医学界新聞

2015.12.07



Medical Library 書評・新刊案内


《精神科臨床エキスパート》
外来で診る 統合失調症

野村 総一郎,中村 純,青木 省三,朝田 隆,水野 雅文 シリーズ編集
水野 雅文 編

《評 者》福田 祐典(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所所長)

外来こそ精神科医療の主役

 評者が厚労省の精神保健福祉の担当課長であった,2009年からの3年強の間の国の障害者施策は,障害者権利条約の批准に向け,必要な法改正などを含む,地域プログラム作りのための検討に追われるものだった。

 その成果は,理念として,地域における共生社会の実現を高らかにうたった。具体的には,疑似的なキャッチメントエリア(患者の生活圏域)で完結する精神科ミクロ救急の担保による安心と社会参加の実現,より広い圏域における健康と安全のための精神科マクロ救急体制の充実,そして,かつての道下論文とは異なる論理展開と検討手法から導き出された「重度かつ慢性」の患者への支援という,いわば地域精神保健福祉の三層構造に集約されると言っていいだろう。

 本書はそのうち,入院患者の地域移行においても,また,新たな入院患者をつくらないという意味においても,そしてさらには,スティグマをなくし社会機能を高めるという意味でも重要な,統合失調症の「外来」について焦点を当て,具体的に論じている。精神科診療の社会的意味は,病棟ではなく外来に,入院ではなく入院外(地域)にあるということを,イタリア地域精神医療に学び,大学の講座担当者としては異質ともいうべき地域精神保健活動への深い造詣を持つ水野雅文教授だからこそ成し得た企画といえよう。これからの精神科医にとって,障害者権利条約時に生きる精神科医にとって,必須の啓発書であり,また,教科書であろう。

 本書はまず地域志向である。外来こそ精神科医療の主役であるという根拠を精神保健疫学,精神医療の進歩,そして障害者の自己実現確保の観点から論じている。治療論においても,認知機能,社会機能,自己肯定感・満足度といった従来とは異なった軸を意識した新たな構成にもなっており,医学的要請と国際社会から日本への強い要請を念頭に置いたものとなっている。そして,単に理念や学術の紹介にとどまることなく,早期支援,就労支援,治療継続,多機能型精神科診療所機能などについて,具体的にわかりやすく,取り組みやすいかたちで論じられていることも,地域における当該サービスの意味や具体的な実践を進める上で,大いに参考になるだろう。ぜひ,これらに取り組む精神科医が増えることを期待したい。

 ピアの視点も組み込まれてはいるものの,惜しむらくは,障害者基本法改正,障害者総合支援法成立,障害者雇用促進法改正,精神保健福祉法改正などの背景にある,「地域創り」の視点と,早期支援から適切な治療介入,治療継続を経た,社会機能の維持や充実によってもたらされる,地域共生社会創造の視点が弱いことである。すなわち,精神科医が責任を持って担うべき役割と,その背景となる理念についての具体的な記述が加わると,今後の精神科医の持つべき価値観と医療技術について,さらに明確な理解と強烈な衝撃を与えることが可能となり,ひいては,本書は,地域精神医療改革の聖書となり得たと思う。その点は次に期待したい。

 精神科医のみならず精神保健医療福祉の臨床に携わる全ての者に必読の書といえよう。

B5・頁220 定価:本体5,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02170-8


みるトレ 感染症

笠原 敬,忽那 賢志,佐田 竜一 著

《評 者》岸田 直樹(感染症コンサルタント/一般社団法人Sapporo Medical Academy代表理事)

見えない敵と戦うために

 感染症は目に見えない微生物との戦いだ。肺炎,尿路感染症,そして風邪。よく出合う感染症も,肉眼ではその微生物は残念ながら見えない。たまに「自分の手にはMRSAは絶対に付いていないから」と感染対策の場面に限って見えるかのように言う先生がいらっしゃるが,肉眼的には黄色ブドウ球菌どころか感受性なんてさらに見えやしないので注意したい。

感染症診療の「見えない恐怖」

 つまり,感染症の診断・治療の際には何とも言えない漠然とした恐怖にさいなまれやすい。これは感染症診療の避けては通れない現実であり,きれいごとで片付けないほうがよいであろう。漠然とした恐怖と戦っているのがあなたの心の中だけならよい。しかし,実際にはその見えない不安から「あの微生物も心配,この微生物も心配,あの感染症も心配」などとなりやすく,いつの間にか抗菌薬はブロードスペクトラムのものになり,風邪に抗菌薬といった不必要な処方にまでなってしまっている。こういう私も,患者の背景情報を集めれば集めるほど,あれもこれも心配になってしまい,ついブロードスペクトラムの抗菌薬に手を出したくなることは多々ある。患者さんにそのような抗菌薬を投与するのではなく,自分にベンゾジアゼピン系抗不安薬を投与するべきであったと反省する毎日である。「可能性を言うときりがない,妥当性の判断を」という岩田健太郎先生(神戸大大学院)の言葉がいつも頭をよぎりわれに返るが,見えない恐怖が発生した場合にはそのコントロールが難しい。

感染症診療を「見える化する」ノウハウを伝授

 このような感染症診療の特徴から,日々の臨床をいかに“見える化”するか?ということは感染症では極めて重要なテーマであり,抗菌薬適正使用にもつながる。これを実現してくれたのが本書だ。見えない敵を直接“見える化”するグラム染色の効果を発揮した症例を頭にたたき込んでほしい。培養結果を待たずして決着がついているその迅速性の素晴らしさを驚きとともに実感するだろう。グラム染色だけではなく,菌が培地上に作る見た目のコロニーの形態から,ほぼ菌名がわかることが多い。つまり,微生物検査室は最終的な菌名同定・感受性結果が出る前に,たくさんの“見える化”された情報を持っているということを本書から知ってほしい。微生物検査室の技師さんと日々ディスカッションすることで,曇っていた空が一気に晴れわたる症例はたくさんある。微生物が作り出す特徴的な皮膚所見,咽頭所見なども,ちょっと知っているだけで漠然とした恐怖を払拭してくれる。

 本書から,見えない敵と戦っていると思いがちな感染症診療からの脱却をめざしてほしい。何より,本書には詳細に“見える化”するスキルまで事細かく記載されている。皆さんも日々の感染症診療をどんどん“見える化”し,有名雑誌への投稿をめざしてみてはどうだろうか? 実はそのノウハウまで,本書は“見える化”されているのである。

B5・頁200 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02133-3

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