医学界新聞

対談・座談会

2016.03.21



【座談会】

『JRC蘇生ガイドライン2015』刊行
蘇生の質を上げ,救命率の向上を

坂本 哲也氏
(帝京大学医学部附属病院 救命救急センター長/主任教授)
野々木 宏氏
(静岡県立総合病院院長代理/日本蘇生協議会代表理事)=司会
石見 拓氏
(京都大学環境安全保健機構教授/健康管理部門部門長)


 突然の心停止――。救命のためには迅速な心肺蘇生が欠かせない。2015年10月,その心肺蘇生の方法・考え方を示した基礎体系である『JRC蘇生ガイドライン2015』オンライン版が発表され,このたび書籍版(医学書院)が刊行された。

 本紙では,同ガイドラインの作成に携わった日本蘇生協議会(JRC;Japan Resuscitation Council)代表理事・野々木氏を司会に,同協議会の坂本氏,石見氏との座談会を企画。日本の蘇生領域の歩みやガイドラインの変更点,さらにはガイドライン作成担当者として医療者にチェックを促したいポイントまでお話しいただいた。


野々木 今年2月,蘇生の処置・治療の指針を最新のエビデンスに基づいてまとめた『JRC蘇生ガイドライン2015』が刊行されました。本書は,救急蘇生科学に関する医学系の学術団体や救急・蘇生教育を推進する関連団体から成るJRCが監修しています。

 本ガイドライン最大の特徴は,国際標準の質を担保した指針であることです。「国際標準」を保つため,作成に当たってはいくつかのステップを踏んでいます(MEMO)。まずJRCも加盟する「ILCOR(国際蘇生連絡委員会)」によって,「CoSTR(心肺蘇生に関わる科学的根拠と治療勧告コンセンサス)」が作られます。その国際コンセンサスであるCoSTRに基づいて,日本の実情を踏まえて作成された,それが本ガイドラインです。

大きく進歩した日本の蘇生領域

野々木 刊行されたこのガイドラインを見ると,日本発のエビデンスが大いに生かされていることに気付きます。ここに私は隔世の感があります。かつての日本の救急蘇生領域というと欧米に比べ,大きく遅れをとっていましたから。

坂本 本当にそうですね。1990年代を振り返ると,大学病院の救命救急センターでも,院外心停止で搬送された患者で社会復帰できるのは年間でせいぜい1-2人といった状態でした。99%以上は“無駄な努力”に終わるという状況が,少なくとも20世紀までは続いていました。

石見 そもそも“院外”で起こることに医療者は鈍感だったのかもしれません。私自身がまさにそうで,かつては院内で行う治療ばかりに関心を向けていました。でも,病院に到着するまでに亡くなるケースは多く,例えば急性心筋梗塞による死亡例の半数以上は院外で起こっている。その事実を知って,地域全体の心肺蘇生の質を上げる仕組みに興味を抱くようになりました。それが1998年頃のことだったと思いますが,そのような取り組みを実際にしている医療者というと,地域に数えるくらいしかいませんでしたね。

坂本 そうした状況が少し変わり始めたのが,2000年前後でしょう。特に2002年にJRCが設立されたことで,学会横断的に研究・教育に取り組めるようになりました。それ以前は「蘇生に関心があるのは救急科ぐらいなのだろう」という認識でしたが,麻酔科,集中治療科,循環器内科,小児科……とあらゆる領域の医療者が蘇生に関心を持ち,また悩んでいることがわかった。そして,そのあたりから次第に共通理解が深まり,蘇生領域にたくさんの方がかかわるようになったと思います。

 それでも,JRCが設立されたころは国内のデータがそろっておらず,海外に行くと「日本はデータを持っていない」とよく言われたものでしたよね。

野々木 しかし,データ構築に向けた動きはすでに生まれていました。例えば,1998年から大阪で開始されたウツタイン様式()による院外心停止の症例登録がそうしたものの一つです。

石見 私がその取り組みにかかわり始めたのは2001年頃でしたが,先駆的な取り組みを支えたのは,阪大を中心とした地域の強固な救急ネットワークの存在があったからだろうと思います。蓄積されたデータは,『Circulation』誌にまとめられるまでに至りました1)

野々木 時を同じくして『Lancet』誌に掲載されたのが,坂本先生もかかわっていらっしゃった同様式による調査研究SOS-KANTOでした2)。これら2つは日本の蘇生科学のマイルストーンになる調査研究と言えます。一連の取り組みを受けて,各地域で同様式の調査が徐々に広まり,2005年にはついに全国の消防組織で院外心停止傷病者の蘇生記録について,ウツタイン様式に基づいた記録集計が開始されるようになりました。

坂本 日本全国の院外心停止症例が登録されるようになったことで,「世界最大のウツタイン様式の統計」として毎年10万件にも上る膨大なデータが集められるようになった。それによって,海外から見た日本の蘇生科学の印象もガラっと変わったと思います。実際に今回のガイドラインにおいても,このデータを用いて実施された観察研究が15本引用されている。日本からの情報発信がガイドラインに強い影響を与えているわけです。

野々木 「データがない」と言われていた時代が過ぎ,データを出すことを世界から期待されるまでに進歩したと言えます。

GRADEを採用した初の医学系ガイドライン

野々木 今回のガイドライン作成に当たっては,大きな変化がありました。国際コンセンサスであるCoSTRに「GRADEシステム」という診療ガイドライン作成方法が採用されたのです。そのため,国内のガイドラインもGRADEに準じて作成することが求められました。

 実はGRADEそのものは,WHOをはじめ世界の主要な団体の診療ガイドライン作成にも採用されている方法なのですが,日本でその方法を採用しているガイドラインは極めて少ない。医科系では『JRC蘇生ガイドライン2015』が,GRADEを順守した初のガイドラインとなっています。坂本先生,まずGRADEは,従来的な診療ガイドライン作成方法と比較し,どこが特徴的なのでしょうか。

坂本 一言で語るのは難しいですが,特徴はやはりエビデンスの質評価の部分にあると思います。従来の診療ガイドラインでは,ランダム化比較試験(RCT),観察研究など,一つひとつの論文をエビデンスとして評価してきました。しかし,この方法では個々の論文の研究デザインや症例数に依存してエビデンスの質が評価されてしまう弱点が存在します。

 一方,GRADEでは一つひとつの論文ではなく,コクランのシステマティックレビューのような,アウトカムごとに複数のエビデンスを統合したbody of evidence(エビデンス総体)を使ってエビデンスの質を決定します。さらに推奨の方向性を決めるに当たっては,利害のバランスに加え,患者の価値観や好み,医療資源・コストという側面からも評価を行います。患者にとって,本当にその介入が有益であるかを検証することが重視された方法だと感じています。

野々木 アウトカムを主体とし,統合的にエビデンスを評価するのがEBMの基本なわけですから,理にかなった方法と言えます。

石見 私が担当した「普及・教育のための方策(EIT)」の章でも,GRADEを取り入れた意義を感じることができました。例えば,シミュレーション研究では,従来,参加者の習得した手技・知識などの学習成果がアウトカムに置かれ,その質を評価するのが一般的でした。前回のガイドラインから患者アウトカムを重視しようという流れはありましたが,今回,GRADEのプロセスを採用することで,EITでも重視すべき結果は「救命率」「社会復帰率」であり,「知識」「技能」などの学習成果はそれらの下に設定すべきだと明確に決められました。この方針の決定までには専門家間で議論を尽くしましたが,結果的に「蘇生現場で活用され,救命することができて初めて教育の意味がある」と方向性が示されたのは,現実味があって納得できるものです。

野々木 まさにGRADEの手法が本当に必要なアウトカムを見ることに適していることを感じさせます。

現場の感覚に近い推奨

野々木 ただ,実際にGRADEに基づいてガイドライン作りを進めていく中では,苦労もあったのではないでしょうか。例えば,GRADEでは,診療の推奨の方向性である「する/しない」はもちろん,推奨の強さも「強い推奨」「弱い推奨」で明示する必要があります。2010年版のガイドラインではエビデンスが不十分な部分を「推奨する根拠も,否定する根拠もない」としていたような箇所も,今回は国の実情に照らしながらきちんと「わが国では……することを推奨(提案)する」などという形で記載しなければならないため,悩ましいケースもあったと思うのです。

坂本 慣れない方法なので,やはり苦労はありました。日本のGRADE専門家の協力も得ながら進めてきたという感じです。でも,抵抗感はなかったですよ。むしろ,曖昧な態度を許さないガイドライン作りに新鮮さがあって面白く感じたぐらいです。

石見 坂本先生とは逆で,私は当初,抵抗感がありましたね。エビデンスが十分にあるわけではない蘇生領域になじまないと思っていました。しかし作っていく過程で,今回...

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