がん薬物療法における曝露から看護師を守る(平井和恵,神田清子)
対談・座談会
2016.03.28
【対談】
がん薬物療法における曝露から看護師を守る
平井 和恵氏(東京医科大学医学部 看護学科成人看護学教授)
神田 清子氏(群馬大学大学院保健学研究科 看護学講座教授)
今日のがん治療には欠かせないものとなっている抗がん薬。その多くは発がん性,催奇形性または他の発生毒性,生殖毒性がある薬(Hazardous Drugs;HD)であることが知られている。抗がん薬は著しく進歩しており,多くの種類のがんに適用されるため,看護師ががん薬物療法に携わる機会も増えている。質の高い看護を提供するには,看護師自身が健康的に働くことができる労働環境の整備が不可欠であり,HDへの曝露対策に取り組むことが急務と言える。
平井和恵氏と神田清子氏は長年,看護師の曝露対策に取り組んできており,昨年7月には神田氏が委員長,平井氏が副委員長を務めた『がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン』(金原出版),本年2月には編集に携わった『《がん看護実践ガイド》見てわかる がん薬物療法における曝露対策』(医学書院)が刊行された。本稿では,看護基礎教育・医療現場での現状と,曝露対策の定着に向けた課題を聞いた。
神田 2014-15年にかけて,がん薬物療法における曝露対策に大きな動きがありました(表)。その中でも,昨年7月に策定された『がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン(以下,合同ガイドライン)』1)は,看護業務における曝露対策を示した日本初のガイドラインであり,看護師の意識を大きく変えるきっかけになったのではないかと感じています。なぜこのようなガイドラインが必要だったのか,策定までの経緯を紹介してください。
表 HDへの曝露対策に関する国内外の主な動向(クリックで拡大) |
職業性曝露の基礎教育,現場の対策ともに不十分
平井 日本がん看護学会では,特別関心活動グループ(Special Interest Group;SIG)の一つとしてがん化学療法看護グループを作り,07年から曝露対策をテーマに活動してきました。
曝露対策の実態調査により,05年の段階で,看護基礎教育において曝露の危険性を教えている学校は約7割,防護策まで教えている学校は半数程度2)であることが明らかになりました。
神田 08年に厚労省が通知した「助産師,看護師教育の技術項目と卒業時の到達度」の「安全管理の技術」項目では,「人体へのリスクの大きい薬剤の暴露の危険性および予防策がわかる」ことが明示されています。しかし実際には,曝露対策に関する看護基礎教育は不十分な状態だったのですね。
平井 臨床現場でも施設によって対策にばらつきがありました。2010年に実施したがん化学療法看護認定看護師対象の調査では,曝露対策マニュアルや手順書が整備されている施設は,がん専門病院90.0%,大学病院51.5%,一般病院58.8%でした3)。また,SIGメンバー間の意見交換の中でも,薬剤調製の場所が定まっていなかったり,適切な卒後研修が行われていなかったりという問題が浮かび上がっていました。臨床では行われていない防護策を,学生に教えるのは抵抗があります。まずは現場を変えねばならないと考えました。
神田 曝露の危険性を感じた看護師が組織に対策を訴えても,「今まで対策をしてこなかったが大丈夫だった」と反論されてしまい,対策を進めることが難しい状況もあったようですね。
平井 今回合同ガイドラインが出たことで,組織への働き掛けがしやすくなったと聞いています。現状の見直しやマニュアル改訂のきっかけにもなっているそうです。
神田 合同ガイドラインができる前から,薬剤師向けのガイドラインはありましたよね。その内容は薬剤師-看護師間で共有されていたと言えるのでしょうか。HDの調製は薬剤師の業務と位置付ける病院も増えてきましたが,夜間や土日などの緊急時を中心に,看護師が行うこともあります4)。
平井 残念ながら共有されていませんでした。看護師の曝露対策については,日看協が03年に示した「静脈注射の実施に関する指針」と04年に示した「看護の職場における労働安全衛生ガイドライン」の中で,抗がん薬の取り扱いや作業環境の基準整備等を看護管理者に促していました。しかし日本では,整備するために必要な知識が不足していたのです。
看護師は薬剤の調製や与薬準備だけでなく,点滴ボトルへのビン針刺入,投与患者の吐物や排泄物の処理,輸液管理や経口HDの管理と廃棄物の処理など多岐にわたる業務に携わります。HD投与後最低限48時間は,患者を看護する際に適切な対応が求められますので,そういった看護業務までを網羅したガイドラインが必要でした。
医師・薬剤師・事務職を含む多職種で取り組んでほしい
神田 なぜ日本がん看護学会のみでなく,医師・薬剤師が主体である日本臨床腫瘍学会・日本臨床腫瘍薬学会との合同ガイドラインになったのですか。
平井 曝露対策には看護師だけでなく,医師・薬剤師,さらには事務職を含めた組織全体で取り組む必要があるからです。調製されたHDをどのように扱うか,万一こぼれた際にはどう対応するかなど,職種を超えて組織の全員が理解すべき項目はいくつもあります。また,曝露対策にはコストや人員配置の問題も関係します。ですから,各施設で対策を考える際にも多職種でチームを組んで,HDの調製から運搬,投与管理,廃棄という一連の流れで検討してほしいと考えています。
神田 職種それぞれの立場によって着眼点も考え方も異なります。HDの取り扱いの中には看護師しか携わらない手順もありますので,看護師が声を上げて,医療者全体に対策の必要性を伝えていかねばなりませんね。
神田 曝露対策に取り組む際には,何から始めれば良いのでしょうか。
平井 「ヒエラルキーコントロール(図)」の概念にのっとり,曝露対策の効果が高いヒエラルキーの上層から順に対策に取り組むべきとされています。
図 ヒエラルキーコントロール |
https://www.osha.gov/dte/grant_materials/fy10/sh-20839-10/hierarchy_of_controls.pdf,一般社団法人日本がん看護学会・公益社団法人日本臨床腫瘍学会・一般社団法人日本臨床腫瘍薬学会:IV 曝露予防対策1ヒエラルキーコントロール(Hierarchy of Controls),がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン2015年版.p.30,金原出版,2015.より一部改変 |
ヒエラルキーコントロールというのは,職業上の危険性への曝露を排除または最小限にするためのリスクマネジメントの概念のことです。
神田 最も効果が高いのは「除去・置換」ですね。HDを用いない,もしくは曝露リスクがない治療薬に変更するということになります。
平井 そうですね。しかし,そのような治療薬は開発されていませんので,実際には「エンジニアリング・コントロール」から考えます。これは,安全キャビネットや閉鎖式薬物移送システム(Closed System drug Transfer Device;CSTD)の使用による曝露源の封じ込めのことです。
そしてその次に,「作業実践を含む組織管理的コントロール」。組織全体として曝露の危険性をどのようにコントロールするかを考え,曝露の危険性がある全ての業務に関して,指針や手順を作成し,全ての関係者に予防法や曝露時の対策を教育します。
神田 機械・器具の導入や指針・手順書の作成には,管理者の権限が必要ですね。
平井 体制を整えるには,安全対策の必要性を組織として認識する必要がありますから,管理者の果たす役割は大きいです。がん看護専門看護師やがん化学療法看護認定看護師,感染管理者など,リスク・安全関係の担当者と相談しながら対策を進めると良いと思います。
また,運搬・廃棄には,医療従事者だけでなく,看護補助者や清掃業者などもかかわります。そういった方々の安全も視野に入れた指針を作り,教育することも,管理者が率先して行うべきです。業者との関係によっては,看護師が指導しにくいこともありますので,組織として責任を持って注意喚起してほしいです。
神田 演習や訓練を取り入れた教育プログラムの実施など,曝露対策の知識と確実な技術を全ての職員が持つための施策を考える必要もありますね。
平井 一度や二度研修をするだけでは定着は難しいですから,指針や手順に沿った適切な業務実践が行われているかを確認・評価できる体制を整備すべきです。作業実践が意識化できるように,ポスターにして掲示するといった工夫も効果的なのではないでしょうか。
スタッフ一人ひとりの意識と行動改善が不可欠
平井 体制の整備には管理者の役割が重要ですが,曝露を予防するにはスタッフ一人ひとりの意識や行動の改善も欠かせません。「個人防護具(Personal Protective Equipment;PPE)」は,ヒエラルキーコントロールにおいては最も下に位置付けられていますが,個人レベルの曝露防止としては最も効果的で重要です。
11年の調査では,HD取り扱い時にPPEを着用している看護師は68.4%にとどまっていることが報告されています5)。装備は,手袋,ガウン,マスク,フェイスシールド,ゴーグルなどさまざまです。各場面において適切なPPEを選択し,適切な方法で装着・除去できるようにするには,組織の体制整備や教育を基に,スタッフ一人ひとりが手順を遵守する必要があります。
神田 曝露の危険性を知ることで,HDを扱わない職場で働きたいと考えるスタッフもいると思います。その点についての見解はいかがでしょう。
平井 妊娠可能年齢の女性が多い職場では,人員配置は難しい問題です。妊娠中,あるいは妊娠を希望している職員は管理職に申し出ること,管理職も可能な範囲で配置変更などを考える必要があります。
ただし,生物学的影響や長期的健康リスクについては,安全キャビネットやPPEを適切に使用することにより軽減できることが明らかになっています6,7)。流産への影響は研究により報告内容に差がみられるため,統一した見解は見いだせていませんが,報告によっては妊娠第1三半期(13週6日まで)のHD曝露でリスク増加が認められています8)。第1三半期くらいはまだ妊娠に気付かないことも多いため,妊娠に関係なく,日頃から適切な曝露対策を行っていることが大切だと思います。
「指針」だけでは見えなか
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