医学界新聞

インタビュー

2016.08.08



【interview】

マイナー外科は恐くない!

田島 康介氏(藤田保健衛生大学病院教授・救急科)に聞く


 皮膚創傷や肩の脱臼,膝関節の痛み,耳・鼻・喉への異物などのマイナー外科疾患は,救急外来や夜間当直で遭遇することが多い。多岐にわたる症例も,「コツとポイント」を押さえることで迅速な処置,他科への適切なコンサルトができるようになる。このたび刊行された『マイナー外科救急レジデントマニュアル』(医学書院)は,数多くの外傷手術をこなす整形外科医であり救急医でもある田島康介氏が,自分が知りたい他科の知識や,同僚医師らからよく聞かれる質問への答えをまとめた書籍だ。同氏にマイナー外科疾患を恐れないためのヒントを聞いた。


「できない」「わからない」のままでいいのか

――救急外来や夜間当直を担う医師がマイナー外科疾患を診る機会は多いと思います。初期研修医や経験の浅い医師が,処置に戸惑ったり他科へコンサルトすべきかの判断に迷ったりすることもあるのではないでしょうか。マイナー外科疾患に抱く不安をどう解消し,対処すればよいですか。

田島 「診たことがない」「経験したことがない」から不安を感じるのでしょう。一般病院や診療所で時間外に受診する患者の多くが軽症~中等症です。そのうち外科系では,皮膚を切ってしまった,耳に何か入ってしまった,眼が痛い,といったマイナー系の症例がほとんどです。それらは診療科を問わず,当直医が対応しなければなりません。ところが,専門科の医師にとっては簡単な処置の方法も,非専門医は「診たことがないからできない」とか,「自信がないからより大きな病院へ行ってください」と敬遠したくなるのだと思います。でも,ちょっとしたコツさえ知っていれば,専門科にコンサルトしなくても対応できる疾患がたくさんあります。知識の積み重ねによって困る場面は少なくなるものです。

――知っておくべきコツにはどのようなものがありますか。

田島 例えば創傷の縫合処置。顔面だったら縫合糸痕が残らないよう細い糸で緩く縫合し,四肢体幹など緊張のかかる部位は太い糸を用いる。また頭部であれば,毛髪と同じ黒い糸で縫うと抜糸の際に縫合糸がわかりにくくなるので別の色で縫うなど,縫合一つをとっても,知っておくべきことはたくさんあります。卒前教育や初期研修で縫合の技術は教わっているはずですが,顔面や指先を比較的太い糸で縫ってしまうなど,糸の選択についてまで学んでいない場面が多く見られます。

――目的,部位,状況に応じて,それぞれ要点を押さえておくことで適切な処置ができるわけですね。

田島 そうです。「耳の中に虫が入って取れない」という耳鼻科領域の症例も,対処方法を知っているか知らないかで処置に要する時間が異なります。

――実際,どうすればいいのでしょう。

田島 8%のキシロカイン®スプレーを入れて,虫が動かなくなってから取ればいいのです。簡単ですね。無理に取ろうとすると虫が暴れて,耳の中を傷つけてしまう可能性があります。

――耳に光をかざして虫を外におびき寄せる方法もあると聞きますが。

田島 それはやってはいけません。光の方向に虫が寄って来ると言う人もいますが,虫は狭い耳の中で方向転換できない。耳の中でただ暴れ回るだけで,かえって耳道を傷つけます。正しくは,キシロカイン®スプレーの使用や,代わりにオリーブオイルを滴下する方法をとることです。

 ただし,虫ではなく,おもちゃのプラスチックや豆などの異物が耳に入ってしまった小児の例で,無理に取ろうとするとかえって奥に押し込む可能性があれば,慌てずに翌日の耳鼻科受診を指導するなど冷静な判断も必要です。

非専門医でも十分対処できる整形外科疾患とは

――一見重症に見えても,ポイントさえ押さえていれば比較的容易に処置ができる疾患もあるのでしょうか。

田島 肩関節の脱臼や,外傷によらない急性関節痛などの対処は良い例です。肩関節脱臼では整復の経験がないと,医原性の骨折を起こすのではないかと恐る恐る治療してしまいがちです。すると牽引する過程で患者さんに痛みを感じさせてしまい,痛みで筋肉が収縮して抵抗力が生まれ,余計整復できなくなってしまう。でも,恐がることはありません。患者さんが痛くないように,ゆっくりゆっくり戻してあげればいいのです。場合によっては静脈麻酔薬(プロポフォールなどの鎮静薬)を用い,痛みを感じさせずに正しい方向へゆっくり牽引することも手です。私はこの方法を医師3年目に麻酔科の先輩医師に習い,以後鎮静薬を併用するようにしています。若手の医師に教えながら一緒に整復してみると,「こんなに簡単なのか!」と驚かれますね。

――急性膝関節痛はいかがですか。

田島 「膝がパンパンに腫れて痛い」と訴え来院する患者を診る機会はあるはずです。関節液を検査して診断を確定するのが整形外科の通常診療ですが,救急外来では,診断がつかなくても痛みを取ることはしてあげたい。そこで膝関節穿刺によって“水”を抜きます(図❶❷)。すると膝関節の内圧が減り,劇的に痛みが取れる。来院時は歩けなかった方が,歩いて帰宅することだってできます。

 膝関節穿刺の刺入点
(『マイナー外科救急レジデントマニュアル』より)
❶❷は通常の膝関節穿刺法。膝蓋骨を触れ,その上縁と外側縁の交点を押さえると「指が入る」感触がわかり,そこが穿刺点となる。

 そしてもう一つ知っておいてほしいのが,前方からの膝関節穿刺です。寝たきりで膝が拘縮している患者や,半月板がロッキングして膝を伸ばせない患者には,外側からの穿刺はできません。膝が屈曲していることで,通常の穿刺部位の関節の隙間がほとんどないためです。でも図❸のように,曲がったままの状態でも前方からなら穿刺できる。これは整形外科でも意外と教えられていないのですが,非専門医でも安全にできますから,ぜひ覚えておいてほしい方法です。

❸は膝伸展位が難しい場合に行う前方法。膝関節前面の膝蓋腱を触れると「指が入る」点が存在し,穿刺できる。

――他科へのコンサルトの必要性について,判断が難しい疾患はどうすればよいですか。

田島 どうしても判断に自信がなければ専門科への受診を勧めるべきです。それは,患者さんのためでもあるからです。また,マイナー外科の疾患の中には緊急性が高いものも紛れている場合があるため,緊急か否かを鑑別できる力は最低限備えておく必要があります。

 例えば,眼の周辺を打撲し,明らかな眼球運動障害を呈して来院した患者は,たとえ腫れや出血が見られなくても眼窩底骨折を疑わなければなりません。CTをオーダーし眼窩底骨折を検索。骨折部に筋肉が挟まれる絞扼型骨折であれば,骨折によって挟まれた筋の虚血性障害を回避するために緊急手術となります。放置すれば不可逆的な変化が起きてしまうからです。

――何が緊急かを知っておくことで,専門医へのコンサルトや対応可能な施設への転送といった判断が円滑にできるわけですね。

田島 ええ。他に,歯の脱臼や破折,眼周囲の蜂窩織炎なども適切な判断が求められる疾患として,覚えておきたいところです。 

――救急外来や夜間当直を任されることの多い初期研修医や若手医師は,どのような心構えで技術を習得し経験を積んでいけばよいでしょうか。

田島 何事も「幅広く知りたい」と思うことです。15年間整形外科医として勤務していた私は,もともと外科や脳外科の簡単な手術,形成外科やその他マイナー外科の処置などもできるようになりたいと思っていました。救急のフィールドに移ってからは,専門とする骨折手術などの整形外傷疾患だけでなく,他科の医師,それが後輩や後期研修医であっても教えを請いながら,実際に治療させてもらうことで技術を習得したものです。

 マイナー外科疾患は,一度経験すれば次からは一人で対処できるものが多いです。うまくできるようになれば,他科の医師を呼ぶ手間が省け,治療時間も短くなるため,患者さんにとってもメリットがある。「自分の専門じゃないから」と恐れたり敬遠したりせずに,少しでも「知りたい」と思って,スキルを上げていってほしいですね。

(了)


たじま・こうすけ氏
2001年慶大医学部卒後,同大整形外科入局。済生会宇都宮病院,大田原赤十字病院(現・那須赤十字病院),済生会神奈川県病院,足利赤十字病院などを経て,10年大田原赤十字病院第二整形外科(外傷部門)部長,11年慶大救急科へ出向,14年救急科講師。16年7月より現職。医学博士,日本整形外科学会専門医,日本救急医学会専門医。単著に『救急整形外傷レジデントマニュアル』,共著に『マイナー外科救急レジデントマニュアル』(いずれも医学書院)がある。医師教育で心掛けているのは「まずはやらせてみること」。海外の整形外科学会や救急医学会の学会賞だけでなく,日本東洋医学会でも学会賞を受賞するなど,多岐にわたる分野で活躍している。

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