医師たるもの,身体診察を究めるべし!(平島修,志水太郎,和足孝之)
対談・座談会
2017.07.10
【対談】
医師たるもの,身体診察を究めるべし!
志水 太郎氏(獨協医科大学総合診療科部長/総合診療教育センター長)
平島 修氏(徳洲会奄美ブロック 総合診療研修センター長)
和足 孝之氏(島根大学医学部附属病院 卒後臨床研修センター)
「毎日患者を観察していれば,病歴と身体診察によって,現代のテクノロジーだけに依存するよりも数時間や数日,時には数週間も速く正しい診断にたどりつくことができるのだ」〔『サパイラ 身体診察のアートとサイエンス』(医学書院)初版の序より〕。これは身体診察の名手として名高い米国の内科医サパイラの言葉です。テクノロジーの進歩は医学に大変革をもたらし,その恩恵は誰もが知るところでしょう。しかし,サパイラの言葉が示すように,テクノロジーは診察に取って代わるものではありません。
古来,医師の技術として受け継がれてきた身体診察。『身体診察 免許皆伝』(医学書院)の編者であり,臨床で身体診察を究める平島氏,志水氏,和足氏が,現場で習得をめざす人に向けてその意義と習得法を熱く語りました。
全ての医師に求められる能力
平島 「身体診察の技術」に私たちは医師としての醍醐味を感じています。身体診察は検査ができない時代から,医師たちがもがきながら継承し洗練させてきた技術です。今日この場に集まった3人は,その身体診察を生かせば現代医療はもっと良くなるという思いを持っています。
和足 テクノロジーの時代とはいえ,常に検査・機器が使えるわけではありません。後期研修後,人手不足で困っている現場の力になりたいと思い,さまざまな病院で夜間当直をしたときにこのことを思い知りました。できる検査が限られる中で,目の前の患者さんに処置をしなければなりません。
平島 限られた環境であればあるほど,自分の感覚を研ぎ澄まして,病歴聴取や身体所見から得られる情報をフル活用しなければいけませんね。
和足 そうです。昼間の大病院で「自分の臨床能力」だと思っていたものは,各科の医師や検査の体制などに守られていたものだと痛感しました。
志水 診療は皆の手で完成するものです。それぞれの状況を加味しながらその場の全体最適をめざすのがよいと思います。さらに,臨床では身体診察によって診断がより的確になるとも私は感じています。
和足 それはEBMにもかかわりますね。世に出ている論文のデータを自分の目の前の患者さんに応用しようとしても,研究と臨床ではセッティングに違いがあります。感度,特異度といったはやりの“エビデンス”を患者さんに適切に応用するには,論文それぞれの罹患率や検査前確率の違いを踏まえた的確な判断がなければ全く意味がありません。EBMの時代にこそ,身体診察の技術は輝きを放つと思います。身体診察の能力は,全ての医師が持っていなければなりません。
手あてで生まれるコミュニケーション
平島 CTやMRIが簡単に撮れる今,患者さんと医師の心の距離が少し離れてしまっているように感じています。もっと丁寧に診察し,患者さんに喜んでもらいたい。お二人は身体診察をすることの魅力や重要性についてどう思っていますか?
和足 身体診察の魅力は患者さんに喜んでもらえることです。患者さんに触れ,話し,情報を統合して的確な診断をしていく。その過程で患者さんを尊重する姿勢が伝わっていきます。
志水 身体診察をおろそかにすると,“医者らしさ”を失ってしまうのではないかと懸念しています。患者さんから聞き,触れて,打診して,音を聴いて生の情報を集める。そのような生きたコミュニケーションによって,患者さんが回復したときの「医師としての喜び」も大きくなると感じます。
平島 ただ,実は患者さんに「先生みたいに聴診器を丁寧に当ててくれたのは初めて」と言われることが時々あるのです。
和足 同じく,そういった経験はあります。
平島 最初のうちは褒められて素直にうれしかったです。でも,その言葉の裏を読むと,聴診器を使わない,それほど“手をあてない”診療が増えているのではないかという問題が浮かび上がってきます。
志水 検査が診察の早い段階で行われる現場では,身体診察が取り残されている印象を受けますね。
平島 環境にもよりますが,定期受診外来の患者さんの多くは,前回の来院から治療方針の変更がないことも多いでしょう。すると,身体診察の重要度は下げてもよいと考えてしまうかもしれません。
でもそうすると,「手をあてる」ことで生まれている謙虚な心や,患者さんとのコミュニケーションが減ってしまうのではないでしょうか? 医療の根底には患者さんとのコミュニケーションがあるはずです。
診断の基盤に身体診察を
和足 本音を言うと,検査だけで判断を下してしまう“検査至上主義”とも言える状況があると思います。確かに効率が良いことも多いでしょうし,医師にとって楽な面もあるでしょう。
志水 ですよね。検査のオーダーと違って身体診察は「技」なので,繰り出し続けるにはエネルギーを使います。身体診察と異なり,検査は診療報酬が付くので,現場でつい検査をオーダーしてしまうのはわかります。
和足 でも,検査で全てが解決できるわけではないんです。
志水 検査結果だけで考えようとすると,思わぬ落とし穴にはまることもありますよね。
和足 つい最近,まさにそんな例がありました。精神疾患を持つ20代の女性が強い腹痛を主訴に来院し,血中アミラーゼがほんの少しだけ基準値を超えていた症例です。身体所見について語らずに,膵炎ではないかと議論されていました。
しかし,いざ身体診察をしてみると,極めて弱くお腹に触れただけで過剰に痛がる様子が見られました。腹膜刺激症状が全くないという身体所見との乖離から,そこまで痛いはずがないことは明らかです。さらに,問診で自発的嘔吐の傾向も聴き取ることができました。
この診察の情報が加わるとどうでしょう。この症例は身体表現の問題と,繰り返す嘔吐によってアミラーゼがわずかに上昇したのだろうと推論できます。
平島 検査を丁寧にしているのに,なぜ診察は丁寧にしなかったのか……。
志水 検査は身体診察に代わるものではないことがよくわかります。検査を行う上で大事なのは,それが診察の上で具体的な理由を持っているか。検査結果の示す意味を,診察で得た情報から考えながら進めていくべきです。
だからといって“フィジカル原理主義”になってしまってもいけない。
平島 そうですね。例えば,ニューモシスチス肺炎は聴診では異常がないことも多く,身体診察だけではわからない症例もかなりあります。その場合はCTや原因微生物の検査も行わなければなりません。
志水 研修医の頃,crackleが聴こえないから肺炎を除外しようとしたところ,指導医に怒られた経験があります。多くの場合,一つひとつの身体診察によって判断するべきなのは「可能性が高まるか,低くなるか」。研修医や若手は陥りやすいところですが,一つの所見でYesかNoを判断してしまうのは危険な行為です。
しっかりした身体診察という基盤の上に,使えるテクノロジーを戦略的に使っていく。集学的に,総力戦で診断していくことが重要です。
鑑別疾患の想像力を鍛えよう!
平島 では,次に身体診察の方法論を話していきましょう。身体診察を行う上での先生方の基本的なスタンスを教えてください。
和足 鑑別診断に有用な情報を追求することです。鑑別疾患を想起して,rule-in/rule-outするために必要な所見を取ることを考えていきます。
志水 私は「背後に何かが潜んでいる可能性があるかもしれない」という“想像力”を大切にしています。想像力を鍛え,働かせて絞り込んでいく。
平島 具体的にはどんな例がありましたか。
志水 先日,結核の高齢男性に不明熱と腹痛が出ました。特に腹部は臓器が多いので,痛みの場所を特定することは重要です。所見を取るために腹部を触診する中で,大動脈も触診しました。
すると,動脈硬化を疑わせる大動脈壁のわずかな範囲の部位に一致して触診上の違和感と圧痛があり,その部位の炎症性の病変を直観しました。血液培養と画像検査を依頼して,感染性動脈瘤との診断に至りました。
平島 なるほど。この症例で最も大切なことは,志水先生がまず身体診察で,「圧痛点に炎症性の病変の疑い」と絞り込んでから検査を行ったことでしょう。ここで,「不明熱」とだけ検査票に書いてCTを撮ったら,もしかすると検出できなかったかもしれません。大動脈炎は画像検査だけでは見逃される事が多いですからね。
和足 症候の事前情報なしに画像検査だけで的確に判断するのは難しいです。
志水 そうなんです。身体診察によって真実に近づくことをあらためて感じた症例でした。
教育現場での衝撃が経験値に
志水 身体診察は定量化できないものが多いと思います。現代でも個人の見解が重視される診察法はたくさん残っています。
平島 身体診察の教科書には「先代の〇〇医師がそのように報告している」「◇◇と言われているが,実際に臨床では使えないだろう」といった表記も多いです。個人の感覚が頼りの世界のため,さまざまな見解があります。
和足 そのため,うまくなるには「感覚の吸収」が必須です。つまり経験を積む必要があるということです。
平島 誰でも最初は経験ゼロですから,医学生時代からしっかり教育を積むことが大切です。ただ,10~15年ほど前,自分の医学生時代を振り返ると,積極的に身体診察を指導する先生は少なかったです。お二人は大学で講義をする立場から,教育現場での身体診察について思うことはありますか?
和足 状況は今もそれほど変わりません。身体診察を重視する指導者は少数派です。
志水 絶滅を危惧される状況です(笑)。
平島 OSCEの中で教えることはできませんか。
和足 診察の「型を学ぶ」ことはOSCEでもできるでしょう。しかし,そこに医師の臨床的思考,つまり鑑別診断を挙げ,rule-in/rule-outするという意識は入っていないです。
志水 同感です。学生から「OSCEで型は習ったけど,診察のやり方は全然わからない」と言われて妙に納得しました。診...
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