敗血症診療国際ガイドラインSSCG 2016を読み解く(山本良平,林淑朗)
寄稿
2017.04.03
【特別寄稿】
敗血症診療国際ガイドラインSSCG 2016を読み解く
山本 良平,林 淑朗(亀田総合病院集中治療科)
Surviving Sepsis Campaignによる新ガイドラインが2017年1月18日に発表された1,2)。Surviving Sepsis Campaign Guideline(SSCG)は2004年3)に初版が発表されて以来,2008年4),2012年5)の改訂を経て,今回で第4版となった。
敗血症は世界で毎年約3000万人が罹患する最も警戒すべき疾患でありながら早期認知がなされず,3人に1人が死亡しているとされる。また,集中治療における重要な治療対象であるばかりでなく,急性期・慢性期病院,また専門領域にかかわらず多くの医療従事者が遭遇する疾患群である。近年,敗血症に関する質の高い新たなエビデンスの蓄積が進んでおり,今回の改訂でもSSCG 2012にはなかった新たな知見が反映され,主要な変更点も散見される。
本稿では,SSCG 2016を前版からの変更点に力点を置いて概説し,最後にSSCG 2016とほぼ同時期に公表された日本版敗血症診療ガイドライン2016との比較も加えた。
25の国際機関と55人の専門家により敗血症と敗血症性ショックに関する93の推奨文が提示された。SSCG 2012以降に数々の大規模RCTと系統的レビュー(SR),メタ解析が発表されており,これらが加味され,特に敗血症の早期管理の主軸である「プロトコルに基づく蘇生,蘇生輸液,抗菌薬」に関して大きな変更がなされた。
【定義】
敗血症の定義は2016年に発表された新しい定義(Sepsis-3)を採用している6~8)。敗血症(sepsis)を「感染に対する宿主生体反応の調節障害により引き起こされる,生命を脅かす臓器障害」と,敗血症性ショック(septic shock)を「敗血症の部分集合で,高い死亡率と関連する循環・細胞・代謝の障害を呈するもの」と定義した9)。定義は変わったものの,SSCG 2016で用いられた敗血症のエビデンスは旧定義10)をもとに行われた研究に由来している。このためか,診断基準に関しては今回触れておらず,Sepsis-3で提唱されたqSOFAに関する言及もない。
【作成方法】
SSCG 2016にはGRADE working groupの方法論者と専門図書館司書が参加し,標準化された手法に則ったガイドライン作成が行われた。ただ実際には,全ての推奨がGRADE systemの手順に厳密に従っているわけではない。
推奨度の表記は,GRADE system11)に準拠している。SSCG 2012でUG(Ungraded)としていた表記は,BPS(Best Practice Statement)に変わった(表1)。BPSは,介入が適切であることが予想されるが,利益と害のバランスが不明で,エビデンスの要約,GRADEで評価することが困難なものに用いられた。また,利益相反の開示を明確にし,企業バイアスを可能な限り排除する努力がなされた。
表1 推奨付けの変更点(文献1より) |
■SSCG 2016の推奨とその変更点
SSCG 2016の推奨項目一覧を表2に示した。以下,重要な変更のあった項目のみを解説する。
表2 SSCG 2016推奨項目一覧(文献1より)(クリックで拡大) |
【A.初期蘇生】
主な変更点
●EGDTを削除
●晶質液30 ml/kgに関する根拠を追加
●静的指標よりも動的指標の重視
●MAP≧65 mmHgの根拠を追加
最も重要な変更点は,プロトコル化された蘇生方法であるEGDT(Early Goal-Directed Therapy)が削除されたことである。
SSCGではこれまで,蘇生の中核としてEGDTを推奨していた。EGDTは組織酸素供給をコンセプトとして中心静脈圧(CVP),中心静脈血酸素飽和度(ScvO2)の目標値をめざし,輸液,血管収縮薬,赤血球輸血やドブタミン投与を行うプロトコルである。EGDTの根拠は2001年のRivers12)らの単施設非盲検RCTであるが,この研究は対象群の高すぎる死亡率,不適切な統計操作,金銭的利益相反など多くの疑問点や批判があった。2014年から2015年にEGDTの効果を検証したARISE13), ProCESS14),ProMISe15)の3つの大規模多施設非盲検RCTが報告され,EGDTとUsual Care(プロトコル化していない普段の治療)で死亡率に差はなかった。これらのRCTはメタ解析16)され,そこでもEGDTの優位性は示されなかった。
EGDTによる害の報告はなく,SSCG 2016の解説中ではEGDTプロトコルに従ってはならないわけではないとしつつも,推奨からはEGDTを代表とする蘇生プロトコルは削除された。このため,初期蘇生における新たな指標が追加された。
初期輸液に関しては最初の3時間以内に最低30 mL/kgの晶質液を投与する。この値は,ProCESS, ARISEでの輸液投与量が参考となっている。もう一つの重要な点は,静的指標(CVPや血圧など)より動的指標(脈拍や1回拍出量の呼吸性変動〈SVV〉,受動的下肢挙上〈PLR〉17,18))を用いて繰り返し循環動態を評価することである。輸液反応性を予測するのにCVPはもはや有用ではない19,20)としており,CVPをターゲットとした以前のガイドラインとは明らかな変化である。
平均動脈圧(MAP)に関しては多施設二重盲検RCTであるSEPSISPAM21)で,死亡に有意差はないが,80~85 mmHgをめざした群で不整脈が増えたと報告している。ショック患者全般に対して行った多施設パイロットRCT研究22)では,75歳以上で60~65 mmHgの群で死亡率が低かったことを受け,今回のガイドラインではMAP目標値65 mmHgが推奨された。
【D.抗菌薬療法】
主な変更点
●PK/PD理論に基づく投与設計
●敗血症性ショックでは併用療法,その他では単剤
●プロカルシトニン値に基づく抗菌薬中止判断
集中治療患者では,分布容積拡大,Augmented Renal Clearance,低蛋白血症,腎代替療法やドレーン留置等の医療介入の影響で抗菌薬血中濃度が十分な域に達しないことがある23,24)。SSCG 2016では,適切な投与量と投与間隔の重要性が強調され,「用量戦略を薬物動態学(PK)/薬力学(PD)に基づいて行う」ことを勧めている。
興味深いことに,今回のSSCG 2016では敗血症と敗血症性ショックの初期治療が別に記載され,敗血症性ショックの治療として「併用療法」が提案されている。併用療法とは,単一の病原体に対して感受性があって機序の異なる2つの抗菌薬を投与することである。重症感染症患者や敗血症性ショック患者では併用療法により死亡率が低下したとするメタ解析25)や傾向スコアマッチング解析26)の結果を考慮してのことである。一方で,ショックのない敗血症(好中球減少症や菌血症も含む)では死亡率低下は認めておらず,低リスクでは併用療法は行わないことを提案している。
抗菌薬の投与期間は慣習的に決めらることが多いが,プロカルシトニンを中止判断に用いることによる使用期間短縮は有望な研究仮説である。プロカルシトニンガイド下の抗菌薬治療による抗菌薬投与期間の短縮,死亡率改善が多施設非盲検RCTであるSAPS試験27)で示されており,SSCG 2016でもプロカルシトニン値に基づく抗菌薬の中止判断を提案している。
【F.輸液療法】
主な変更点
●調整晶質液もしくは生理食塩液の使用
近年,観察研究で生理食塩液投与の害28,29)が報告されており,初期輸液として調整晶質液を用いるべきか,生理食塩液を用いるべきかが議論されてきた。ICU患者を対象に生理食塩液投与と調整晶質液投与でAKI発症率が変わるかを検証した多施設二重盲検RCTであるSPLIT試験30)が2015年に報告された。AKI発症率に有意な差は認めなかったが,対象者の多くは術後の予定入室患者であり,敗血症を主な対象とした研究ではない。このため両者の優劣は依然不明である。
【G.血管作動薬】
主な変更点
●バソプレシンの使用の推奨度が変更
●血管作動薬使用中は動脈カテーテル留置
バソプレシンの使用に関しては2008年のVASST試験31)を根拠に,SSCG 2012でUGと記載されていた。敗血症性ショックを対象としてノルエピネフリンとバソプレシンの効果を比較した二重盲検RCTであるVANISH試験32)が2016年に発表されたが,結果に有意差は認めなかった。ガイドラインでもメタ解析が行われ,ノルエピネフリンとバソプレシンの比較では結果に差はみられていない。このため,バソプレシンは第一選択としては推奨しないが,追加の血管作動薬として0.03 U/分を超えない範囲で使用することが提案さ
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