医学界新聞

寄稿

2017.04.03



【視点】

おだやかな看取りからの病理解剖
在宅医療の新しい試み

内原 俊記(東京都医学総合研究所脳病理形態研究室室長)


 認知症やパーキンソン病等の神経変性疾患は時に10年を超える長い経過をとります。しかし,その診断を病理解剖で確認すると,一般的には認知症の3分の1,パーキンソン病の4分の1程度の例で類縁疾患との区別が十分にできていないと報告されています。設備の整った基幹病院では病理解剖による確認も可能ですが,入院期間の短縮が求められる現状では,わが国の病理解剖総数はピーク時の約3分の1に減少しています。

 東京都中野区には神経疾患の長期療養に積極的に取り組む在宅医が多く,新渡戸記念中野総合病院は基幹病院として,地域との連携を深めてきました。約300床の中規模病院ですが,年間20例ほどの病理解剖の実績があり,東京医科歯科大学や東京都医学総合研究所と共同で病理学的解析を進め,毎月のCPC(臨床-病理検討会)を地域の在宅医と一緒に行っています。

おだやかな看取りを明日へ活かすみち

 在宅医療は「おだやかな看取り」で完結すれば十分とされてきた中で,こうした地域連携により,在宅での看取りも病理解剖の対象にできないかという新たな着想が生まれました。病理解剖を通して,最終診断や経過中の合併症の状態などを振り返れば,個々の診療レベルを高く保てる点は在宅医療でも同じです。また,こうした動きが広がれば,わが国の病理解剖数を増加に転じさせ,神経疾患の原因・病態解明につながる基盤を強化する新たなシステムにできる可能性もあります。

 とはいえ,病院死では病院側の費用負担となる病理解剖費用(1件30万円程度)を在宅医や家族が負担することは困難です。そこで私たちは勇美記念財団の助成でその費用を賄い,11か月で4例の病理解剖(筋萎縮性側索硬化症3例,大脳皮質基底核変性症1例)を実施しました1)。在宅医療の場でも病理解剖をする,「新渡戸モデル」とも言うべき新たな取り組みは,2016年の第18回日本在宅医学会で最優秀演題賞(佐藤智賞)を受賞しました。

 しかし,この研究によれば,従来在宅医療で想定してこなかった病理解剖に,違和感や戸惑いを覚える医療者も少なくありません。まして療養者やご家族であればなおさらでしょう。一方で,長期にわたる在宅医療の場は,療養者-医師が相互の信頼を深めやすく,病理解剖の承諾はむしろ得やすい場合もあるとの印象を持つ在宅医もいることがわかり,考え方は多様です1)。病理解剖を承諾してくださったご家族には結果を報告し,ご理解をいただくことにも努めています。

 医学的に重要で,承諾も得られているのに,費用負担や病理解剖を引き受けてくれる施設が見つからないという理由で,病理解剖を見送らざるを得ないわが国の在宅医療の現状は望ましいとは言えません。費用や引き受けてくれる施設を地域で確保しながら,在宅看取り例をも対象とする病理解剖を実践し,その意義や必要性を訴えていく中から,新たな方向性が定まっていくことを期待しています。在宅医療としては,「おだやかな看取り」で立派に完結できることに異論はありません。しかし,長期の介護で大切にケアし,おだやかな看取りで一旦完結した命も,病理解剖をさせていただければ,明日の在宅医療や医学の発展に貢献できる新たな命としてよみがえらせることにつながると信じます。

 目覚ましい在宅医療の発展の中で,病理解剖という医学的な側面は手付かずのままです。「新渡戸モデル」はこの広大な原野を開拓し,在宅医療を医学的な面からもさらに深めていくことをめざしています。

参考文献
1)内原俊記,他.神経疾患療養者の在宅看取りを病理解剖を通して活かす試み――中野総合病院を中心とした予備的研究.日在医会誌.2016;17(2):205-11.


内原 俊記
1982年東医歯大医学部卒。仏サルペトリエール病院神経病理研究室,東京都神経科学総合研究所などを経て,2011年より現職。

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