医学界新聞

インタビュー

2016.02.29



【interview】

情報を共有し,周産期医療体制の再構築を

海野 信也氏(北里大学病院長/日本産科婦人科学会医療改革委員会委員長)に聞く


 日本産婦人科医会の2015年の調査によると,分娩取扱施設に所属する産婦人科医の1か月当たりの平均当直回数は他科よりも多く,1か月当たりの推定平均在院時間は296時間と,平均値にもかかわらず過労死の認定基準を超える値となっている1)。こうした状況を受け,日本産科婦人科学会は周産期医療体制の再構築,勤務医の勤務環境改善に向けて,「産婦人科医療改革グランドデザイン2015(GD2015)」2))を発表した。本紙では,同学会の医療改革委員会委員長としてGD2015の作成に携わった海野氏に,周産期医療をめぐる現状と課題,GD2015の狙いについて聞いた。


――先生は長年,周産期医療の問題に取り組んでいらっしゃいます。どのような点に問題意識を感じていますか。

海野 周産期医療を取り巻く状況は,日々変化しています。その中でも注目すべきなのは,産婦人科を専攻する女性医師の割合が増加している点です。2005年度と2015年度の日本産科婦人科学会員の年齢・性別分布を比較してみると,女性の割合が増えており(図1),新規専攻医の男女比は1:2でほぼ固定されている状況にあります。この状況がさらに進めば, 10年後20年後には周産期医療体制の維持は間違いなく困難になるでしょう。

図1 日本産科婦人科学会員の年齢・性別分布(参考文献3より)(クリックで拡大)

 女性が仕事を続けていく上で,出産・育児の話は絶対に避けては通れません。その期間は当直・常勤勤務は難しくなりますし,現在のような厳しい勤務環境では出産後に復帰できず,そのまま現場を離れてしまう可能性も危惧されます。実際そうした事態は,以前から起きていました。もちろん産婦人科を専攻してくれる女性医師は,産婦人科の厳しい状況もよく理解していて非常に熱心に働いてくださる方ばかりです。しかし,このままでは現場を担いきれなくなるのでは,という懸念の声が上がるようになり,本格的に議論を始めたのが10年ほど前のことです。

 「産婦人科医療改革グランドデザイン2015」基本的方向性(参考文献2より抜粋)(クリックで拡大)

医療水準の維持・向上のために産婦人科医の確保が急務

海野 周産期救急の現場は主に30-40歳代の産婦人科医によって担われています。その年代で多数を占める女性医師は,ちょうど出産や育児といったライフイベントを迎える時期で,現場を離れる方も少なくありません。大量養成が可能であれば,それでも問題にはならないかもしれない。ですが,産婦人科の新規専攻医数は年々減少している上に,専門医の養成には時間を要します。ですから,新規専攻医を一定数確保し養成することと,全ての産婦人科医が継続的に就労可能な環境を整えることで現状を打破したいと考えています。

――具体的にはどのくらいの産婦人科医が必要でしょうか。

海野 学会では,安定した周産期医療体制の確保・維持に必要な新規産婦人科専攻医数として,年間500人という数値目標を掲げています。また,周産期母子医療センター等の基幹的施設については,無理なく当直体制を組める体制の整備を進めているところです。

 ところが,この数値は達成できていません。地域によっては産婦人科医の減少さえ認められている。医師の数が減れば,医療水準の低下が懸念されるようになります。産科の場合,医療水準の低下がまず現れるのは妊産婦死亡率です。実際,日本よりも産婦人科医数の減少が深刻な韓国では,妊産婦死亡の増加が問題となっています。

――日本は妊産婦死亡率が低く,国際的にもかなり高い医療水準にあると聞きました。

海野 年間の分娩約100万件のうち,妊産婦死亡は40-50件ほどで,2万件に1件程度の割合です。現在は妊産婦死亡をさらに減らせるよう,発生した妊産婦死亡を全例登録制とし,原因分析をした上で,その結果を全産婦人科施設に配付しています。日本は今日に至るまで妊産婦死亡率を下げることに成功しているので,事態はそこまで悪化していないとも言えるかもしれません。しかしながら,今の周産期医療体制はいつ破綻しても不思議ではない。今後もこの水準を維持し,さらに向上させていくためにも,適切な医療提供体制を再構築することが不可欠なのです。

――そのためにまず必要なのが,人材の確保というわけですか。

海野 はい。残念なことに,学会員の新規登録数は2010年度をピークに減少を続けています(図2)。2004-05年の新規入会者数の減少は,現行の医師臨床研修制度への変更で卒後2年間の初期臨床研修が義務化されたためです。一方,2010年度以降の減少に関しては,2010年度の医師臨床研修制度の見直しに伴い,産婦人科での研修が必修から選択必修へと変更になったことが一因として考えられます。2015年度の見直しの際,産婦人科の研修を必修に戻すよう厚労省に要望を出しましたが,実現しませんでした。私たちには,次回の見直しが行われる2020年度まで待つ猶予が残されていません。したがって,制度見直し以外の方法でも新規専攻医の確保を図っていくことが求められています。

図2 日本産科婦人科学会新規入会者(産婦人科医)数の推移(参考文献3より一部改変)
※2015年度は2015年9月30日時点の人数。

基幹病院の“重点化”と,地域の分娩を担う開業医の育成を

――どのような方法が考えられますか。

海野 若手の医師が産婦人科を専攻した場合のキャリアパスを,より明確に示す必要があります。各都道府県で増加している医学部地域枠推薦の学生が,初期研修で産婦人科を経験するよう促すことも有効かもしれません。とはいえ,私たち産婦人科医だけでできることには限界があるということも感じています。

 そこで,学生や研修医をリクルートするためにも,十分な診療規模をもった研修施設を地域ごとに作っていかなくてはならないと考えています。なぜかと言うと,経験の浅い医師はそこで指導者の下,最終的なキャリア形成をしていくからです。産科だけでなく婦人科の診療も扱う施設でなければ,十分な経験を積むことができず,地域で研修が完結しないことになります。そうなると,より研修内容が充実した地域を求め,若...

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