医学界新聞

2016.07.18



アレルギー治療の発展はここから始まった

「IgE発見50周年記念シンポジウム」(日本アレルギー学会)より


 かつて「アレルギー性疾患は個人の体質によるものだと考えられており,血清中の抗体は診断的価値はあっても疾患の発現には関与しないというのが常識であった」(米ラホヤアレルギー免疫研究所・石坂公成氏)。その“常識”を覆したのは,石坂夫妻による1966年のIgEの発見であった。これを機に,免疫学・細胞生物学の手法でアレルギー疾患を解析・研究することが可能になり,病態理解や治療は飛躍的な進歩を遂げた。

 それから半世紀,「IgE発見50周年記念シンポジウム」(6月19日,主催=日本アレルギー学会)が開催された。IgE発見者の石坂氏と,氏とのかかわりが深い世界的研究者たちが一堂に会し,IgEやアレルギー疾患にまつわる近年の知見を紹介するとともに,治療への応用を含めた今後の展望を示した。


 アレルギーの科学的な研究は1921年のPlausnitz氏とKüstner氏によるアレルギー性皮膚反応の発見から始まったが,この反応の原因物質(レアギン)が同定されるまでには45年の歳月を要した。なぜIgEは同定できなかったのか? それは,血清中のIgE濃度が他の免疫グロブリンの10万分の1程度しかないためであった。

 血清中に1 μg/mL以下しか存在しないタンパク質を単離し,その物理化学的性質や分子量を決定するためには,当時の技術では10 Lの患者血清が必要だった。その問題を解決するために石坂氏は,患者血清中のレアギンに特異的なウサギの抗体を作り,それを使ってレアギン活性を持つタンパク質(IgE)を試験管内で同定した。IgE同定後は,抗IgE抗体の健常者への皮内注射,健常者の白血球との培養,感作した組織にアレルゲンを加えた際の反応などから,血液や組織の中には表面にIgE受容体を持つ細胞が存在していること,その細胞が好塩基球,マスト細胞であることを示した。さらに,好塩基球やマスト細胞に結合したIgE抗体がアレルゲンによって架橋されることで,脱顆粒や誘発物質の合成が惹起されることを明らかにした。

 本シンポジウムを企画した斎藤博久氏(日本アレルギー学会理事長)は,近年仮説生成型の大規模かつ網羅的な調査が主流になりつつあることを指摘し,石坂氏がIgEを発見するまでの厳密な仮説構成と理論考証,さらに当時利用可能な技術を全て組み合わせて行われた研究に,「科学のあるべき姿を今こそ再考してほしい」と述べている。

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