研修医のメンタルサポート(福岡敏雄,前野哲博)
対談・座談会
2016.03.14
【対談】研修医のメンタルサポート早期発見と適切な対処で守る | |
|
研修医がうつや抑うつ症状を来す割合は28.8%に上るとするシステマティックレビューが,JAMA誌2015年12月8日号に報告された1)。日本においても,研修開始後に抑うつ症状を訴える割合が20%近くになるとの研究がある2)。また,研修医の1.3%が研修の中断を経験(2006-09年平均)し,その内の48%は病気療養が理由とされている3)。研修医のメンタルヘルス問題は,患者ケアの質低下や医療事故を引き起こす可能性もあるため,病院組織を挙げての予防と対策はもちろん,指導医や周囲の同僚らによる早期発見が欠かせない。
具体的にはどのような対応が必要になるのか。臨床研修の責任者を務め,研修医の教育・指導に当たる福岡氏と前野氏が,研修医を取り巻く研修環境の現状と課題を分析。両施設の研修医メンタルサポート体制の在り方,研修医が安心して研修に専念できる研修環境などについて提言する。
福岡 JAMA誌に「研修医のうつ病や抑うつ症状の頻度は28.8%」という数字が発表されました。1963-2015年までに報告された研修医のメンタルヘルスに関する54の研究のシステマティックレビューによるもので,20.9-43.2%の幅から導かれています。厳密な指標を用いた研究や調査対象者が多い研究ほど抑うつ症状の頻度は減っているため,結果はやや過大評価されている可能性は考慮する必要があります。しかし,各国の研修医がメンタルヘルス問題を抱える現状が示されたことは,臨床研修に携わる関係者も重く受け止めなければなりません。
前野 私たちのグループも,全国の臨床研修指定病院250施設,1238人の1年目研修医(2011年度)を対象にストレス調査を行いました2)。研修開始時期と研修開始3か月後を比較すると,新規に抑うつ症状を呈する研修医は19.6%に上り,研修とストレスの関連を強く示唆する結果を得ました。
福岡 前野先生らの研究,そしてJAMA誌の報告から,少なくとも約2割の研修医が研修開始後に抑うつ症状を経験すると考えてよいでしょう。研修医に対し,早い段階からメンタルサポートを行う必要がありそうです。
研修医を取り巻くストレスフルな環境
前野 実際に現場を見ても,研修医は1年目の4月からストレスにさらされています。
福岡 研修医として新しい環境に移り,今まで経験したことのない役割を担うとなれば,緊張したり,一時的に高揚感が出たり,あるいは落ち込んだりもする。人間として当たり前の反応だと思うのです。
前野 そうですね。医学生と異なり,医師免許を有するチームの一員としての役割が期待されることになるわけですから,上級医に比べ臨床能力が劣ること,不慣れな業務を担うことによる,量的・質的な負荷は避けられません。
福岡 研修にはある程度負荷がかかるとはいえ,耐性を超えるストレスによって抑うつ症状やうつ病を発症して研修を中断するようなことは,本人の将来のためにも防がなければなりません。
前野 近年は卒前教育において「診療参加型」の臨床実習が広がり,卒前と卒後のギャップは以前よりは小さくなったものの,医療安全の問題や患者の権利意識の高まりなどから,医療者に対する視線は厳しさを増し,研修医はさまざまなストレスにさらされているのが現状です。
私の感覚では,研修医がコンディションを崩す時期はローテーションで診療科が変わった1週目というパターンが多いような気がしています。
福岡 それは言えますね。
前野 これは,2004年に始まった新医師臨床研修制度によって短期間のスーパーローテーションが義務付けられ,2-3か月で診療科が次々変わるようになったことが一因としてあります。診療科が変われば,患者も,指導医も,しきたりも変わる。少し慣れたと思ったら,また新しい科に異動するわけですから,大きなストレスを感じても不思議ではありません。
福岡 ストレート研修だったころは手術が不得意なら内科を志望し,外科の現場には出なくてよかった。ところが今は,外科志望でない研修医も手術室に入らなければならないわけで,当然その人とってはストレスフルな環境になるでしょう。つらいことがあっても,ローテーションで変わったばかりの指導医には,SOSを出しにくい。
前野 米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)作成の職業性ストレスモデルにおいて,ストレス反応は「ストレス要因」「ストレス緩和要因」「個人的特性」の3つによって影響されています。短期間でめまぐるしく変わる環境は,ストレス要因が大きいのはもちろんですが,「自分は周りから支えられている」「組織の一員として受け入れられている」という「やりがい」や「達成感」が得にくく,「ストレス緩和要因」を最大化できないこともメンタルヘルスに影響を与えると言えます。
予防と早期発見がポイント,研修開始1-2か月が山場
福岡 研修医を預かる立場の病院は,「初期研修医はストレスを抱える存在」という前提で,メンタルサポート体制を整備する責任があります。「困ったことがあれば,相談してください。しっかりサポートしますよ」というメッセージを研修医に発信していくことが大切です。
前野 予防と早期発見,早期対処といった病院の備えが,研修医を守ることになります。倉敷中央病院ではどのようなメンタルサポートをされていますか。
福岡 毎年25-30人の研修医が入ってくる当院は,入職時のストレスチェック,それからローテーションごとの「総合評価会」,さらに研修の管理委員長(研修責任者)である私との面談を行っています(表1)。
表1 倉敷中央病院の初期研修メンタルサポート |
*この他に,2か月ごとに,各ローテーションの総合評価会を開催し,診療科指導医と研修医が会して,研修時の評価のフィードバックと研修についての意見交換を行う。 |
入職時のオリエンテーションでは,抑うつ評価尺度「CES-D」とストレス評価尺度「POMS」を用いた自己診断とフィードバックを行い,研修医と臨床心理士がストレスマネジメントについて話し合います。およそ2か月に1回,各診療科の研修後に行う「総合評価会」では,研修医と指導医が一緒に話し合う時間を設けます。
前野 診療科が変わるタイミングに配慮しているわけですね。研修医と福岡先生との面談は,2年間の研修期間に何回実施しているのでしょうか。
福岡 1人あたり4回です。かつては後期研修先を決める2年目の7月と研修修了判定前に行うだけでした。これでは足りないと感じ,1年目の後半,さらに1年目の6月と,早い時期での面談を年々追加していきました。
なぜ6月にしたかというと,4月に研修が始まってからの2か月目は,私や院内の臨床心理士に「会って相談したいことがある」と研修医から相談が増える時期だったからです。そこで,もっと早い段階で面談が必要だと考えたのです。
前野 私たちの研究の調査時期を研修開始時とその2か月後に設定したのも,先行研究でこの時期にコンディションを崩すことが多いとされていたからです。相談に対するアドバイスとして配慮している点があれば教えてください。
福岡 具体的な助言を心掛けています。「今度の週末,実家に帰ってお母さんのご飯でもゆっくり食べてきたら」と,状況によっては休養を促します。短期間でも休みを取ると,元気になって戻ってくる研修医が多いですね。
あと,コンディションを崩した研修医は視野が狭くなりがちなので,長い目で自分自身を見られるような話をします。「とりあえず研修を修了しよう」「研修が終わったらどうする?」「5年後,10年後は何をしていると思う?」などです。
前野 研修開始1-2か月は,研修医にとっては山場。そこをくぐり抜けられると,新規でのうつ病や抑うつ症状の発症は少なくなります。周囲も重点的にサポートすべき時期と言えそうです。
不調のサインを見逃すな,研修医の「大丈夫」を疑う
福岡 筑波大病院はどのような体制で研修医をサポートしていますか。
前野 当院は初期研修医が1学年に約70人,2学年で約140人もの大所帯になるため,メンターとしての担任制度を取り入れています。担任は教育に熱心な研修委員会の先生に依頼し,1人につき5人程度の研修医を受け持ってもらいます。病院群も県内各地に広く散らばっており,大規模な大学病院にありがちな“目が届きにくい”事情があるからです。オリエンテーションのときにメンターと研修医が顔合わせを兼ねて食事をし,その後も数回会うようにしています(表2)。
表2 筑波大学病院の初期研修メンタルサポート |
*年に1回,病院の全職員を対象にメンタルヘルスケアに関する健康管理講演会を実施している。 |
福岡 ストレスチェックはどのタイミングで行いますか。
前野 6か月目にCES-Dを実施します。そこで抑うつ症状が疑われる人には,研修・教育を統括する総合臨床教育センターの医師が,その研修医に連絡を取って話を聞きます。
福岡 一般の研修病院で,メンタルヘルス問題を抱えた研修医を早期に発見するためには,どのような点に留...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。