医学界新聞

2016.06.06



Medical Library 書評・新刊案内


災害時のメンタルヘルス

酒井 明夫,丹羽 真一,松岡 洋夫 監修
大塚 耕太郎,加藤 寛,金 吉晴,松本 和紀 編

《評 者》塩入 俊樹(岐阜大大学院教授・精神病理学)

わが国の災害精神医学のバイブル

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災を契機として,災害時の「こころのケア」が本格的に行われたのは,2004年10月23日の新潟県中越地震である。当時,新潟大に所属していた評者は,災害精神医学という未知の分野に飛び込み,今でも旧山古志村に定期的にお邪魔している。そういう経緯で,本書の書評という大役を命じられたものと思う。

 本書を開いてまず驚いたのは,総勢73人という執筆者の多さである。災害精神医学という領域がクローズアップされてきているだけでなく,全ての執筆者が第一線の専門家であり,これほど多くの専門家が東日本大震災にかかわっていることに,正直,感動を覚えた。

 次に目次を見て,その内容の多さ,濃さに感心した。本書268ページには,9つの章,そしてその中に70以上の項目がある。災害時のメンタルヘルスの必要性から始まり,直後・急性期における支援について,サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)や惨事ストレス,メディア対応や災害派遣精神医療チーム(DPAT)など,さまざまな角度から十分に記述されている。さらに,認知行動療法やサイコロジカル・リカバリー・スキル(SPR)など,実際の介入方法から,子どもや高齢者,原発災害など,特に注意すべき支援対象についても,それぞれ独立した章を作って詳細に述べられている。もちろん中・長期の支援についても,阪神・淡路大震災の経験を踏まえて書かれている。つまり本書は,災害時の「こころのケア」の総論から各論まで,最新の内容も含めてよくまとまった良書と言えよう。

 特に,最後の第9章は,最大の特徴である。それは「実践編」と称して,東日本大震災で,いったいどんなことが行われていたのか,34の専門機関,専門チームがそれぞれの実際の活動とその問題点を赤裸々につづっている。石巻市内で急性期のこころのケア活動をさせていただいた5年前のことを,鮮明に思い出した。本書の序において,監修のお一人である松岡洋夫教授(東北大大学院・精神神経学)が「今回の震災の経験をまとめて,それを後世に伝える作業が必要」(p.V)と述べているように,この章が本書の目的の1つであることは間違いない。震災から5年が過ぎた今,われわれ精神医療に携わる全ての者には,第9章を精読し,これをそれぞれの心に「宮古市の大津浪記念碑」,さらには「陸前高田市の奇跡の一本松・希望の一本松」として留めておくことが求められている。

 2016年4月14日,熊本地震が起きた。この書評を書いている間にも被災地に入り「こころのケア」活動をされている諸先生方に敬意を表したい。本書は,災害立国である日本に住む精神医療従事者には必読の書である。最後に,「わが国の災害精神医学のバイブル」とも言える本書を,執筆・編集・監修された関係者の皆さま方に御礼申し上げます。

B5・頁268 定価:本体3,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02435-8


精神科診断戦略
モリソン先生のDSM-5®徹底攻略 case130

松﨑朝樹 監訳

《評 者》上島 国利(昭和大名誉教授)

DSM-5完全マスターの必読書

 精神科臨床において正しく的確な診断は最重要課題である。妥当な診断こそ適切な治療に結び付き,さらには各障害の病態生理の解明に寄与するからである。

 症候の記述を重視する操作的診断基準DSMも,今や米国の基準という枠を越えて世界水準の診断基準となり,DSM-5の邦訳は2014年に刊行された。

 本書は,大学や個人のクリニックで多数の患者の診断や治療の経験を持つモリソン先生が,精神科領域で働く全職種の人々がDSM-5をより効果的に活用することにより,正しい診断にたどり着くことを願って執筆したものである。その構成をみると,DSM-5のほぼ全ての項目に関して一定の方式に従って解説がなされている。モリソン先生は「私ならではの仕掛け」と称していくつかの工夫をしているが,第2章「統合失調症スペクトラム障害群」を例に取り順次読み進むと,以下のようになっている。

 章の冒頭の「クイックガイド」では,診断要点や同様の症状を呈する疾患が記載されている。「はじめに」では,主症状,歴史,環境などを扱う。妄想,幻覚,連合弛緩,異常な運動行動,陰性症状などである。また他の障害との違いは,DSM-5の採用している異なるタイプの精神病を区別するための四つの要素,つまり症状,経過,転帰,除外診断に従い解説される。経過に関しては持続期間が6か月以上であることを説明し,さらに以前の経過,病前性格,残遺症状も考察する。除外診断は,身体疾患,物質関連障害,気分障害が挙げられている。DSM-5にはないその他の特徴として家族歴,治療反応性,発症年齢にも注目している。

 次いでその障害群に属する個々の疾患を解説しているが,例えば統合失調症については基本的パターン,頻度,慢性化,重症度,管理,認知機能の低下,情動の不安定性,病識の欠如,睡眠の不安定,物質の使用,自殺について述べられている。「ポイント」は典型的疾患像であり,モリソン先生は典型例との比較はDSMの診断基準より有効なこともあると言うほど重視している。「注意事項」は「Dを見逃すな!」とあり,「Duration(期間)」「Distress or Disability(苦痛と障害)」「Differential diagnosis(鑑別診断)」の三つのDへの注意喚起がなされている。そして典型例三例を紹介し,それぞれ症状をDSM-5の診断基準に照合し,また鑑別診断を慎重に行い,最終的に診断分類している。

 本書では130例の症例が呈示されており,基本的背景知識を基に診断を進め,モリソン先生の解説を踏まえて最終診断を確定する過程を繰り返すことで,診断能力の向上に役立つ。経験の浅い医療者にとっては妥当な診断に至る重要な道程を学ぶこととなり,ベテランにとっては自らの診断の再確認に役立つ。

 精神医学の特徴として,患者自身の体験や確信の内容を治療者が症状把握し記述することにより診療が成り立っていることが多い。この人間の心的機能の異常を個々に記述していく立場が記述的精神病理学であり,日常臨床において治療者は,丁寧,懇切な治療態度で患者と一定の信頼関係を築き,正確,良質な情報を得る必要がある。このようにして把握した症状をDSM-5の基準に当てはめることにより診断は成り立つが,それには,治療者の精神病理学的素養や見識の醸成が強く望まれる。本書はその一助となるものと思う。

B5・頁664 定価:本体6,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02532-4


モリソン先生の精神科診断講座
Diagnosis Made Easier

James Morrison 原著
高橋 祥友 監訳
高橋 晶,袖山 紀子 訳

《評 者》石丸 昌彦(放送大教授・精神医学)

掛け値なしに面白く,しかもためになる本

 掛け値なしに面白く,しかもためになる本というものはそう多くないが,本書はそのまれな一冊であること請け合いである。自分の志した精神医学は,こんなふうに豊かで魅力的であったのだと思い出させてくれる。

 多言を弄することによってかえって薄っぺらく見せてしまうのは本意ではないが,あえて言語化するなら以下のようなことである。

 本書は三部構成で,順に「診断の基礎」「診断の構成要素」「診断技法の適用」から成る。

 第I部「診断の基礎」は,臨床的思考の筋道を丹念に示す。症状・兆候・症候論といった基礎概念が明確な定義とともに順次導入され,ディシジョンツリーへと組み立てられていく。同時に「兆候は症状に勝る」「直観に頼るという誘惑に負けてはならない」といった金言・箴言が次々と示され,それらがページごとにふんだんに提示される症例にことよせて解説されることで,生き生き躍動しながら頭に入ってくる。方法論的基礎を叩き込む第I部である。

 第II部「診断の構成要素」は原題に“The building blocks of diagnosis”とある通り,生育歴・家族歴・身体疾患・精神機能評価といった情報のブロックから,いかに患者の全体像を再構成するかを論じる。そのような内容ゆえに症例はアメリカ社会の諸相を広く点描し,読み物としても相当に豊かなものになっている。イメージを立体化する第II部である。

 第III部「診断技法の適用」は全体のほぼ6割を占め,I・II部で提示された思考法のおびただしい実践例が紙面を埋めている。豊穣の第III部である。

 意想外の指摘もあれば同感共鳴する主張もあり,大部ながら飽きることがない。例えばDSMで見かけ上斉一化された「うつ病」に実際は多くの原因があることを喝破し,その鑑別診断について説き進める11章などは圧巻で,臨床知とはこういうものかと感嘆する。強いて難を言うなら内容が豊かすぎることで,十分消化して批判的に検討することができるまでには,二読三読を要するであろう。

 教科書作りを得意とするアメリカ人の本領発揮の一冊であるが,むろん翻訳者らの貢献が大きい。格調を保ちつつこなれた日本語に落とし込んだ力量は見事であり,英語のみならずアメリカ文化に通じた人々の労作であることがうかがわれる。

 一点だけ,13章でdisorganizedをことさら「解体された」と受け身に訳しているが,では解体した犯人は誰(何)かと妙な方向に連想を動かす点でかえって拙くないだろうか。それよりも,以前から「解体」の語に疑問があった。disorganizedは「ちぐはぐ」「てんでんばらばら」というほどの意味であり,ビルや自動車の粉砕のごとき「解体」は明らかに不適切で,患者への配慮をも欠いている。どうせこの語に注目するなら,せっかくの機会に訳者らの手で別の語を編み出してほしかったと,ファンの心理でお伝えしておく。

 監訳者があとがきで述べている通り,姉妹編『精神科初回面接』(医学書院,2015)と合わせてじっくり読み込むことを全ての精神科医に勧めたい。DSMの副作用を予防するためにも一押しの好著である。

B5・頁288 定価:本体4,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02490-7

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