高齢者の意思決定支援(成本迅,宇都宮宏子,川島篤志)
対談・座談会
2016.07.04
【座談会】多職種と地域の連携で進める
| |
|
医療現場で直面する医療選択や医療同意の場面は,判断を迫られる患者・家族はもとより,それを求める医療者にとっても大きな負担となる。特に認知機能の低下した高齢者や認知症患者の医療選択は,状況をより複雑にさせる。課題は,「これから起こり得ること」に早期から備えた意思決定をいかに進めるか。そして,医師,看護師らによる「多職種連携」と,病院と地域のかかりつけ医を結ぶ「地域連携」を深め,患者の意思をいかに把握するかにある。
本座談会では,「認知症高齢者の医療選択をサポートするシステムの開発」1)プロジェクト代表の成本氏を司会に,「病院と地域の連携」という観点から退院/在宅療養支援に先駆的に取り組んできた宇都宮氏,地域基幹病院の総合内科医として認知症ケアやアドバンス・ケア・プランニング(ACP)に取り組む川島氏の三氏に,それぞれの立場から高齢者の意思決定支援の現状と課題,改善の糸口について議論いただいた。
患者の意思決定をめぐる医師の苦悩
成本 認知症専門医である私は,患者本人の意思がわかりにくくなってきた段階でその先の医療提供をどう判断し進めればよいか,問題意識を持っています。医療選択は認知症患者に限らず,人生の最終段階を迎える多くの高齢者に起こり得る問題でもあるため,患者・家族,医療者への意思決定の在り方についての周知に努めています。
宇都宮 成本先生が2015年に作成された「医療従事者向け意思決定支援ガイド」「在宅支援チームのための認知症の人の医療選択支援ガイド」,そして地域住民向けの「認知症の人と家族のための医療の受け方ガイド」の3点は,それぞれの立場でできることがわかりやすく書かれていますね。
川島 当院でも外来に置いています。認知症ケアチームの先生に紹介され,患者への説明の際などに重宝しています。
成本 早速現場に広まっており,うれしく思います。私が代表を務めるプロジェクト1)の一環で作成しました。そもそも私が意思決定支援にかかわるようになったきっかけは2011年,後見人をされている司法書士団体「成年後見センター・リーガルサポート」の医療行為の同意検討委員会に外部委員として参加したことです。そこで意思が不明瞭な患者に対し,現場の内科医や外科医が判断に苦労している現状を知りました。
宇都宮 どのような問題があったのでしょう。
成本 医療同意が得られないことで,患者の成年後見人や医師が困っているというのです。確かに私たち認知症専門医は,患者の生活のしづらさや精神的苦痛を和らげるよう努力していますが,認知症が進行して身体合併症の影響が大きくなると,疾患に応じて内科や外科の先生に紹介します。それが自然な流れだと考えていました。しかし,現場の状況を知り,本人や家族に早い段階から将来の医療選択について備える働き掛けをすべきではないかと痛感したのです。
宇都宮 退院支援に取り組む中では,本人不在でいろいろなことが決められている現実がありますね。先生が作られた「ガイド」などを活用して,医療者自身が問題意識を持つきっかけを作りながら,患者・家族に早期からの意思決定の必要性を認識してもらうことが大切になると思います。
成本 これは認知症の専門医だけで解決できる問題ではありません。急性期病院や診療所の医師,介護施設の嘱託医,そして病院と地域を結んでいる看護師や介護職との共通理解を広げていく必要があります。
いずれも文献1よりダウンロード可 |
患者中心の医療に向け「認知症もがんに学べ」
成本 初めに,高齢者の医療同意に関する現場の課題についてお聞きかせください。
川島 地域基幹病院の総合内科で働く私たちのチームは,救急そして入院から退院までを担い,「患者の全てを診る」のが特徴です。
成本 すると同意能力に何らかの課題のある高齢者を診る機会は多い。
川島 そうですね。超高齢社会の今,高齢者の救急受診は避けては通れません。ただ,搬送されてきた高齢患者の多くが,病院に来る前に自身の医療選択について家族と話し合えていない。「治せる病気なら治療したい」と言われることもあるのですが,治せる病気かどうかの鑑別診断に侵襲的な検査を必要とすることもあります。当然,同意書が必要になりますが,本人が書けるのか,あるいは代わりに書ける付き添いの方がいるかによって診療の円滑さが異なります。また誤嚥性肺炎やCOPDで呼吸状態が悪い方に対し,気管挿管をして人工呼吸器管理をするかといった選択を,初対面の若い医師と病状が把握できない本人や家族がしなければいけない惨状も,日常臨床では見られます。それも事前の話し合いがあれば避けられるのではないかと思うのです。
宇都宮 搬送されてきた患者に,「今後の生活について,前もってご家族と話をされていますか」と聞くことは,医師の間で意識されているものなのでしょうか。
川島 当院では,虚弱高齢者や認知症患者,あるいはその家族にどう接するかについての教育は行っています。また,ACPも,認知症の有無に関係なく外来を受診したときからカルテに記録するよう努めているので,救急でも比較的スムーズに意思を確認できます。
成本 それも地域や施設によってバラツキがあるのではないでしょうか。
川島 そうですね。施設によっては,患者の同意能力を厳密に評価せずに「同意能力がない」と判断して,付き添いの方に判断を委ねたり,決定権を持った人と一緒に来てほしいと伝えたりして,結果的に誰かに負担をかけてしまっている現状があるように思います。
宇都宮 患者の生命維持やバイタルサインのデータ安定を優先するあまり,侵襲性の高い過剰な医療によって患者の生活を根こそぎ変えてしまうような事態は避けなければなりません。
成本 宇都宮さんはこれまで,在宅,病院,地域の現場を見てきていかがですか。
宇都宮 患者の医療選択について,「本人中心の医療」の認識が医療者の中でもまだ十分ではありません。私が大学病院で退院調整看護師として働き始めた当初は,認知症患者だけではなく終末期や高齢者の場合も,治療方針や今後の方向性を決める場面に本人不在であることが多くありました。がん医療では,終末期が近づくと家族と医療者の間だけで話し合いが行われていたスタイルが,本人中心の意思決定へと変わってきました。「認知症もがん患者の支援に学べ」で,今こそ変えていかなければなりません。
川島 当院も院内全ての医師が患者本人の退院後の生活に配慮できているかと言うと,まだ課題に感じています。病院完結型の医療から,退院後の生活も見据えた地域完結型の医療へと発想を転換すべきであり,臓器別専門医だけでは診きれない場合は,総合的に診られる医師とのタイアップや地域のかかりつけ医との連携まで視野に入れた対応が必要になると考えています。
患者が抱く医師への遠慮
成本 2012年2月に京都市で開催された「京都式認知症ケアを考えるつどい」には,市民を中心に1000人を超える参加者が詰め掛けました2)。私と宇都宮さんも登壇したシンポジウムでは,医療・介護分野の専門職の他,家族会の代表者も発言し,議論が交わされました。
宇都宮 医療者と住民,双方の関心の高さがうかがえましたね。それぞれの立場で苦悩を抱えているからなのでしょう。患者・家族側の立場からは,「病院の医師や看護師こそ,もっと認知症への理解を深めるべき」という意見があり,医療者の現状認識に一石を投じる訴えとなりました。
成本 医療者による患者本人への理解が深まっていないことの表れでもあります。一方,医師の立場では,患者の意思を聞き出そうとしても多くを語ってもらえないこともあり,多職種で聞くことの重要性も感じています。私が主治医をしている患者の家族介護者に対し,臨床心理士からインタビューをしてもらったことがあります。すると私の診察場面では患者が話していなかった内容がたくさん出てきて,驚きました。
宇都宮 患者にとって医師とは,「治療を提供してくれる存在」です。どう悪くなって,どう亡くなるかを質問することは,医師に対して失礼だと思っている節があります。
ある高齢者の例では,「自分は十分長く生きた。もし意思表示できなくなっても,一切の救命を求めない」と書いたメモを大事に持っていました。90歳の誕生日に「実は私,こんなこと書いている」と外来看護師に打ち明けたところ,その看護師は驚いて「先生に見せたの?」と聞いた。そしたら「気を悪くされるだろうから,見せていない」と答えたそうです。外来看護師は「先生には,自分の思いを伝えていいんだよ」と話し,その後患者から主治医に意思表示がなされたというのです。
成本 医師は患者にどう見られているか,また患者は医師に対し何に遠慮しているかがわかるエピソードですね。
宇都宮 患者は医師に話しにくい,だからこそ医師には積極的に聞いてほしいと思うんです。医師が患者に対し,口を開くための最初の“ドア”を開けてあげる。大事な役割です。
意思決定支援の場と多職種のかかわり
成本 患者の考えを聞き出すには,医療者同士の連携も欠かせません。川島先生が意思決定について患者さんとやりとりする際,看護師が同席することは多いですか。
川島 意思決定のような重要な議論の際は,多職種での参加は必須だと思います。ただし,看護師や医療ソーシャルワーカー(MSW),家族を一堂に集め,あらたまった形で話し合いの場を設定するのは,実際の医療現場ではそう簡単にできるものではありません。そこで私は,普段の外来のやりとりから患者の意向を聞き,その情報を積み重ねていくことを重視しています。明確な意思決定の場ではなくても,主治医が普段の何気ない会話の中で「悪くなったときはどうしますか」と“ドア”をノックして...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。