医学界新聞

インタビュー

2017.07.03



【interview】

“孤立の病”依存症,社会に居場所はあるか
松本 俊彦氏(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部 部長)に聞く


 依存症が疑われる患者を診る機会は,専門科以外にもプライマリ・ケアや救急医療の現場では少なからずあるだろう。依存症の問題は,アルコールやたばこ,市販薬から違法薬物に至るまで多岐にわたり,「commonな疾患」とも言える。しかし,どう対処し介入すればよいか不安を抱える方も多いのではないか。本紙では,これまでに薬物依存症の治療プログラムの開発を手掛け,今年1月には「薬物報道ガイドライン」の作成にかかわるなど,「薬物依存症は病気」ととらえることの重要性を訴える松本氏に,依存症の患者を診る際の具体的な方策について,最近のトピックとともに聞いた。


――「薬物依存症は病気」と見ることは,医療者には当然欠かせない視点ではないでしょうか。

松本 医療者までもが薬物依存症を犯罪と見なすことで,2つの問題が生じる恐れがあります。1つは,違法薬物以外の薬物依存症を見落としてしまうこと。もう1つは,患者の社会復帰を妨げてしまうことです。

――違法薬物の他に,どのような薬物依存症がありますか。

松本 潜在的に多いとされるのが,睡眠薬や抗不安薬の依存症です。わかっているだけでも薬物依存症の17.0%を占めます1)。市販の風邪薬や痛み止めの依存症も5.2%あるため,広い視野で診療に当たる必要があります。

――依存症患者の社会復帰を妨げる要因は何でしょう。

松本 「薬物依存症=犯罪」という偏った見方により,社会やコミュニティから排除され,大切な人とのつながりや就労の機会を失ってしまうことです。そのことが新たな苦しみを生み,かえって薬をやめにくくしてしまう。覚せい剤取締法違反者の再犯率が年々増加する中,50歳以上は83.1%にも上るのは2),社会的な疎外も一因だと私は考えています。

心の痛みが依存を招く

――依存症対策の現状をどう見ますか。

松本 違法薬物に対する規制は必要です。一方で,需要を減らすためにも,人はなぜ依存症になるのかを知らなければなりません。薬物乱用防止教育では,「ダメ。ゼッタイ。」と啓発されます。薬物に手を出すと快感が脳に刻まれ,再び使用してしまうのだからダメだと。しかし,アルコールや,治療目的で医療用麻薬を使用したからといって全ての人が依存症になるわけではありませんね。

――人間は飽きっぽいとされるのに依存症に陥ってしまう。そこに原因となる因子があるのでしょうか。

松本 依存症になる人の多くは,心の痛みを抱えていることです。何らかの薬物を摂取してかつて経験したことのない快感を体験する,という「正の強化」は飽きやすいですが,薬物摂取によって悩みや痛み,苦しみが軽減したり消えたりする,という「負の強化」は何度やっても飽きず,生きるために欠かせないものになってしまいます。だから依存症の本質は「負の強化」であるとの共通認識を医療者が持ち,これを前提に依存症対策も進められるべきです。

市販薬の乱用は,自殺企図を予測する重要因子に

――救急や一般外来などプライマリ・ケアの現場では,依存症の問題を抱える方を診る機会も多いと思います。注意すべき点はありますか。

松本 先に述べた,処方薬や市販薬による薬物依存症の有無です。市販の感冒薬に含まれる薬は個々の成分は弱くても,過剰服用による相互作用でかなり重篤な依存を呈する危険があります。

――どのような薬を使用しているか把握することで,依存症の芽を早期に摘むことができるわけですね。

松本 それだけではありません。なぜ私が市販薬への注意を強調するかというと,リストカットなどの自傷行為を繰り返す患者の近い将来における自殺行動の予測因子として,過食や嘔吐といった摂食障害とともに市販薬の乱用は見逃せないものだからです。いち早く気付いて処方薬の長期処方を控えれば,依存症だけでなく自殺の抑止にもつながります。

 今やcommonな疾患とも言える依存症。その知識を備えることで,プライマリ・ケア領域における問題の対応範囲はぐっと広がるはずです。

――依存症は薬物に限らず,アルコール,たばこ,ギャンブルなどさまざまです。依存症が疑われる患者さんを診る場合,どのような態度を心掛ければよいでしょう。

松本 まずお願いしたいのは,頭ごなしの説教,叱責,人格攻撃をしないことです。本人の望まない救急搬送は別として,なぜ患者さんがわざわざ来てくれたのかを考えてほしい。本人は「今のままでいい」とは思っていないから診察に訪れるわけですよね。酒や薬,たばこをやめられなくても,自分なりに量を減らし度が過ぎないよう工夫していれば,ちゃんと評価し褒めてあげてください。「あなたのことを心配している」という姿勢が大切です。

――専門病院へ紹介せざるを得ない場合の注意点はありますか。

松本 「もうウチでは診られません」と突き放さないことです。患者さんは失望し,紹介先の専門病院にもつながらなくなってしまうからです。当センターの患者さんを診ていると,プライマリ・ケアの先生と良好な関係にあったとの印象を受ける方が多いですね。できれば紹介後も治療関係を維持しながら,患者さんのめざす目標達成へと導くことが重要です。

心の問題に特化した施設,精神保健福祉センターを知る

――違法薬物の使用が疑われる患者が救急搬送されたり,家族に連れて来られたりした場合,どう介入すればよいでしょう。

松本 急性中毒症状があれば措置入院や一般入院による経過観察を行います。その上で,専門病院や精神保健福祉センターなどの公的機関,各地のダルクや断酒会,アルコホーリクス・アノニマス(AA)やナルコティクス・アノニマスなどの自助グループといった社会資源があると伝えてください。医療者には特に精神保健福祉センターの連絡先を知っておいてほしいです。都道府県,政令指定都市に少なくとも1か所は設置されている行政機関で,心の問題に特化した保健所とも言えます。

――具体的にどのような役割を担っていますか。

松本 精神科医の他,保健師,臨床心理士,精神保健福祉士など,心の問題に熟達した医療者が依存症の相談に個別に乗っています。家族の相談も受け付けているので,付き添いの家族がいれば必ず教えてください。依存症は,本人よりも先に身近な家族が困り果ててしまうため,まずは孤立状態の家族を救わなければなりません。1回の面接で劇的な解決策が得られるわけではないので,継続して通うよう促すことも大切です。

――違法薬物を使用していた場合,警察に通報すべきとの声があると聞きます。

松本 即通報は控えるべきです。医師に警察への通報義務はありませんし,医師法では守秘義務が規定されています。社会的責任を取らせるべきとの意見もあるでしょう。しかし,薬物依存症は刑罰を与えれば治るものではありません。実際,刑務所を出た直後に「もう治ったから,大丈夫」と,薬物を使ってしまう患者がたくさんいるのです。

――罰則を強化すれば解決できるとの発想から,転換が必要ですね。

松本 それは歴史が証明しています。米国は1971年,ニクソン大統領が「薬物戦争」と位置付け薬物使用に厳罰主義を掲げました。しかし,使用者の健康被害の悪化を招き,刑務所の出入りを繰り返す「回転ドア現象」が起こり,さらには反社会的勢力の増加でコミュニティの安全が脅かされるなどして失敗に終わりました。

 一方,ポルトガルは,2001年から全ての薬物の自己使用と少量の薬物所持を非犯罪化し,薬物使用経験者の割合を低下させる成果を上げています。

 非犯罪化は合法化ではありませんが,刑務所には収容されません。ソーシャルワーカーが依存症の回復プログラムや就労支援のプログラムを紹介し,使用者に対する仕事の斡旋なども行政サービスとして行われます。

――刑罰を与えるのではなく,使用者に手を差し伸べたわけですね。結果,どのような効果が得られたのでしょう。

松本 開始から10年,ポルトガルでは治療につながる患者が増え,過剰摂取で死亡する人や薬物乱用者間のHIV感染も激減しました。何と10代の薬物使用経験者の割合も減少したのです。

 他国の学術研究も,処罰するより地域で治療につなげたほうが再犯率は低いことを明らかにしており,WHOも2014年に,「薬物問題の非犯罪化」を日本を含む各国に勧告しています。

 こうした動向を踏まえ,医師としてイデオロギーとサイエンスのどちらを重んずるのか,しっかりと判断していただきたい。

アディクションにはコネクション

――今年1月には,当事者らと作成した「薬物報道ガイドライン」を公表し(),依存症への偏見や報道の在り方に対して一石を投じました。作成の経緯をお聞かせください。

 薬物報道ガイドライン(「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」ウェブサイトより)(クリックで拡大)
松本氏は「今後,メディア関係者とも議論を重ねて練り上げたい」と話す。

松本 きっかけは,芸能人やスポーツ選手の薬物事件報道が相次いだ2016年,その影響が自分の診察室の中に現れたことです。

――どのようなことですか。

松本 メディアで使われる,覚せい剤の注射器や白い粉などのイメージカットを見た患者に覚せい剤の欲求が蘇り,再使用してしまう事例が出始めたのです。コメンテーターによる薬物使用者への心ない発言を聞いて,一生懸命薬を断とうと治療している人やその家族がつらい思いをしているとの声も耳にしました。

 今年1月にラジオ番組で共演した評論家の荻上チキさんとは,「センセーショナルな報道で人格攻撃に拍車がかかり,薬物使用者の生活の糧や社会復帰の機会までも奪っている」との意見で一致し,WHOが2000年に出した自殺報道のガイドライン3)を参考に作成しました。

――薬物依存症を犯罪としか見なさない風潮が広がっていることに歯止めをかける狙いがあったわけですね。

松本 過激な報道で薬物使用者を追い詰めることに,いったい何の意味があるのか。私自身,これまで多くの薬物依存症を診てきましたが,患者の社会復帰がうまくいかず再犯率が高いのは,依存症自体の深刻さよりも,社会からの排除,すなわち“村八分”の力学のほうがはるかに強いからだと感じています。

――排除よりも共生の道を開くことこそが依存症患者が社会復帰する近道であると。

松本 ええ。最近,海外ではアディクションの反対語はコネクションと言われています。つながりを喪失した孤立の病,それが依存症である。だから依存症患者には“つながり”が必要との認識が広まっています。

 より多くの人が健康で幸せになる保健政策は何か。われわれ医療者はエビデンスに基づいた公衆衛生の知識を持って,依存症の問題に向き合わなければなりません。

(了)

参考文献・URL
1)松本俊彦,他.平成28年度厚労科研.全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査.2016.
2)警察庁.平成27年における薬物・銃器情勢 確定値.2016.
3)WHO. Preventing Suicide. A Resource for Media Professionals. 2000.
http://www.who.int/mental_health/media/en/426.pdf


まつもと・としひこ氏
1993年佐賀医大卒。横市大病院精神科助手などを経て,2004年に国立精神・神経センター(現・国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。同研究所自殺予防総合対策センター副センター長などを歴任し,15年より現職。日本アルコール・アディクション医学会理事,日本精神科救急学会理事,日本社会精神医学会理事。『薬物依存臨床の焦点』(金剛出版),『いまどきの依存とアディクション――プライマリ・ケア/救急における関わりかた入門』(南山堂)など著書多数。

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