの研究に携わる。84年厚生省(現・厚労省)入省。保険局医療課,健康局総務課保健指導室長,医政局看護課長などを経て,2014年京都橘大教授,16年より現職。
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