医学界新聞

寄稿

2017.07.10



【視点】

社会全体の健康を守る公衆衛生医師へのいざない

宇田 英典(社会医学系専門医協会理事長/鹿児島県伊集院保健所長)


 大学病院や県立病院での研修を経て,離島・へき地診療所等で地域医療に従事した後,県庁,保健所といった公衆衛生の分野で仕事を始めて,いつの間にか30年が経過しました。学生時代には考えてもいなかった分野で仕事をすることになったのは,離島で多様な患者を診ながら保健医療行政の大切さを感じたこと,また,当時,本県に出向していた厚労省の医系技官が熱く語ってくれた公衆衛生のミッションに心を動かされたこと等があったからでした。

地球規模の健康課題には個人にとどまらないアプローチが必要

 わが国の公衆衛生は,終戦直後の劣悪な生活環境から生じたさまざまな健康課題への対応,高度成長期時代の公害対策,生活習慣の変化等により増加してきた脳卒中や心疾患,がん等の生活習慣病対策等,標準的な公衆衛生活動を全国展開することによって大きな成果を上げてきました。

 近年では,慢性腎臓病(CKD),メタボリック症候群,慢性閉塞性肺疾患(COPD),認知症といった多様な病態像を有する患者や住民の増加を踏まえ,個別的,長期的,継続的,包括的,近接的な対策が重要となってきています。現役世代が減少する中で社会保障制度を維持しながら,どのように社会全体の生活と健康を守っていくのか,難しい舵取りが求められています。

 さらに,地球温暖化やグローバル化が進む中,大規模自然災害の多発,新興・再興感染症や薬剤耐性菌の拡大等への懸念も大きくなってきています。こうした健康危機管理も公衆衛生の重要な柱です。

 公衆衛生医師は,国や地方の衛生行政機関,衛生研究所,環境研究所,災害医療センター,産業衛生機関,国連やWHO,JICA等の国際機関,医療安全・医療情報管理部門等,多岐にわたる領域で活動しています。

 国内のみならず地球規模で,時代とともに変化する健康課題や社会情勢等に対応するには,患者や個人へのアプローチにとどまらず,多様な集団,環境,社会システムへのアプローチを中心に,人々の健康の保持・増進,傷病の予防,リスク管理や社会制度の運用に関してリーダーシップを発揮する公衆衛生医師が必要です。

社会医学系専門医の養成が始まる

 8学会6団体で構成する社会医学系専門医協会(2016年12月5日法人化)では,2017年4月から全国各地の研修プログラムのもとで専門医の養成を始めました。

 本制度は,個人や集団における疾患や健康障害に対応する社会的疾病管理能力,感染症や食中毒,自然災害,事故等に対する健康危機管理能力,保健医療体制整備や作業関連疾患対策,健康課題解決に向けた関係者・関係機関との調整能力を研鑽するためのものです。若手の育成だけではなく,社会医学系領域で働く幅広い医師の生涯学習に資することを目的にしています。

 本制度は始まったばかりですが,多職種からなるわが国の公衆衛生の協働体制を通じた基盤を構築し,国民の健康の保持・増進に寄与すると考えています。

 多くの医学生や若手医師にとって,現在は残念ながら公衆衛生は魅力あるキャリアパスの一つにはなっていないようですが,公衆衛生医師の果たす役割は,今後ますます大きくなってくると考えます。保健所や都道府県庁,厚労省,大学の公衆衛生学教室等で働く公衆衛生医師の不足は喫緊の課題です。ぜひ,多くの皆さんが公衆衛生の分野に進んでくださることを期待しております。


うだ・ひでのり氏
1978年自治医大医学部卒。鹿児島大,県立病院等で臨床研修後,離島医療(甑島・奄美大島)に従事。88年国立公衆衛生院にて研修。保健所,県庁等を経て2012年より現職。14年より全国保健所長会会長,16年より社会医学系専門医協会理事長。

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