医学界新聞

寄稿

2016.11.07



【寄稿】

在宅みとり割合22.9%
神奈川県横須賀市の地域連携

磯崎 哲男(医療法人社団小磯診療所 院長)


 厚労省が7月6日に公表した「在宅医療にかかる地域別データ集」において,在宅死亡率は全国で最大約3倍の地域差があることが明らかになった。全国平均は12.8%。医療機関の少ない過疎地で割合が高くなる傾向がみられた。過疎地以外での在宅死亡率には,自治体ごとの医療提供体制が影響していると考えられる。本紙では,人口20万人以上の都市の中で在宅死亡率が最も高かった神奈川県横須賀市において在宅医療を行う磯崎哲男氏に,医師としての取り組みを紹介していただいた(『週刊医学界新聞』編集室)。


 横須賀市では,厚労省が地域包括ケアシステムを示すよりも早期から在宅医療や多職種連携の取り組みを始めてきました。行政では地域医療推進課が多職種連携を強力に推進し,横須賀市医師会も一方では行政とタッグを組んで,また他方では医師会独自の事業を進めてきました。その結果,横須賀市の医療・介護資源は全国平均かそれをやや下回る水準ですが,在宅みとりの割合は20万人以上の都市で日本一高くなりました(2014年の人口動態統計などを基にした厚労省「在宅医療にかかる地域別データ集」より)。

 私は開業医の2代目で,病院に勤務していたころから実家の手伝いで外来診療や訪問診療をしていました。そして時々在宅みとりを経験していました。自宅で亡くなる場合,心電図モニターが装着された病院の患者さんのように亡くなった瞬間がわかるわけではありません。「どうも息をしていないようだから診に来てくれ」とご家族から連絡がきてから緊急で自宅に訪問するわけです。そして死の3兆候を確認し,ご臨終を宣告することになります。今回は,横須賀市で在宅医療をしてきて感じている,在宅療養・在宅みとりを増やすために大切なポイントを紹介いたします。

病診連携

急性期病院とかかりつけ医が本来の機能をきちんと果たす
 市内の各病院では,退院窓口が整備されてきています。退院後に在宅医が必要になる症例(外来通院困難症例)を入院直後から拾い出し,退院後の在宅医療につなげる取り組みが成熟してきています。在院日数減少の取り組みの一環でもあります。

 病院から紹介がある場合には退院数日前に診療所に連絡があります。私の場合は週に1~2回病院に赴き,退院前に在宅医として病棟主治医から患者さんとその家族に紹介していただいています(その際に病院の電子カルテも閲覧します)。病棟内で主治医と共に患者さんに会うことで,「退院後は病院に来ないで,在宅医に診てもらってください」と言われても,病院から見捨てられたとの気分にならないようです。逆説的ですが,その結果最期まで在宅で過ごす方が増加しています。

 在宅医が病院とつながっているので,(実際には急性期病院への入院適応があってもなくても)「必要があれば病院に戻ることができる」と患者さんが思えることが,在宅療養中の安心につながるのだと思います。

 基幹病院は急性期の治療の場(かかりつけの患者さんであっても入院適応がない方は断る),かかりつけ医は地域の患者さんを広く診て,基幹病院の防波堤になるという本来のそれぞれの役割を果たすことが病診連携を促進し,医療崩壊を防ぐ効果があると思います。

多職種連携

在宅療養において医療はオンデマンド,主役は介護職だということを理解する
 横須賀市で在宅みとりが進んでいるのは,事業の内容もさることながら,事業を通して地域のプレーヤーが一堂に会して何かを行うことで,「顔の見える連携」が培われた成果も大きいと思います。

 横須賀市では市内を4つのブロックに分け,それぞれの地域性(バックベッド病院の種類や地域の医療・介護資源)を考慮したブロック会議を4年前から開始しました。ブロック会議はもともと在宅医を増やすための会議でしたが,多職種で会議を行うことで地域の連携が非常に強固となり,地域の在宅力は確実に向上しています。多職種連携に取り組み始めた当初のアンケート調査では,介護職の大きな不満の一つに「医療職にいつどのように連絡を取ったらよいかわからない」という点がありましたが,現在は著明に減少しています。

 12年間在宅医療にかかわってみて,患者さんの在宅療養時に一番大事なのは介護だと感じています。医療はオンデマンド(医療資源投入に緩急をつける)で,患者さんの具合の悪いときに活躍の場があります。もちろん慢性疾患の管理も大切ですが,具合の悪いときに,内服加療なのか,点滴・注射剤なのか,はたまた入院加療が必要なのかをいかに早くトリアージできるかが在宅医療のキモになります。介護があることで日々の生活が成り立ち,医療が必要な状態にならずに済んでいる方をたくさん見てきました。会議のネタはすでに尽きかけていますが,小さい地域の中でいつも同じ顔を突き合わせることで医療-介護の連携のみならず,歯科医や薬剤師との連携も形成されつつあります。有賀徹先生(労働者健康安全機構理事長)が言う「これからの医療は総力戦」の下地が作られつつある印象です。

 今後はITを用いた医療-介護連携を進めるべく,カナミックネットワーク(通称かもめネット)を導入し,ITをうまく利用しながらさらなる連携を模索しております。

12年間在宅医療をしてきて

 在宅医療を推進する理由は,主に4つだと私は考えています。

a.財政的な理由
 日本国の借金は諸外国に比べて非常に多く,現在は大丈夫だとしてもこのまま増えて良いわけがありません。厚労省の推計によると社会保障給付費(年金医療介護等全て含む)は2015年が約110兆円,このままいくと2025年には約145兆円まで膨れ上がります。そのような状況の中,例えばがん終末期の場合,横須賀市のある急性期病院に入院医療の医療費を尋ねたところ,在宅医療と比べて1か月で約50万円も違いました(在宅のほうが安い)。

b.患者さん本人の希望
 内閣府や横須賀市が行った高齢者へのアンケート調査では約6割の方が,一時的にせよ自宅での療養を希望しているという結果が出ています。全国平均では75%の方が病院で亡くなっている現状を鑑みると,まだまだ自宅での療養やみとりが増えると推定されます。

c.高齢化による医療の変化(キュアからケアへ)
 併存疾患を持ち,また加齢により身体機能の低下した高齢者が増える中で,医療は変化しました。治癒をめざす医療から,日々の生活を維持する医療です。医療機関まで自分でアクセスできないくらい身体能力が低下した方には,在宅医療がマッチしています。

d.在宅医療の進歩
 在宅で使用する機器は進歩してきています。緩和医療に限って言えば,病棟内やホスピスで行う医療行為のほとんどが在宅で可能になりました。

 例えば腹腔穿刺や胸腔穿刺などはポータブルエコー下で在宅でも安全に行えます。また,モルヒネ製剤の持続投与も,シリンジポンプがなくても可能なデバイスが発売されています。このことも在宅医療の幅を広げています。特にがん終末期の方にとっては我慢せずに自宅で過ごせることにつながり朗報だと思います。

 その他,検査機械が廉価になったおかげで,診療所においても血算・生化学検査・PT-INRなどが即座に分析できるようになりました。具合が悪いときに訪問し,バイタルサイン評価と採血を行うと,かなりのことがわかります。その結果,内服加療や点滴注射剤(抗菌薬)といった在宅医療における医療資源の大量投入の必要性や病院紹介のトリアージが可能となります。

 最近は急性期病院の病棟医の態度も変化が見られます。以前は「何かあったらまた当院に来てくださいね」と言って退院させていたのが,「何かあったらまずは在宅医に相談してください」や「急性期病院としてすべきことはもうないので,あとは在宅医に任せましょう」など,急性期病院は治療の場であり,終末期を過ごす場ではないという概念がきちんと根付いてきたように思います。このことも在宅みとりが増えてきている一因と私は推定しています。

在宅みとりの一層の促進をめざして

 在宅みとりの割合が高い横須賀市ですが,努力を重ねても結果に結び付いていないことがあります。それは在宅医を増やすことです。実際に在宅医療を行っているわれわれも仲間を増やそうと勧誘を行っていますが(ブロック会議もその一つです),在宅医は増加しません。結果として在宅みとりの割合が高いのは多職種連携が機能し,在宅力が向上しているからです。個人的にはアナログな「顔の見える連携」があった上でないとITなどの便利なツールも生きないと思います。まずは人間同士の結び付きを大切にしながら,今後も在宅医療を推進していきたいと考えています。


いそざき・てつお氏
1995年横市大医学部卒。NTT東日本関東病院にて内科研修後,横須賀共済病院,浦賀病院,横市大病院,NTT東日本関東病院を経て,2004年より現職。横須賀市在宅医療担当理事,横須賀市在宅療養連携会議座長職務代行者。父であり先代の磯崎興志氏から診療所を継いだのは医師になって10年目のとき。現在は,小磯診療所,小磯第二診療所,並木小磯診療所,栄小磯診療所の13人の常勤医と多数の非常勤医と共にかかりつけ医として在宅医療に取り組む。15年のみとり数は計311人。通常の外来診療の他,自宅や施設,計467人の訪問診療を行っている(16年10月現在)。

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