世界に広がる薬剤耐性菌,日本が取るべき行動とは(具芳明)
「アクションプラン」発表と抗菌薬適性使用への道筋
インタビュー
2016.05.09
【interview】
世界に広がる薬剤耐性菌,日本が取るべき行動とは
「アクションプラン」発表と抗菌薬適正使用への道筋
具 芳明氏(東北大学病院総合感染症科講師)に聞く
薬剤耐性菌の増加が,世界的な問題となっている。世界保健機関(WHO)の要請を受け,日本が取り組む目標と具体策を示した「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(以下,アクションプラン)1)が4月5日に閣議決定され,さらに5月のG 7伊勢志摩サミットでも主要議題の一つとして耐性菌の問題が取り上げられる予定だ。耐性菌が世界的問題となる背景に,抗菌薬の不適切な使用が指摘されている。本紙では,アクションプラン策定に有識者の一人としてかかわった具氏に,耐性菌が生じる要因や世界の動向,日本の抗菌薬処方の現状と課題を踏まえ,今後日本が国内で取り組むべき方策,世界から期待される役割について聞いた。
――2016年5月26~27日に開催されるG 7伊勢志摩サミットの主要議題に,薬剤耐性菌の問題が掲げられています。なぜ今,国際的に注目されるテーマとなっているのでしょうか。
具 耐性菌の問題は院内での感染にとどまらず,市中の問題,さらには国を越えて広がるグローバルな課題になっているからです。
1940年代にペニシリンが一般の医療機関で使われるようになって以来,抗菌薬が開発されては新しい耐性菌が登場するという,感染症との闘いが繰り返されてきました。ところが,近年は新しい抗菌薬開発の流れが滞っており,新たな耐性菌に抗菌薬を開発して対処するのにも限界が生じています。今後有効な対策が打たれなければ,薬剤耐性菌によって死亡する人が2050年には世界で年間1000万人にも達し,その数は悪性腫瘍による死亡者数を超えるとの推計が出ているのです2)。
国際的な公衆衛生の課題に
――世界的に耐性菌が増え続けている背景には何があるのでしょうか。
具 一つは,抗菌薬の使用に伴って新たな耐性菌が次々と生まれていることです。手術や医療機器に関連した感染症は,現在も日本をはじめ各国の医療機関で問題となっています。加えて,市中での耐性菌増加も世界的に目立っています。
耐性菌増加の背景には発展途上国での医療需要の増加もあります。かつて抗菌薬の使用は先進国にほとんど限られていましたが,経済発展しつつある国では抗菌薬の使用が増加しています。しかし,医療システムが未整備な国も多く,抗菌薬の不適切な使用や院内感染対策の不備から新たな耐性菌が拡散しています。上下水道などの衛生環境が整っていない国を中心に市中に耐性菌が広がっており,日本に帰国した海外旅行者から多剤耐性の大腸菌が見つかることもあります。
――国境を越えた人の移動により,どの国も耐性菌問題を無視できない状況にあることがうかがえます。
具 実はもう一つ見逃せない要因があります。それは,動物用抗菌薬が耐性菌を生んでいることです。畜産や養鶏の場で,動物に対する疾病治療や発育促進を目的に動物用抗菌薬や抗菌性飼料添加物が大量に用いられています。動物の体内,特に消化管内で耐性菌が選択され,家畜や食品,環境汚染を介してヒトに広がる可能性が指摘されているのです。
このように,耐性菌ひとつを見ても,ヒトの公衆衛生,国ごとの環境問題,家畜の衛生など,裾野の広い問題が隠れています。WHOによって耐性菌問題は国際的な公衆衛生の課題と位置付けられるなど,世界各国と関連機関が協調した取り組みが必要との機運が,今まさに高まっているのです。
――4月5日,日本政府がアクションプランを発表し,6つの分野に関して,2020年までの5年間の戦略や具体的取り組みが示されました(表1)。その背景をお聞かせください。
表1 アクションプランで示された,薬剤耐性対策の6分野と目標(文献1より一部改変) |
具 WHOが2011年の世界保健デーにおいて,“Combat Drug Resistance ――No Action Today, No Cure Tomorrow(薬剤耐性の脅威――今動かなければ明日は手遅れに).”をテーマに薬剤耐性菌問題を取り上げました。その後WHOや先進国首脳会議で議論が進められ,2015年5月のWHO総会で薬剤耐性に関する国際行動計画を採択,加盟各国に対し2年以内のアクションプラン策定を要請しました。それを受けて作成されたのが,今回のアクションプランです。
――耐性菌問題をめぐる今後の議論の見通しはいかがでしょうか。
具 4月に東京で開催されたアジア・太平洋閣僚級会合では,耐性菌をテーマに各国が協調して対応を進める必要性が確認されました。5月のG 7伊勢志摩サミットでは薬剤耐性菌問題に対する道筋が示され,9月の国連総会ではさらに踏み込んだ形で薬剤耐性菌問題が取り上げられる予定です。
――2016年は耐性菌対策が国際的に大きく動く年になりそうです。
具 ええ。日本は,これまで耐性菌と闘ってきた実績や世界各国の取り組みを自国のアクションプラン達成に生かすことはもちろん,耐性菌問題に苦しむ国々を支援する国際貢献の使命もあると言えます。
抗菌薬の処方は外来で多く,9割が内服薬
――アクションプランの実行に向け,まず日本の現状からうかがいます。日本は国内の耐性菌問題にどのような危機感を抱いているのでしょうか。
具 院内感染の拡大に加え,市中感染型の耐性菌の脅威が増していることです。1980年代から90年代にかけてのメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の流行が日本の院内感染対策を進める契機となりましたが,今では異なるタイプの市中型MRSAが広がり,小学生以下の6.25%が保菌しているとされます3)。また,ペニシリンやマクロライド耐性の肺炎球菌が市中で大きく広がり,医療者や市民にとって身近な問題となっています。さらに,大腸菌など腸内細菌科細菌の耐性化が進んでいることも脅威となりつつあります。
――国内における耐性菌の広がりに対し,医療者が意識すべきアクションプランの提言内容は何ですか。
具 抗菌薬適正使用の推進です。日本は感染症対策の専門職養成や院内における感染制御チーム(Infection Control Team;ICT)の編成など,感染対策を進めてきました。院内感染対策の一層の徹底に加え,抗菌薬の適切な使用を推し進める必要があると考えています。
――日本の抗菌薬使用状況にはどのような特徴があるのでしょう。
具 使用される抗菌薬の総量は......
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