国際標準の集中治療提供体制の構築に向けて(志馬伸朗,松田晋哉,讃井將満)
対談・座談会
2016.08.01
【座談会】国際標準の集中治療提供体制の |
松田 晋哉氏 (産業医科大学医学部 公衆衛生学教室教授) 志馬 伸朗氏 (広島大学大学院医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門救急集中治療医学教授)=司会 讃井 將満氏 (自治医科大学附属さいたま医療センター 麻酔科・集中治療部教授) |
在院日数の短縮化によって急性期病院における患者の重症度が増すなか,急性期重症患者の“最後のとりで”である集中治療の役割が高まっている。にもかかわらず,日本の集中治療提供体制は脆弱なままであり,国際標準からは大きく乖離している。
今後,地域医療構想や病床の機能分化を推進する上で,集中治療の在り方の議論を避けて通ることはできない。本座談会では,集中治療提供体制の現状を踏まえ,必要ICUベッド数や適正配置と,その前提となる重症度評価の標準化,さらには人材育成に向けた今後の展望までを議論した。
日本の集中治療提供体制は先進国の中で“外れ値”
志馬 今年3月,欧州集中治療医学会発行のIntensive Care Medicine誌に,日本の集中治療の現状を紹介するEditorialを執筆しました1)。国際雑誌において,欧米の集中治療が比較・考察されることはあっても,日本に関しては2002年発行の論文2)を最後に全くありませんでした。ですから,この機会に国際的な発信を試みた次第です。
これには,問題提言的な側面もありました。Editorialでは,日本集中治療医学会雑誌に掲載された内野滋彦先生(慈恵医大)の論文3)から図1を引用しました。横軸に「人口10万人当たりの病床数」,縦軸に「人口10万人当たりのICUベッド数」を取ると,日本は病床数が圧倒的に多い一方,ICUベッド数は英国と並び最低水準にあることがわかります。先進諸国において,日本は明らかな“外れ値”なのです。日米両国での集中治療医としての経験を踏まえ,讃井先生はこのデータをどう見ますか。
図1 病床数とICUベッド数の相関(文献3より) |
讃井 私の実感とも合っています。日本とは逆の意味で“外れ値”となっている米国で集中治療医学フェローをしていたころは,すぐにでも退院できるくらいにまで患者の状態を安定させてから,ICU退室としていました。ですから,日本とは逆に,病床数が少ない割にICUベッド数が多いのでしょう。このように,国によってICUベッドの使い方が異なるので一概には言えませんが,日本のICUベッド数が極端に少ないのは間違いありません。
志馬 議論の前提として,ICUベッドの使われ方が多様であることは押さえておく必要がありますね。ICU入室の主な経路は,手術室,救急,一般病床です。米国と比較すると日本は,手術室経由の術後管理目的の入室が多く,救急経由の入室が少ないのが特徴となります2)。
讃井 ICUベッド数が少なければ,本来はICU患者の重症度は高くなるはずですが,日本の場合は術後管理を中心とした軽症者が多いわけですね。本来はICUでの管理が必要な患者が,救命救急入院料加算ベッドや一般病棟で管理されていると考えられます。
全国に点在する小規模ICU,不足する集中治療専門医
志馬 日本の特徴として,小規模なICUが全国に点在し,施設によってその機能に差が生じていることも挙げられます。松田先生は以前,DPC研究班(厚労科研)の研究代表者として,日本集中治療医学会との合同調査をされています。その研究結果をご紹介ください。
松田 ICUベッド数は2~67床(中央値8床,四分位範囲6~12床)と,やはり病院間でICUベッド数にばらつきを認めました4)。ICUの利用実態をみると,術後管理を目的とする施設では各科主治医の管理によるopen ICUが,治療目的の施設では専従医の管理によるclosed ICUが多い傾向がみてとれます。
さらには,ICU退室時の死亡に関連する要因を分析した研究では,closed ICUの施設で死亡率が低いという結果が得られました。ICUのクオリティを高めていくためにも,closed ICUの数を増やしていくことが今後重要になってくるのではないでしょうか。
志馬 集中治療専従医の配置による患者アウトカムの改善や診療コスト削減を示す研究結果は,諸外国においても多数あります5)。しかし,こうしたエビデンスも医療関係者や病院や行政には知れ渡っていませんし,そもそも集中治療専門医の数自体が日本全国で900人弱にすぎません。
讃井 ICUの専従・専任者に限ると,その数はさらに少なくなるでしょうね。日本は主治医意識が強く,集中治療専門医の歴史も浅いことから,エビデンスをもってしても,closed ICUの普及は容易ではありません。
必要ベッド数推計に不可欠な入室基準の標準化と重症度評価
志馬 日本は,ICUベッド数も集中治療専門医の数も足りていない。こうした絶対数の不足に対しては,地域ごとの症例数と必要ベッド数を推計し,政策提言につなげていかなければなりません。地域医療構想の基盤データ整備に携わる松田先生は,ICUベッド数の地域配分についてどのように評価されていますか。
松田 図2は,都道府県別のICU充足率と利用状況の相関を示したものです。縦軸はSCRで,最大250(佐賀県)から最小20(新潟県)まで,ICUの利用状況には10倍以上の地域差があります。横軸は地域のニーズに対するICUの充足率で,福岡や沖縄はほぼ100%ですけれども,充足率が50%以下の都道府県が複数ある状況です。
図2 ICUのSCRと充足率との相関 |
SCR(Standardized Claim Ratio;年齢調整標準化レセプト出現比);年齢調整標準化死亡比と同様の手法で,性年齢で標準化したICU関連レセプトの出現比を示したもの。SCR 100.0が全国平均。SCRが100.0より大きければ,その医療行為は全国平均よりも多く行われていること,100.0より小さければ少なく行われていることを意味する。
充足率;ここでは,DCP研究班参加施設のICU利用率を「標準」と考えて推計。推計値に対する実際の病床数の割合を「充足率」と定義。 |
地域のニーズに対してICUが充足するほど,ICUの利用率は増えると考えられますが,実際は同程度の充足率であっても,利用状況に大きな差が認められます。つまり,地域格差が医療ニーズとは必ずしも整合していません。必要なICUベッド数の推計のためには,ICU入室基準の標準化や,入室者の重症度を測る標準的な手法の普及が不可欠だと考えています。
志馬 重要なご指摘です。日本のICUにおいては,心電図モニター,観血的動脈圧測定や人工呼吸装着などの診療行為が,保険診療上の重症度を規定します。これは妥当なように見えて,実は医療者によって恣意的に重症度が変わり得る。一方で,患者の基礎疾患や検査値に基づく客観的な重症度評価の方法が存在し,APACHEスコアやSOFAスコアが代表的です。集中治療領域の学術論文においては,これらのスコアを用いて評価することが大前提となります。
しかし臨床現場において,客観的重症度評価の方法があまり普及していません。もっとも点数の高い特定集中治療室管理料1または2を算定しているICUが全国に約80施設ありますが,そのうちAPACHEスコアを使用しているのは3割に満たないのです。
松田 オーストリアでは,診断群分類ごとの支払いのほかに,TISSスコアを用いた重症度評価と病床当たりの看護師数の組み合わせでICUを6段階に分け,その区分に応じた1日当たり加算点数を設定しています。ICU症例は重症度が医療資源の必要度に強く影響しますから,この方式は妥当性があります。日本も将来的には,重症度を加味したICU評価を導入すべきですし,その大前提として重症度の客観的評価は必要でしょう。
高度医療の集約化に向けてデータベース作成と研究推進を
志馬 2009年に新型インフルエンザの大流行が起きた際,日本における ECMO(体外式......
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