医学界新聞

2016.10.31



Medical Library 書評・新刊案内


精神科臨床 Q&A for ビギナーズ
外来診療の疑問・悩みにお答えします!

宮内 倫也 著

《評 者》佐藤 健太(勤医協札幌病院・副院長)

現場で遭遇する,本では勉強しにくい内容についても具体的に解説されている

 精神科の若手向けの入門書という設定のようですが,総合診療医である評者が読んでもとても面白く,新たな発見や学びもたくさんありました。

 筆者は以前にも初期研修医向けやプライマリ・ケア医向け,精神科初学者向けの類書を書かれていますが,「単に教えたいことを書き連ね,言い放っておしまい」ではなく,いずれも若手の視点や悩みを熟知した上で「読者が読んで納得し,ふに落として,明日からの考え方や言動が確実に変わる」ことを意識して丁寧に丁寧に書かれているのが,本書にも貫かれている基本姿勢だと感じます。

 筆者自身が丁寧に学び,学んだ内容を同僚や後輩とシェアし,その反応を丁寧に拾いながらブラッシュアップしてきたのだと伝わってきますし,おそらく臨床でも同様に患者とのやりとりを丁寧に行われているのだろうと想像します。

 総論にあたる第1~3章は,「精神医学とは!」といった堅苦しいものではなく,初学者が必ず悩む疑問を中心に書かれています。

 診療の時の心掛けや「共感」の在り方,精神科独特の初診外来や家族対応,DSMの是非などについて,わかりやすく学習者の疑問に答えるように書かれているため,精神医学に対して苦手意識がある人でも気持ちが楽になれる内容です。

 患者との対話や養生などを重視される一方で,避けては通れない「薬の処方」についても,患者への説明の仕方,(他書ではあまり解説されない)減らし方・やめ方や“プラセボ効果の乗せ方”,添付文書に運転禁止と書いてあるけど実際にどうするかなど,現場でよく遭遇するのに本では勉強しにくい口伝的な内容について具体的に解説されているため,周囲に相談できる精神科医がおらず独学で孤軍奮闘している人でも「ああ,そういう対応でいいんだ」と安心できます。

 また,患者さんとの対話の実例が,若手医師として人生の先輩である患者さんを相手に語ってきた言葉としてたくさん提示されています。研修医でも口にしやすい日常用語や身近な例えが多いため,精神医学の大家の名言集よりはそのまま普段の臨床に流用できそうであり,類書にないお得な点だと思います。

 各論に当たる第4~14章では,枝葉のマニアックな疾患はそぎ落とし,頻度の高い統合失調症・双極性障害・うつ病・不安症・睡眠障害などの疾患や,「教科書通りに薬を出して終わり」にはなりにくく精神科以外でも遭遇しやすい身体症状症・アルコール依存症・認知症・発達障害など,現場目線での重要度に応じてピックアップされています。

 構成はあえて統一されておらず,疾患ごとに臨床上よく遭遇する問題に絞って解説されているため一見とっつきにくいかもしれません。しかし,内容は伝統的・教科書的な説明にとどまらず,必要に応じて最新の論文やその道の権威のエキスパートオピニオンにも触れながら,筆者個人の見解がきちんと書かれているため,他の書籍で十分勉強している人でも必ず新しい発見があると思います。また,疾患や患者とお付き合いする上で常に根底においてほしい姿勢・考え方については,疾患・章が変わっても繰り返し同様のメッセージが強調されています。

 このため,今担当している患者についての切迫した悩みを解決するための拾い読みでも十分役には立ちますが,できれば時間をかけて通し読みをして筆者の考え方を吸収したほうが,より本書の良さを満喫できると思います。全体的な語り口も,無味無臭な硬い言い回しではなく読者に語りかけるような柔らかいトーンのため,机に向かって集中してお勉強するよりは,暇な時間ができたときにリラックスして寝転んで読みながら「ふむふむ」と納得して楽しむための本かなと思います。

 また,単一著者の書籍では「Column」に著者の個性や人柄が現れて好きなのですが,本書はこの点でも期待を裏切らず楽しめました。著者のブログを愛読している人であれば,ニヤリとする記載もあります。

 このように,教科書のように一から十まで網羅して書いてある本ではないため,まだ精神科ローテをしていない学生・初期研修医ではまだ実感は湧かず,試験勉強対策にも使えないでしょう。しかし,精神科ローテで患者を担当し,教科書や文献で勉強しても解決しない疑問が募ってきた研修医や,日常的にメンタルヘルスケアに悪戦苦闘しながらかかわっているプライマリ・ケア医や総合診療医が読むと,そのもやもやの全てではないにしろかなりの部分がすっきりするのではないかと思います。また,医師に限らず,メンタルヘルスに課題を抱えた方とかかわる看護師など,精神科臨床にかかわる全ての職種にとっても,とっつきやすく学びも多いと思います。

A5・頁308 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02800-4


DSM時代における精神療法のエッセンス
こころと生活をみつめる視点と臨床モデルの確立に向けて

広沢 正孝 著

《評 者》村上 伸治(川崎医大講師・精神科学)

DSM時代の今こそ読んでほしい

 精神疾患の症状は,一般の人には理解が困難なものが少なくない。妄想などは理解せよと言うほうが無理であろう。だが,われわれ精神科医はそのかなりを理解することができる。

 それは,理解の仕方についての説明体系があるからであり,それが精神病理学である。評者を含め現在中高年の精神科医は,皆が笠原嘉のうつ病論を学び,興味のある者は中井久夫の統合失調症論や神田橋條治を学び,さらにハイレベルを求める者は安永浩のファントム空間論に挑戦したりした。われわれ精神科医の臨床は,これら精神病理学の上に成り立っている。

 例えば評者の患者の例だと,

〈調子はどうですか?〉
「まずまずです」
〈地球の様子はどうですか?〉
「今のところ大丈夫だと思います」
〈会社員の仕事だけでも大変でしょう?〉
「そうなんですよ。他の人は会社の仕事さえしてれば良いですから」
〈20余年にわたる,地球防衛軍のお勤め,お疲れさまです〉
「そう言ってくれるのは,先生だけですよ」

 このような共感によって彼は評者を信頼してくれ,評者が処方する薬をちゃんと飲んでくれている。

 さて一方,かつての精神医学は国ごとに疾患概念や病名すら異なっていた。これでは研究も国際比較もできないため,これを克服するために生まれたのが操作的診断基準であり,その代表が米国精神医学会によるDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)である。DSMは表面的な症状で診断できることが長所であるが,それは短所でもある。近年のDSM世代の若手精神科医は,難解な精神病理学を勉強しなくてもDSMで診断することができるが,疾患の本質や患者の内面の理解は浅くなってしまっている。DSM時代の今こそ,精神病理学は重要になっている。

 とは言うものの,若手精神科医に対して精神病理学を古いものから全部読めと言うのも無理であろう。そこで登場するのが本書である。

 著者の広沢正孝氏は,旧来からの精神病理学体系をしっかり理解して平易に説明できる数少ない人であり,独自の精神病理学も持っている。さらに現代の若者への精神科臨床にも精通している。今後しばらく,わが国の精神病理学をリードしていく人の一人である。その広沢氏が,旧来の精神病理学と独自の精神病理学,そしてそれに基づいた精神療法を体系的に解説した書,それが本書である。

 本書の構成は,第I部の基礎編と第II部の応用編に分かれている。基礎編の第1章では人の精神構造は格子タイプと放射タイプの2つがあるとの独自の理論を解説し,それにより自閉スペクトラム症(ASD)の理解が容易になることを示してくれる。第2章では旧来の精神病理学や格子/放射を用いた統合失調症の理解について,そして第3章では笠原嘉などに依拠したうつ病心性の理解について解説している。

 第II部は応用編として,第1章「幻覚・妄想」,第2章「うつ」,第3章「不安」を呈する病態の理解と精神療法について解説している。どの章も豊富な症例提示があり,その患者の精神病理学的特徴に気付きやすいように描写されているので,目の前にその患者がいるかのようにイメージしながら,どう考えると患者を理解できるかが解説されていく。

 本書は「精神療法のエッセンス」と題しているが,内容の多くは症例提示と精神病理学的解説であり,精神療法そのものについての記載は多くはない。しかし,精神病理学的理解が十分にできて初めて患者の気持ちが「手に取るように」理解できるのであり,そのとき初めて患者の心に届く対話が可能になる。それゆえ,精神病理学的説明が主になるのは当然でもある。精神病理学の中には,哲学的で難解だったり,治療につながりにくいものもあるが,本書では治療に直結するものを著者が選んでおり,病理に応じた精神療法的対応が解説されている。

 著者独自の精神病理学の真骨頂は,前述した格子/放射の理論であろう。ASD患者の内面は,さまざまな自分が格子状に並んだタッチパネルのようになっており,その一つをタッチ(クリック)すると,そのパネルが立ち上がり,パネルに合わせた自分が出現して立ち回ることができる,という説明は,ASD患者の不思議な言動を「なるほど」と理解させてくれる。

 本書を読んだ後は,意味がよくわからないのでスルーしていた患者のちょっとした言葉や行動の意味が以前よりもわかるようになり,より適切な対応ができるようになるであろう。本書はそういう本である。精神医学を長く学んできたベテランはこれまで学んだ精神病理学を整理するのに役立ち,精神医学を学びつつある者は必須の精神病理学的理解を効率よく学べる。若い精神科医に「中井久夫なんて知りません」などと言われると評者は落ち込んでしまうが,「この本一冊だけでも読んでくれたら,これまでとこれからの精神病理学とそれに基づく精神療法的対応がわかるから,読んでみてね」と言いたい。

B5・頁160 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02485-3


循環器研修テクニカルノート 心不全
臨床を上手に行うための「頭と実地」のテクニック

樋口 義治 著

《評 者》山下 武志(心臓血管研究所所長)

これからの循環器診療を支える研修医に,まずはこの一冊を

 「知」に足が着いた臨床技能のステップアップを,というしゃれたキャッチコピーのシリーズ第1巻が発刊された。いま循環器領域で最もホットとされる心不全診療をテーマとしたテキストである。続巻として虚血性心疾患,不整脈に関するテキストも発刊予定とのこと,早速読ませていただいた。

 著者は1990年代阪大卒の新進気鋭。医学テキストを書く著者の年代が,だんだん若返っていることにまず気付く。医学,医療は,共に時代のトレンドという枠組みから逃れ得ない。だから,診療においても,「知っていても,それとは違うことを思わずしてしまう」ということがざらにある。医療者の脳は,卒後間もなくの教育から始まり,そこから枝葉をつけながら発展させるという方法で育てられる。だから,どうしても時代による「脳のバイアス」が生じやすく,脳にとって楽な「これまでの方法」になびいてしまいやすいのも致し方ない。脳が認識した事実を,バイアスなく実行するという「頭と実地」(表紙にあるこの言葉こそ難しい!)のテクニックを表現するには,新しいトレンドの中で教育を受けた若手著者こそがふさわしい。

 本書は4つのパートから成り立っている。Part 1では,心不全の基本が記載され,心不全診療に必要な検査,診断,治療方針が簡潔にまとめられている。心不全診療をこれから始めようとする若手医師の知識の整理に役立つだろう。しかし,このパートはまだ序の口。本書の本領が最も発揮されるのは,Part 2とPart 3に書かれている急性期,慢性期のテクニックである。ともするとマニュアル化,あるいは対照的にエビデンス化されてしまいやすい内容を,ベッドサイドや外来診療室にいるときのようなタッチで,かつ科学的にたたみかけてくる。現場では疑問の対象であってもテキストに表しにくいという細かな事柄まで,微に入り細に入り,しかも限りなくデータを用いて述べることができている……まさに心不全患者のベッドサイドにいながら,続々と創出されるエビデンスを吸収した著者世代ならではの記述。「これならできそう」という自信まで植え付けてくれる。Part 4では,さまざまな心不全治療薬処方のテクニックが,読者へのサービス精神旺盛に記載されている。

 書評とは……良いところだけでなく,そうでないところも「チクリ」と書くものだ。しかし,本書では,なかなか「チクリ」と書くところが見つからない。素直に,新しい世代の医学テキストが生まれたことを喜ぶと同時に,これからの循環器診療を支える前期・後期研修医にとって,まずはこの一冊から,と推挙したい。これから次々と予定されている続刊も大いに期待ものだ。久々に良いテキストを読んだなという爽快感を味わった。

A5変型・頁268 定価:本体5,000円+税 MEDSi
http://www.medsi.co.jp/

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