急変の早期発見でがん患者の予後が変わる(梅田恵,森文子,大矢綾)
対談・座談会
2016.02.22
【座談会】急変の早期発見でがん患者の予後が変わる
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がん患者の急変には迅速な対応が求められる。急変そのものに加え,急変によるがん治療の中断が,がんの増悪に影響を及ぼすからだ。
本座談会では,医学書院から刊行の「がん看護実践ガイド」シリーズの企画編集委員の一人である梅田恵氏を司会に,同シリーズ『オンコロジックエマージェンシー』の著者である森文子氏と大矢綾氏に,がん患者の急変の早期発見と初期対応について,看護師が身につけるべきアセスメントの視点をお話しいただいた。
梅田 今日は国立がん研究センター中央病院(以下,中央病院)ICUに所属する大矢さんと教育担当副看護部長の森さんに,がん患者の急変対応についてお尋ねしたいと思います。
大矢 がん患者の急変は「オンコロジックエマージェンシー」と呼ばれます。がんの浸潤や転移によるがんの病態そのものに起因した救急処置を要する状態や,化学療法,放射線治療,手術などのがんに関連する治療に伴って発生した救急処置を要する状態のことです。早急に適切な対応が行われなければ生命にもかかわります。
オンコロジックエマージェンシーは早期発見と初動対応が患者の予後を左右しますので,看護師による「異常の早期発見」が非常に重要です。
梅田 しかし,オンコロジックエマージェンシーという表現は,看護師にはまだなじみがないように思います。急性期を専門にされる看護師であれば,認識しているのでしょうか。
大矢 いいえ。一般病院のICU看護師から「がんでも急変があるの?」と質問を受けることもあります。
早期発見ができていれば大事にならずに済んだはずの患者が,初期対応が遅れたばかりに全身状態が悪化して,がん治療を中断せざる得なくなったり,患者や家族が希望する最期を迎えられなかったりしたケースを耳にします。一般病棟,外来,ICUに所属する全ての看護師にオンコロジックエマージェンシーについて知っていただきたいと思います。
なぜ「がん」患者の急変として意識する必要があるのか
梅田 がん患者の急変をオンコロジックエマージェンシーとして注目するのはなぜなのでしょうか。
大矢 理由は大きく2つあります。ひとつは,がんの急変の特徴を知らないと急変のサインを見逃しやすいこと。もうひとつは,がんは他の疾患と比べて急変からの回復が遅く,予後への影響が大きいということです。
特にがん患者の場合,さまざまな要因が絡み合って急変が起こります。最近は,がんの治癒をめざした治療だけでなく,がんとの共存をめざした治療にも選択肢が増えました。以前であれば治療を控える傾向にあったがんのステージが進行した患者や,他の基礎疾患を持っている患者も積極的治療を行うことも可能になりました。つまり,がんの治療内容は多様化,個別化してきているのです。そうした中では,がんについての理解がなければ,患者の異変が既往歴や他の疾患に関連した症状なのか,がんそのものの病態・病変に関連した症状の進行なのか,がん治療によるものなのか,原因を特定することが難しくなっています。
梅田 がんの病態や治療について把握すると急変を見つけやすくなるのですか。
大矢 がん患者の特徴を理解した上で,3つの視点から多角的にアセスメントすることが必要です(図1)。
図1 がん患者の症状を多角的にみる視点1) |
がんに限らず,入院中の心肺停止例の60-70%において6-8時間前には急変の徴候が出ていることが明らかになっている。急変の徴候を見逃さないためには,がんの病態や治療について知る必要がある。 |
例えば「呼吸困難」という症状であれば,がん増大による気道圧迫や,がんの進行による胸水の増加など「がんそのものによる症状」,抗がん剤治療に伴う免疫抑制からくる肺炎の併発,または抗がん剤のアナフィラキシーなど「がん治療に関連した症状」,さらに既往歴に喘息があれば気管支れん縮,COPDであればその増悪など「がん以外による症状」といったさまざまな要因が絡み合ってきます。
梅田 多角的にアセスメントするには,がんの原発部位や転移部位,進行速度,現在の治療内容に加え,薬物療法などの急性反応や有害事象の好発時期,手術の合併症などの知識も必要ですね。
大矢 そのとおりです。さらに,がん患者は医療用麻薬の使用などにより痛みの閾値が変化している場合や,治療により利尿薬や補液を行って尿量を確保している場合には,急変の徴候に気付きにくい可能性もあります。
入院期間の短縮やがん治療の進歩,高齢化などにより,がんを専門とする病棟・外来以外でもがん患者に出会うことが増えています。一般の急変に慣れている看護師であっても,がん患者の場合にはオンコロジックエマージェンシーについて理解し,意識してアセスメントしてほしいと思います。
急変の予防と早期対応が治療の可能性を広げる
梅田 がん患者は急変からの回復が難しいということでしたが,それはなぜなのでしょうか。
大矢 例えば心筋梗塞の患者であれば,心臓以外の身体の状態には大きな問題がないことが多いため,急変状態を脱すればすぐに回復していきます。しかし,長く闘病しているがん患者は薬物治療に伴う免疫抑制状態や低栄養状態,筋力低下など身体的予備機能も低下していることが多く,他の疾患であれば大きな問題にならない急変であっても回復が難しいのです。
梅田 全身状態が悪くなればなるほど,急変状態に陥りやすくなるので注意が必要ですね。
大矢 がん患者の場合,急変そのものの影響に加え,急変による治療中断によるがんの進行や,感染症や廃用症候群などの二次的合併症も併発しやすいため,予後だけでなくADL・QOLへの影響も大きいです。看護師には,生じ得るリスクをあらかじめ予測・管理して予防策を講じるとともに,万が一急変が発生したときには可能な限り早期に発見し,適切な初動対応ができる能力が求められます。
森 一方で,オンコロジックエマージェンシーの知識と,それに基づく支援体制を作ることができれば,治療・ケアの可能性の幅を広げられることもあります。
私が以前担当した患者の例を紹介します。20代男性のがん患者で,入院時には病状進行による痛みや歩行困難,播種性血管内凝固症候群(DIC)が起きている状態でした。医師からは,治癒目的の積極的な治療は難しく,何もしなければ余命はあと1-2か月。一方,症状緩和目的の抗がん剤治療は提案できると伝えられました。本人は,家族と過ごす時間を大切にしたいと言い,さらなる臓器障害により命を縮めたり,体調が悪くなったりする可能性を危惧して抗がん剤を使った治療をしないことを選択しようとしていました。家族はその意志を尊重したいとは思いながらも,思い悩んで...
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