対人援助職として心理職に広がる可能性(村瀬嘉代子)
インタビュー
2015.11.30
【interview】
対人援助職として心理職に広がる可能性
「公認心理師法」の成立を受け,今思うこと
村瀬 嘉代子氏(日本臨床心理士会会長/日本心理研修センター理事長)に聞く
心理職は,医療機関の精神・神経科,小児科をはじめとしたほぼ全ての診療科,産業領域のメンタルヘルス,司法・矯正領域での犯罪・非行からの立ち直りや家族問題への支援,教育領域におけるスクールカウンセラー,福祉領域における社会的養護児童や高齢者への支援など,さまざまな分野で活躍する。これまでは全て民間資格であったが,社会からのニーズの高まりに応え一定の質が確保された心理職の安定した供給を図るため,心理職初の国家資格を設ける「公認心理師法」が,2015年9月の通常国会において衆参両院で全会一致によって成立した。
公認心理師の誕生により,心理職の活躍の場はさらに広がっていくことが期待される。今後心理職が果たしていくべき役割とは何か。対人援助を担う存在としてどう在るべきなのか――。本紙では,日本臨床心理士会会長,日本心理研修センター理事長を務め,長年心理職として活躍してきた村瀬嘉代子氏に,その考えを聞いた。
――心理職の国家資格化が長年求められてきた中,今国会でようやく法案が成立しました。「公認心理師」の誕生によって国民にどのようなメリットがもたらされるでしょうか。
村瀬 公認心理師を名乗る心理職者の質が保証されるという意義は大きいと思います。カウンセラーや心理士と名の付く職業は現在もたくさんありますが,全て民間資格です。利用者が心理的な支援を受けたいと考えたときに,どこへ相談に行くべきか判断に迷うケースもあると思うのです。国家資格として一定のレベルに達していると保証されることは,利用者の皆さんにとって安心感につながるのではないでしょうか。
――心理職の方たちにとっても,待遇面などで変化が期待できるのではないですか。
村瀬 それは確かにあると思います。非常に優秀で,責任感を持って仕事をしている人であっても,これまでは国家資格ではなかったために,待遇的に不遇な部分がありました。心理職の位置付けがあいまいで,組織体系の中に組み込みにくい事情があったわけです。そうした部分が今後是正されるであろうことは喜ばしいです。ただ,国家資格化はあくまでもスタートにすぎません。
心理職が一丸となって全体の質向上を図る
村瀬 名称独占の資格は,いわば,ある領域で仕事をするためのJISマーク(註),もしくは入場券のようなものです。時代の変化がめまぐるしい中で,支援を求められる問題の要因は多次元に及び,複合した難しいものになっています。一人ひとりの質の向上だけでなく,心理職全体が今後何を積み重ねていけるかも問われています。
また,心理職の資格というのは,身につけている知識や技法以外に,本人の人間性や社会性も職務の根幹を支えている要素です。人々は,私たちが単にカウンセラーや心理士の資格という「肩書」を持っているから,私たちを信頼し,心の傷や悩みを話してくださるわけではありませんよね。資格を取得したことに慢心せず,謙虚な姿勢で信頼に足る存在であるよう努める必要があります。
――カリキュラムの検討や試験機関の選出など,今後議論すべきことも多いと思います。
村瀬 法律は大枠を規定するものでしかないので,その大枠に沿って内容をどれだけ充実させ,活用していくかが重要です。
心理学の分野は非常に幅が広く,これまで基礎系と応用系とがある程度独立していました。ですが,それぞれが自分たちのことだけを考えていては,質を保証するための具体的なカリキュラムを決めていくことは難しくなります。今回の法案は心理学の領域だけでなく,いろいろな方面の方からの理解とご尽力があったからこそ成立まで結び付きました。そうした期待に応えるためにも,心理職が一致団結してそれぞれの長所を出し合い,全体の底上げを図っていきたいと思います。
――法律の成立をめざす中で,全員が同じ方向を向くために先生が心掛けていたのはどのようなことでしょうか。
村瀬 専門職としての自分の立場に基づいた意見を持つと同時に,物事を相対化して考える視点を持つこと,さらにこの法律は「心理職が社会に役立つ存在になるためのものだ」という本質的な目的を考えることです。これらのバランスをうまく取ることができれば,100点とまではいかなくても物事は随分進みやすくなる。先を見通し,“今,そしてこれから本当に必要なのは何か”を考えていくことで,協調点は自ずと見つかるはずなのです。
心理職の“コア”とは
――心理職の方の活躍の場は,今後さらに広がっていくと予想されます。現時点ではどのような領域での活動が多いのですか。
村瀬 臨床心理士に関して言えば,医療・保健,教育,福祉,司法・矯正,産業が主な5領域と言われていて,その中で医療と教育に従事する方がそれぞれ2割強といったところです。領域によらない共通部分はあるものの,領域に応じて求められる特性にはかなりの違いがあり,それぞれの専門性も高まっているため,会得しなければならない知識の量はますます増えています。
――心理療法を例にみても,その数は昔と比べて増えていますね。
村瀬 はい。心理療法に関する文献もたくさん出版されていて,何を選べばいいのか困ってしまうほどです。
ただ,私は学んだものをそのまま取り入れたり,一つの方法にこだわりすぎたりしていては,現実の問題に対応するには不十分だと考えています。問題を抱えている人というのは,社会的にも,経済的にも,人間関係的にも恵まれず,多くの場合,リソースが非常に乏しい人ですよね。生き難さの要因として多次元にわたる困難を抱えて疲弊している人に,「これが最新の方法です」「この方法は高いエビデンスがあります」と言って,単純にその方法を適用しても必ずしもうまく運ぶとは限りません。
――一人ひとりに合った方法を,その都度考えていく必要がある,と。
村瀬 その通りです。理論というのは基本的に,論理的に整理されていますが,臨床現場で遭遇する問題はより多元的で複雑です。もちろん,学ぶことや新しいものを取り入れていくことは重要ですが,どのような人であればその理論や技法を実際に適用できるのかという点は,対人援助を行う者として常に意識すべきです。
そして私たちは今,もっと大きな視点に立って心理学という学問の在り方について考えていくべきだと思うのです。社会に貢献するという観点から,心理職の“コア”について心理職全体で再考していかなければなりません。
――先生ご自身は,心理職のコアとなる専門性とは何だとお考えですか。
村瀬 今何が起きているのか,それはどのような因果関係から生じているのか,問題の性質を全体的視野でとらえると同時に,中でも何が一番焦眉の問題点かをアセスメントすることです。そして今後の見通しを持って,自分の立場と役割を認識する。ケース・マネジメントのセンスが求められると言えるかもしれません。その上で,問題解決に必要な手立てを考え,行動に移す知識と思考力,技法と行動力が求められます。
問題の多次元化により高まるチーム連携の必要性
――そうした知識の中には心理学以外の領域も含まれるのでしょうか。
村瀬 もちろんです。例えば医学的な知識がなければ,薬を服用している患者さんの変調が,薬によるものなのか,心理的な要因によるものなのか,それとも全く別の要因も絡まっているものなのか,的確にとらえることは難しくなりますね。物事の性質を見誤らないためには,法律や医学といった近接領域の知識も最低限は必要になるでしょう。
――多領域の知識を持っていれば,対応できる問題も増えそうです。
村瀬 現代では,どの領域においても問題が複雑になり,多次元の要素が絡んでいるため,特定の領域の専門知識や技能だけで対応できる問題が減っています。しかし,異なる領域の知識を身につけると言っても限界があります。だからこそ,他の専門職の人たちと協働して,チームで仕事をする必要性が増しているのです。
――チームでの仕事と言えば,今回の法律では医師との連携・協力ではなく,医師からの「指示」を受けるという文言が盛り込まれましたね。
村瀬 医師との関係性をめぐる問題については,かなり議論がなされました。個人的な意見としては,「指示」という言葉によって心理職のアイデンティティーが損なわれるわけではないと思っています。
人が存在するのに一番大切なのは“生命の安全”であって,心の働きや社会活動は生命の上に成り立つものです。生命に対して責任を負うのは医学ですよね。文言についての詳細な議論は省きますが,心理職としての注意義務を的確に果たす,これを常に念頭に置くことが肝要だと思います。今重要なのは,チームの一員として他職種の方たちとどのように連携し,社会の要請に応えていくかを考えることではないでしょうか。
オーケストラの一員として,自分の役割を果たす
――では,多職種が協働していくためには何が大切になりますか。
村瀬 まず,関連する専門職同士が互いの仕事を尊重しあうことです。これだけ領域が分化して専門職も増えると,自分の存在理由を確かにしたいという思いが働くのも理解はできます。しかしながら,それぞれが自分の見解・主張にこだわり続けるだけでは,現実の課題解決にとってはかばかしくありません。利用者のために本当に在るべき支援の形を考えるのであれば,“調和と協力”を意識すべきだということが見えてくるはずです。協調を意識した上で,専門的な知識と技能に基づいた見立てと方法は堅持する。今後はそうした専門職としてのかかわりが求められるでしょう。
比喩的に言うと,チームの中の専門職の一員として人を支援することは,オーケストラでシンフォニーを演奏していくようなものかもしれません。
――オーケストラですか。
村瀬 オーケストラの中のそれぞれの楽器に注目してみると,長い演奏時間の中でほんの数小節しか演奏しない楽器もありますよね。ですが,本当に力のあるプロの演奏家は曲全体の譜(スコア)を読み,全体の進行を考えて自分の担当パートを演奏できる。心理職もそうあるべきだと思うのです。
――全体の中での役割を認識し,与えられた役割をきちんと果たしていくことが重要になるわけですね。
村瀬 はい。そしてもう一つは「共通言語」を持つことです。自信がないとつい専門用語で武装したくなりますが,質を保った上で,平易で公共性のある言葉を使うのは当たり前なようでいて実は難しい。これは何気ないことのようですが大切な留意点だと考えています。専門とする領域を異にする人たちが集まって共に仕事をしていくには,一定水準のレベルは維持しつつ,正確かつ公共性のある表現を心掛けることが大切だと思います。
――最後に医療職の方に向けたメッセージをお願いします。
村瀬 これまで,医療の領域で働いている専門職の中で,心理職のみが国家資格ではありませんでした。このたび,ようやく国家資格化の願いが叶いました。これを機に気持ちを新たに,社会にとって真に役立つ存在であるよう,さらなる質の向上に向けて研鑽に努める所存でおります。
――ありがとうございました。
(了)
註:日本工業規格(JIS;Japanese Industrial Standards)は日本の国家標準の一つで,工業標準化法に基づき,経産省が認定する鉱工業製品の統一規格。鉱工業製品の種類形式,形状などさまざまな事項を全国的に統一し,品質改善,生産効率の向上を図ることを目的としており,規格に合格した製品にはJISマークがつけられる。
むらせ・かよこ氏
1959年奈良女子大文学部卒後,家庭裁判所調査官を経て,62年より米カリフォルニア大大学院バークレー校留学。65年大正大カウンセリング研究所講師,84年同大助教授,87年同大教授。博士(文学)。2008年より,大正大名誉・客員教授,ならびに北翔大客員教授。臨床心理士。日本臨床心理士会会長,日本心理研修センター理事長を務める。『心理療法家の気づきと想像――生活を視野に入れた心理臨床』『心理療法の基本(完全版)』(いずれも金剛出版)など著書多数。
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