医学界新聞

取材記事

2017.04.24



【講演録】

「美学」こそが組織における重要な課題

井部俊子氏(現・聖路加国際大名誉教授)講演録


 本紙連載「看護のアジェンダ」著者の井部俊子氏(現・聖路加国際大名誉教授)が3月8日,聖路加国際大アリス・C・セントジョン・メモリアルホールにおいて聖路加国際大最終講義を行った。井部氏は2003年に聖路加看護大(当時)の教授に就任。14年間にわたり研究・教育に尽力した。講義の模様を,ダイジェストでお届けする。


 皆さん,こんにちは。本日のテーマは「『サービス・マネジメント論』とともに」です。私はこれまで,サービス・マネジメント論を自分の行動規範としてきました。その中核となる考え方を復習したいと思い,このテーマを選びました。

サービス・マネジメントと私

 まず,私とサービス・マネジメントとの出合いからお話しします。当時,銀座に近藤書店という本屋があって,私はよくそこに通っていました。皆さんは知らないですよね? もう閉店して,跡地はジョルジオ・アルマーニの店舗になっています。アルマーニをみたら,「ここに昔は近藤書店という本屋があって,井部が通っていた」と思い出してください。お金がある人は石碑でも建てていただけたら,と(笑)。これはまあ冗談ですが,その近藤書店にリチャード・ノーマンの『サービス・マネジメント』(NTT出版,1993年)が大々的に平積みされているのをみて,「これだ!」と思ったのを今も鮮明に覚えています。本の奥付には,「1993年4月14日,銀座・近藤書店にて購入」という私のメモ書きがあります。

 『サービス・マネジメント』が出版される少し前にも,医師の中川米造先生が『サービスとしての医療――医療のパラダイム転換』(農山漁村文化協会,1987年)という本を出して,当時注目されました。私は,1996年にこの本を購入しています。本の冒頭に「日本では,医療をサービスだというと,怪訝な顔をする人が多い」とあります。そういう人は今もいますね。

2017年2月,井部研究室にて撮影

「虎の教え」と「黒革の手帳」

 もう一冊,私の行動規範となっているのが,『動物たちのビジネス・ゼミナール――心豊かに生きるための18章』(徳間書店,1993年)という本です。原題は“The way of the tiger”,「虎の教え」ですね。この本の監修・解説を担当した岩國哲人さんは当時,出雲市の市長で,「行政は最大のサービス産業」が持論でした。講演を聴きに行ったことがあるのですが,非常に印象深い人でした。舞台袖に立っている男性秘書が格好良かったのも覚えています。その人が黒い革の手帳を使っていたので,それ以来,私も真似して黒革の手帳を持つようになりました(笑)。

 本の内容を少し紹介しましょう。まずは「仕事と生活で成功するための3つの基本原理」です。

仕事と生活で成功するための3つの基本原理

熟達(マスタリー)の鍵
個人的なことであれ,仕事上のことであれ,引き受けたことは力の及ぶ限りの水準で成し遂げる。
融和(ケミストリー)の鍵
個人的な,あるいは社会的な人とのつながりにおいて,相手から進んで付き合いを求められるような人間関係を築く
奉仕(デリバリー)の鍵
内外に顧客を見つけ出し,彼らのニーズを正確に把握して,それを満たす。

 これらは今も時々,私の頭をよぎります。仕事の手を抜きたい誘惑に負けそうなときは,❶が思い起こされ,力の及ぶ限り誠実に成し遂げようと努めます。❸は顧客,つまり看護を必要とする患者を見つけ出し,そのニーズを把握して満たすのは,私たち看護師の仕事そのものではないでしょうか。

「ムースの11の原則」

 次に「ムースの11の原則」。ムースは本に登場する虎の名前です。

ムースの11の原則

会議の法則
顧客の満足度と会議時間の総計は反比例する。
次元の高い自己利益の法則
雇用主から報酬を得るためには,まず自ら顧客に与えなければならない。
熟達の法則
熟達は報酬を求めない。報酬は熟達についてくる。
使命の法則
顧客のニーズに応えることが,組織体のただ一つの目的である。
解決の法則
不平不満は,事態を悪くする。これだけできれば成功だ,という基準を明確にすることが解決の糸口となる。
創造性の法則
革新は新しい発案を批判することでなく,それを土台に積み上げることでもたらされる。
傾聴の法則
真摯に傾聴することの大切さは,経歴が長く地位が高まるほど増大する。
人材登用の法則
組織がスーパースターを選ぶのではない。スーパースターが組織を選ぶのだ。
官僚主義の法則
満足した顧客が増え続ける組織では,管理は二次的な機能となる。
リーダーシップの法則
優秀なチームでは,100人のメンバーがいれば,100人のリーダーがいる。
資産の法則
優れた組織が所有する資産はただ2つ。すなわち,従業員と顧客である。他の全ての資産は,おのずとついてくる。

 ❷❸❻は時々思い起こします。顧客は,大学なら学生,病院なら患者および家族ですね。真摯に傾聴することの大切さを,私は❼から教わりました。❽は,「いかにして相手から選ばれる組織になるか」が大切であることを示しています。

 ❾は,極論を言えば「満足した顧客が増え続ける組織」では管理者が不要ということです。つまり,管理者があれこれ頑張らなければならない状況は,「満足した顧客」が増えていない組織なのかもしれません。❿は学生に紹介したら大変喜ばれました。「シェアード・リーダーシップ」(共有型リーダーシップ)という考え方に通じます。

〈講演の後半は,井部氏が師と仰ぐ近藤隆雄氏(多摩大名誉教授)の知見を踏まえてサービス・マネジメント・システムの構成要素を紹介。大学のマネジメントに置き換えると,“建学の精神”を中核に,多様な顧客の獲得やカリキュラム・ポリシー策定,プログラム開発,広報戦略などを行っていくべきではないかと考察した〉

 最後に,「ムースのビジョン」を紹介して,最終講義を終えます。

ムースのビジョン

ほとんどの組織に美学が欠けている。だが,美学こそがわしらが直面しているもっとも重要な課題なのだ。みな,楽しくて魅力的な職場で働きたいと願っている。触発される親しい仲間がいて,やりがいのある仕事があり,精神的にも物質的にも報われる職場だ。

 私はこの文章に感動して,1993年,看護部長就任のあいさつの際に引用しました。「このような職場を創っていきたい」と表明したのです。本日はどうもありがとうございました。

(了)


いべ・としこ氏
1969年聖路加看護大卒。同年聖路加国際病院に入職。以後,日赤看護大講師,聖路加国際病院看護部長・副院長を経て,2003年聖路加看護大教授(看護管理学),04年から聖路加看護大学長(2014年に聖路加国際大と改称)。16年4月より聖路加国際大特任教授,17年4月より同大名誉教授。博士(看護学)。著書に,『看護のアジェンダ』(医学書院),『看護という仕事』(日本看護協会出版会),『マネジメントの探究』(ライフサポート社)など。

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