医学界新聞

寄稿

2015.12.21



【寄稿】

未承認薬ヒドロキシクロロキンが国内承認されるまで

横川 直人(東京都立多摩総合医療センター リウマチ膠原病科医長/日本ヒドロキシクロロキン研究会事務局)


 「日本ではこの薬なしで,どう全身性エリテマトーデス(SLE)の治療をしているのか」。2015年11月,米国リウマチ学会の会場で,3時間にわたり同じ質問を何度も受けながら,米国でリウマチ膠原病フェローとなった8年前に同じ疑問を抱いていた自分を思い出していた。

 ヒドロキシクロロキン(HCQ)はSLE,皮膚エリテマトーデス(CLE),関節リウマチに対して世界中で用いられている古い薬で,もともとは抗マラリア薬として開発された。比較的安価で安全性も高いことから,WHOの「必須医薬品モデルリスト」1)に収載されている数少ないリウマチ膠原病治療薬だが,日本では専門医にもあまり知られていない2)。海外では臓器合併症を有さないSLEに対して抗マラリア薬(主にHCQ)が第一選択として長年使用されてきた。最近は,SLE患者の臓器合併症予防や生命予後改善の効果が示されたため,SLE全例で投与が検討されるようになった。日本は抗マラリア薬がない状態でステロイドによる診療に長年慣れているという背景から,海外での生活経験を持つ人を除き,医師も患者も誰も困っていないというガラパゴス化が生じていた。

副作用の甚大な被害で,日本で販売中止になったクロロキン

 太平洋戦争では戦死者よりもマラリアによる病死者が多いと言われている。クロロキン(CQ)は,1934年に抗マラリア薬としてキニーネの構造を基にドイツで合成された。第二次世界大戦中に,キナの木の産地であるインドネシアを日本が占領し米国への供給が絶たれたことで,天然でなく合成の抗マラリア薬の開発が加速し,1955年に米国でのHCQ承認に至った。

 世界的なクロロキンの使用による耐性株の拡大により,抗マラリア薬としてのCQとHCQの使用は現在では激減したが,第二次世界大戦中に抗マラリア薬の投与を受けていた兵士の関節痛などの症状が改善したことを契機に,エリテマトーデスや関節リウマチの治療薬として広く使用されるようになる3)。しかし,1959年にHobbsらがCQの副作用としてクロロキン網膜症を報告し4),米国では1962年に警告文書が全医師に発令された。その後,網膜毒性の低いHCQが主に使用されるようになったことと,網膜症のスクリーニング方法が確立して適正使用が可能になったことで,重篤な網膜症については回避できるようになった。

 日本でもCQは1955年に販売され,日本でのみ慢性腎炎,ネフローゼ,てんかんに効能追加が行われた。1962年に網膜症が副作用として報告されたものの,警告が1970年と遅れたことに加え,日本独自の効能追加のため,網膜症の被害が甚大となり,1974年にCQは販売中止に至った5)。これを受け,「クロロキン被害者の会」は1977年に国と製薬会社を相手に刑事訴訟を起こしたが,1995年に最高裁で国の責任は否定され結審している。

さまざま困難が予想されたヒドロキシクロロキンの開発

 世間でも広く話題になっているドラッグ・ラグは,海外の新薬が国内承認されるまでの時間差として扱われることが多い。しかしながら,“世界の標準的治療薬が国内で承認されていない状況”もドラッグ・ラグである。この状況はさらなるドラッグ・ラグを招くものであり,深刻な状況と言える。実際,近年SLEの新規薬剤の開発が海外で活発になる中,標準的治療薬であるHCQを持たない日本は国際共同治験への参入が難しくなっていた。

 2009年5月,当時の自民党政権が補正予算753億円を投入し,未承認薬の開発を支援することを決定したとのニュースを,杉井章二先生(都立多摩総合医療センターリウマチ膠原病科)から知らされたとき,私はまだ米国にいた(実際には,その後の政権交代により予算は100億円となった)。その年の7月に帰国した私は,まずクロロキン被害者の会代表を務める横沢軍四郎氏に相談をし,難病患者・薬害被害者両方の立場から助言をいただいた。そしてHCQの日本への導入を推し進めるべく,古川福実教授(和歌山医大皮膚科)と山本一彦教授(東大アレルギー・リウマチ内科)によって,「日本ヒドロキシクロロキン研究会」が結成された。なお,この研究会の名称は,HCQがSLEの再燃を抑制することを実証した「Canadian Hydroxychloroquine Study Group」6)に由来している。

 11月に行われた研究会の最初の会合翌日,第1回「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」に,HCQの開発要望書を提出した。翌年の12月,会議...

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