ブロードマン没後99年に寄せて(河村満)
寄稿
2017.07.03
【寄稿】
ブロードマン没後99年に寄せて
河村 満(奥沢病院名誉院長)
1918年8月22日,1人の男が敗血症により49歳の若さで亡くなりました。名前はコルビニアン・ブロードマン(Korbinian Brodmann)。彼の名前の冠された脳地図は彼が亡くなった後も,神経学,神経科学研究の基礎をなす土台となり続け,それは現在まで続いています。この8月に没後99年を迎えるブロードマンの業績を駆け足ながら振り返ってみたいと思います。
コルビニアン・ブロードマン(Korbinian Brodmann; 1868~1918)
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ブロードマンの業績といえば,何をおいても脳地図の作成だと思います(図)。神経解剖学の教科書や脳神経領域にかかわる研究書はもちろんのこと,一般書にまで転載され続けるこの脳地図がいったい何を表しているのか,ご存じでしょうか。
形態と機能を結び付けた業績
この地図は,大脳の図が2枚1セットになっています。これは左の図が脳を外側からみたもの(外側面),右の図が脳を矢状面で切った内側がわかるもの(内側面)です。そこにさまざまな形の記号を付して領域を塗り分け(これを領野と呼びます),それぞれに番号を振っています。この領野をどのように分けたのか,それこそがブロードマンの仕事の本領です。
大脳はご存じのとおり,数百億という膨大な数の神経細胞が集まって構成されています。神経細胞には形態と機能が異なるさまざまな種類があり,大脳皮質ではそれらが種類ごとに地層のような層構造を形成しています。ブロードマン以前から大脳皮質の層構造は知られていましたが,研究者により層をどのように分けるか,各層をどのように呼ぶかは異なりました。ブロードマンは6層に分け,表面から順に①表在層,②外顆粒層,③錐体細胞層,④内顆粒層,⑤神経細胞層,⑥多形細胞層と名付けました。今でもこのブロードマンの分類と名称をもとにした層名が使用されています。
さらにブロードマンはこの6層構造が大脳皮質の場所ごとに異なることを発見しました。層全体および各層の厚さ,神経細胞の密度が場所によって異なるのです。例えば,一次視覚野では④内顆粒層が厚く,一次運動野では④内顆粒層が薄い一方で⑤神経細胞層は厚く巨大な錐体細胞(ベッツ細胞)がみられるといった具合です。このような層構造を大脳皮質全体で調べ,層構造の共通するところ,異なるところで区分けし,52の領野に分けました。この情報を大脳の図にマッピングし,ビジュアル化したものがブロードマンの脳地図なのです。
ブロードマンの脳地図はつまり,形態の差異に基づいた脳の区分図なのですが,なぜこのような図がその後の研究者たちの大きな道しるべとなったのでしょうか。それは,形態の差異が機能の差異に結び付いたからです。先ほど,一次視覚野と一次運動野の層構造(形態)の違いについて述べましたが,「どのような形をしているか」で分けた区分と,「何を行うのか」で分けた区分が多くの場合一致します。これは,その領野の機能を遂行するためには特定の神経細胞が必要となり,逆に,ある種類の神経細胞は不要な場合もあり,この要不要が層構造に反映されているためです(この因果関係は逆かもしれませんが)。このことにより,脳の解明をめざす神経学者にとっては非常に魅力的な地図なのです。
実は未完成の脳地図
100年以上輝きを失わない業績に反して,意外にも生前のブロードマンは研究者として恵まれていたとは言えません。26歳で医師資格を取得したのち,ドイツ国内のさまざまな研究施設を転々と...
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